同棲するということ

 駅徒歩5分、綺麗なマンション。その一室。

 まだ最低限の家電しか揃っていない部屋は、無駄に広く感じる。もともと広いのかもしれない。何はともあれ、ここがこれからの私が自宅警備する場所なのだ。

 楓に流されるがままに引っ越しが終わってしまった。パパは楓にうまいこと丸め込められたみたいで、「楓ちゃんに迷惑をかけるんじゃないぞ」って趣旨の文章が大量の顔文字とともに送られてきた。思わず「キッショ」って声に出しちゃった。

「こっちが玲奈の部屋ね。こっちが私の!」

 楓は元気だった。警察って、みんな真面目で堅物なイメージあったんだけどな。

 組み立て家具の組み立てで疲れ切って、私の身体はもう限界だ。特に、腰とか腰とか。楓が綺麗に作ってくれたベッドに倒れ込む。買ったばかりでふかふかの布団が気持ちいい。まずいな。瞼が……重い…………


 目が覚めると、すっかり日は落ちて部屋の中は真っ暗。知らないうちに、ちゃんと布団をかけてもらっていた。暖かいのを通り越して、ちょっと暑い。

 スマホ、どこに置いたっけ。右手を振り回すと、何か柔らかいものに触れた。ムニムニと揉んでみる。私の胸よりは柔らかい。柔らかいものの方向を向いた瞬間、思わず息が止まった。ゼロ距離に楓の顔があったのだ。私が掴んだ柔らかいものの正体は、彼女の頬だった。なんだか残念なような、良かったような。

 唇と唇の距離は3センチもないと思う。なんだか変な欲求と衝動が湧いてしまう。

「おーい」

 囁くように声をかけてみる。楓は静かに寝息を立てているまま。楓の吐息で、目の前の空間は暖かくなっている。

 深呼吸をして、目を閉じた。目を閉じて、静かに唇を――

 馬鹿か。寝ぼけてんじゃねえぞ、岬玲奈。

 これは良くない。流石にこれは、一線を越えてしまう。越えちゃいけないラインを踏んづけてしまう。

 ……これが、同棲するということなのだろうか。私は、いや、楓は無事にやっていけるのだろうか。

 楓から顔を逸らして、私は小さくため息を吐いた。

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