第3話

あれから特段変わったこともなく、笹島が訊ねても篠塚は仕事のことは適当にはぐらかすし、ファミレスに寄ることも誘ってみても勝率は二割だ。


それはそうだ。


同級生のクラスメイトだが元から親しい間柄ではないし、人を殺した者とその目撃者である二人は微妙な関係と言えた。




篠塚啓吾は人殺しだ。




いつもの軽薄で酷薄そうな飄々とした薄めの笑みを消し去り、仕事だと言い無表情に人を銃で射殺する。


あの光景を忘れたことはない。


篠塚に殺されたいと思ったのも本当だ。


あの時見た横たわる死体に自分がなりたいとそう思えた。


それも事実だ。




だが、篠塚啓吾は笹島悠祐に生きる理由も与えた。




ファミレスのドリンクバーを全種類制覇することなどというしょうもない理由だが、その理由のために、ファミレスに通うためにアルバイトを始めた。


人生で初めてのアルバイト。


通っていたコンビニのレジに自分が立ち働いた。


初めての作業でミスすることが多かったが、通っていたときは知らなかった店長の人の良さや店員の励ましでなんとかやってこられた。


同じ時間帯に来ていた常連からも声を掛けられたりして笹島の初めてのアルバイトは上々という滑り出しだった。




初めての給料はもちろん篠塚を誘ってファミレスに行き、いつものポテトと共にドリンクバーチャレンジをした。


五杯目で胃袋が水分を受け付けなくなったが、それでも達成感はあった。


初めての給料で初めての支払いをした。


笹島は少し大人になれた気になった。








軍資金があると気が大きくなるもので、数日後また篠塚をファミレスに誘った。


篠塚は相変わらずデザートコーナーからメニューを選ぶ。


今日は季節のケーキ二種類がターゲットらしい。


また二人でドリンクバーから飲み物を選び席に戻るとしばらくしてポテトとケーキ二種類が机に並ばれた。




「俺、バイト始めたんだ」


「合法なやつ?」


「普通の男子高校生は合法のバイトしか出来ないんですー」


軽く返すと篠塚も笑いながら返す。


「そうだよなー」


「近所のコンビニでバイト始めたんだけどさ、いつも通ってたのにいざレジ側に立つと景色が全然違うのな」


「生きる理由、順調に出来てるじゃん」


篠塚がいつもの薄い笑みで言った。


確かに、死にたいことが理由でバイトしたりファミレスに通ったりと日常に変化が起きている。


いいや、違う。


笹島は小さく頭を振る。


原因はすべて目の前の男だ。篠塚だ。


篠塚に殺されたいという理由で生きる理由が与えられていく。


篠塚に殺されたいと言ったところ、ドリンクバー制覇を生きる理由にしろと言われたからやってみようと思ったし、そのドリンクバー制覇のためのファミレス通いのためにアルバイトを始めた。




笹島の理由には篠塚がすべて関わっていた。




「篠塚って意外と優しいよな」


「意外とじゃねーし優しくて格好よくて頼れるイケメンなんだよ」


優しいと感じた以外は事実ではないし、生クリームを口元に付けながら言うセリフではないが、篠塚らしくて笹島は笑ってしまった。




もし、篠塚が困っているなら助けてやりたい。


殺しなんて危ない仕事をしているくらいだから何か理由があるんだろう。


自分で出来る範囲なら、篠塚のために何か手助けしたいと笹島は思った。


「篠塚は何か困っていることとかあるのか?」


「急だな…。あえていうならこのケーキ、モンブランのわりに生クリームが多くてモンブランな感じがしなかった」


「そういうことじゃなくて」


「多分言いたいことは分かるけど、言いたくないし知られたくもない」


「そっか」


このラインは、ダメなラインだ。


篠塚のラインは曖昧に感じるが明確で、素直に言ってくれるからありがたいと笹島は感じていた。


誰にだって踏み込まれたくない領域はある。


率直な篠塚のそういうところが笹島には好感が持てたし、篠塚のことを少しは知った気になれていたが、そうではなかったことを痛感した。


「篠塚って分かんねー」


「ミステリアスだろ?」


笑っているが誤魔化していることもわかる。


篠塚は自分の言いたくないことは茶化して誤魔化そうとすることも知っている。




いつか、少しでもいいから篠塚の本心が知りたいと笹島は思った。


それが何故かは分からないが、この篠塚啓吾という男をもっとしりたくなったのだ。


今までの知っているようで知らなかった薄い存在ではない、笹島悠祐が知っている篠塚啓吾に殺されたい。


笹島は、そう願って篠塚を見た。




「俺の苺ショートの苺を狙ってもやらねーからな」


「別にいらねーよ!」


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