第2話
すべての授業が終わり帰宅や部活に向かう生徒が足早に教室を出る中、笹島は篠塚に声を掛けた。
「篠塚、相談があるんだけど放課後ちょっといいか?」
篠塚は少しだけうんざりした顔で笹島を見た。
「今日の笹島はやたらと俺を構うねぇ。男にモテても嬉しくないんだけど」
「依頼でお前に殺してもらうならいくら掛かる?」
「あー…。やっぱファミレスで話すか?」
そうして二人して学校近くのファミレスに行くことになった。
幼稚園から高校まで同級生だった二人だが、お互いなんとなく一人が気楽なタイプで友人も多くないか同じようなタイプの人物であり、こうして誰かと放課後にファミレスに寄るなんてことは二人にとって初めての経験だった。
「いらっしゃいませー!」という店員の軽快な案内に奥の席へと通された。
聞かれたくない内容だったから二人にとっては都合が良かった。
着席しメニュー表を見て注文する際、笹島はここで篠塚が意外なほどの甘党だったことを知った。
篠塚は女性が好んで食べそうな大きく見るからに甘そうで見映え目的のパフェとドリンクバーを注文し、笹島は軽く摘まめるポテトとドリンクバーを注文した。
品物がテーブルに届く前に二人で先にドリンクバーで飲み物を取りに行く。
笹島は炭酸飲料を選んで適量で止めたが、篠塚は紅茶に信じられない量の砂糖を持ち席に戻り、大量の砂糖を紅茶に入れた。
もはやそれは紅茶ではなく砂糖茶ではないか?と笹島は思った。
話は笹島から切り出した。
「それで、篠塚が俺を殺すのにいくらぐらいかかる?」
「正式な依頼なら上に通しておくよ。俺が言うのもなんだけど若気の至りなら止めておいた方がいい。…笹島が昔から死にたがりなのは知ってるけどさ、死にたがるだけと本当に死ぬのとはまったくの別物なんだぜ」
中学の時に見られた笹島の死に方ノートのことを初めて篠塚は口にした。
何もアクションがなかったから篠塚が覚えていたことに笹島にとっては衝撃だったが、篠塚はそんなことお構いなしに口を開く。
「笹島はなんでそんなに死にたいんだ?」
「…さあ?理由なんていくらでもあるけど、どれも決定打に欠けるから死ねないんだよな」
「なんだそりゃ、じゃあ生きててもいーじゃん」
「生きていく理由もないから探しているんだよな」
「ますます分かんねーわ。じゃあ、俺が殺す意味もないじゃん」
生きる理由も死ぬ理由も笹島は持ち合わせていなかった。
ただ生きているだけ。それは死んでいないだけとも言えると笹島は思っていた。
それならいっそ本当に死んでしまいたいとも思ったが、楽しく生きていて良かったと思うことも大なり小なりあり、笹島の生は今まで続いていた。
しかし、昨夜の初めての『死』に笹島は興奮していた。
普通は怯え口を閉ざし無関係を通して生き永らえようとする人が大多数だろうが、笹島は張本人の篠塚に訊ねて殺してほしいと依頼した。
それが今の笹島の生きる理由だった。
「死ぬことも生きることも理由が必要なのか?」
笹島は頷いた。
「死ぬ時は何をしたって死ぬだろ。その時を待てば良いさ」
諭すように言う篠塚は人殺しを仕事にしているようには見えない。
どう説得しようか笹島が悩み少し無言でいる間にポテトと大きなパフェが届いた。
篠塚は先程までの怠そうな態度とは一変して嬉々としてパフェを食べ始めた。
無表情で人を殺すか普段の酷薄そうな顔しか知らない笹島にとっては、長いだけの付き合いのない年月よりこの二日の方が篠塚のことを知れた気になれた。
ポテトを齧りながら笹島は再度訊ねる。
「死ぬことに理由は必要で、生きていることに理由が必要ないのはおかしくないか?」
「さぁな」
「俺は死ぬ理由も探しているが、生きる理由も探している。死にたいのは本心だけど、死ぬのは怖い。だから生きている理由を探している」
「そっか」
「さっきから身のねーセリフだな」
「興味もないからな」
事実、篠塚はパフェに夢中で笹島の方に目は向かない。
その間にもあの砂糖が大量に投入された紅茶を飲んでいるのだから、篠塚の死因は糖分の過剰摂取じゃないかと笹島は篠塚の体が心配になってきた。
