気付かない

 その日、美術館の入場者数は3141人。一方、ゲートから出て行った人数は3140人だった。美術館に入った人数と出て行った人数が一致しなかったのだ。

 ほぼ全ての関係者は、館内に何者かが潜んでいるのだと考えた。そう考えるのが合理的だし、更に言うと、怪盗レイナの予告状の存在があった。彼女は、この美術館で現在開催中の展示、国宝展の目玉であるところの山水図を盗もうとしているらしいのだ。それの存在を知っている者は皆、怪盗レイナは館内に潜み機を見計らっているのだと思ったのだ。

 当然、館内の一斉点検が行われた。が、何も見つからなかった。床下から屋根裏、トイレの中まで調べられたが、何も見つからなかった。トイレットペーパーの屑が落ちていたくらい。


 事務員、加藤健太は気が気でなかった。仕事が手に付かず、ずっと時計との間で視線を往復させていた。そんな健太をよそに、他の職員はというと、

「カウントミスですかねー」

「やっすいとこに外注したシステムですしねー。経費節約しすぎるのも良くないですよねー」

 実際には、”やっすいとこ”は優秀なシステムを提供していた。が、健太は怪盗レイナが今日を指定していたのを誰にも伝えていなかった。健太が正直に申告していたとて美術館職員たちが怪盗レイナのことを信じてくれたかは甚だ疑問であるが、健太以外の全ての職員は怪盗レイナが現れるとは夢にも思っていなかった。こんなもので信頼を落とすとは、”やっすいとこ”には酷い流れ弾である。

 ただ、健太一人だけが行動を起こした。いつも部屋の隅で事務作業をしている健太である。そこに居ても居なくても、気づかれても気づかれていなくても、トイレに立ったか何かだと思われるだけである。ここでは、人間が一人どこかに行っていようと、システムはカウントしてくれないし、誰も気づいてくれない。


 誰にも気付かれないまま、健太は山水図の裏側の壁にあたる場所までやって来た。壁に伸ばした健太の手は酷く震えていた。ついでに言うと、足元も震えている。緊張しているのだ。

 ポケットから取り出した何かをセロテープで壁に貼り付ける。左手のスマートフォンと壁を交互に見ながら、何か作業をしていた。10分ほどだった。健太の作業は終わったようだった。最後に、健太は大きく深呼吸をする。何度か息を吸っては吐いて、ようやく呼吸が落ち着いてきたようだった。そして、何事もなかったかのように健太は事務室に帰る。この間、監視カメラの映像が止まっていたことに気付いていた美術館職員は、健太のみであった。

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