「篠塚、ちゃんと野菜とかも食べてるか?」
「なんで急に母親みたいなこと言い出すんだよ」
あのパフェを即食べ終わり新たにパンケーキを注文している姿を見ればそう思うだろう。
謎の組織の一員で、人まで殺している男子高校生の死因が糖分の採りすぎなんて笑えない。
「なんで人を殺してるんだ?なんかの組織に所属してるとかそういうアレ?よくあるやつ?」
「人を殺すことをよくあるやつで片付ける方がどうかしているけどなー。最近はそういう番組多いよな」
「それだけ身近にない刺激を求めてるってことだろう?」
篠塚が話を逸らしたのは言いたくないからだろうとあたりをつけて笹島は篠塚の許容ラインを探っていく。
「篠塚は人を殺すとき何を考えてるんだ?」
「人を殺すときにいちいち何か考えなきゃいけないのか?」
そう言われればなんとも返答できない。
自分で死ぬことも生きることも人を殺すことも理由が必要なようで要らないと言われれば要らないのかもしれない。
だからこそ理由探しで追われているのだ。
死ぬ理由、生きる理由、殺す理由、どれを取っても難しい。
いっそ無い方が清々しい気持ちになる。
「ファミレスでするような話じゃないよな」
「今更だな」
いつもの薄い笑みで篠塚が笑う。
知り合った年月だけは長いがこの薄い笑みは機嫌が良い時のものだと笹島は今日知った。どことなく楽しそうに感じるのだ。
「人間なんて他人に無関心だろ。特にファミレスに来て顔を付き合わせている男子学生の話を興味津々に聞くやつは怪しいやつくらいだろうよ」
言いながら篠塚は残り少なくなっていた紅茶を一気に飲み干し新しく入れ直そうと席を立った。
笹島はその姿をポテトを摘まみながら見ていた。
どっからどう見ても普通の男子学生である。
死にたがりの生きたがりと、謎の組織に所属する殺し屋とは思えない二人だったが、それは二人にしか分からないことだった。
紅茶を入れ直した篠塚はまた砂糖を大量に入れながらなんてとこの無いように言った。
「上からの笹島に対しての指示もまだなんもねーからな」
「俺の処遇が決まったら殺されることになるのか?」
「なんで嬉しそうなんだよ。…死にたがりだからか。死ぬ可能性が出たなら生きる理由も探しとけよ」
死ぬのならば生きる理由は要らないが、何故篠塚がそこまで笹島の死を否定するのか分からないままとりあえず頷いておいた。
「笹島の処遇は上の決定でどうなるか決まるよ。あと、見られた失態で俺の給料減らされたからここ奢ってくれない?」
「それは自業自得で奢る理由になんねーな」
「だよなー…」
今月厳しかったんだよなー…と独り言を言いながら食べ終えたパフェとパンケーキの皿を八つ当たりのように睨み篠塚がソファにもたれてだらける。
こんなにやる気のない普通の男子高校生が人殺しなんて務まるのだろうか。いや、実際にしたし笹島は目撃したのだが。
「次の仕事もいつ入るかわかんねーしなー」
「定期的にあるもんじゃないんだ?」
「高給なのはな。あ、ひとつ思い付いた」
「なんだよ」
「俺が笹島に生きる理由をひとつやるよ」
怠そうに篠塚が提案した。
「このファミレスのドリンクバーを全種類制覇すること」
ぴしりと指を指されて言われたが、なんとも仕方のない内容であるしこのファミレスはドリンクバーの種類の豊富さが売りで100種類を越える。
「やるかは笹島次第だけど、理由のひとつにはなるんじゃね?」
適当な篠塚とは対照的に笹島は一人で「なるほど」と一人納得した。
「じゃあ、篠塚も付き合ってくれよ」
「やだよ。なんで俺が」
「全種類制覇した証人が必要だろ?それに言い出しっぺはお前だ」
悪戯っぽい顔で笹島が篠塚を勧誘する。
篠塚はしまったと言わんばかりの顔をすると「気が向いたらな」と返答した。
こうしてファミレスのドリンクバーを全種類制覇することという笹島の生きる理由がひとつ出来た。
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