死ねない死にたがりと、生きる理由の彼が殺す意味
千子
第1話
笹島悠祐は特徴がない男子高校生であるが、唯一の特徴といえばすぐに死にたがることだろう。
特段何があるかというわけでもないが、常に死ぬ理由を探しており、また生きる理由も探していた。
人はいつかは死ぬけれど、笹島の求める死はそれではなかった。
笹島は暇さえあれば死ねる方法を探し研究する。
けれど、それが実行されたことはない。
笹島悠祐は死にたがりだがとても臆病で痛いことも苦しいことも怖くて出来ず、なんだかんだで毎日そこそこ楽しく過ごせていたせいで死ぬことが出来ないでいた。
そして、そのことを知っていることは家族でもなければ友人でもない、特段親しい間柄でもない幼馴染みだけが知っていた。
その人物は笹島に興味はなく、笹島も相手に興味はない。その程度の関係性だった。
知られたのは計算外だったし出来れば隠し通しておきたかったことだが、知られたものは仕方がないと笹島は相手が揶揄することも触れ回るとこともなく無視を決め込んだことで安堵していた。
それほど希薄な関係性の二人であった。
ある日の夜中、笹島は急に炭酸飲料が飲みたくなった。
だが、自宅の冷蔵庫にはそんなものはない。
無ければ余計に飲みたくなるものだが寒いし明日でいいかと思いながらも一度思い立つとどうにも気になる。
真夜中といって差し支えない時間に出歩くのも躊躇われたが、補導さえされなければ大丈夫だろうとたいして中身のない財布とスマホを持って家を出た。
やはり外は寒く冬の訪れを感じた。
そのうち吐く息も白くなるだろう。
コンビニに着くと目当ての炭酸飲料を持ちレジに並ぶ。
しかし、コンビニというところは厄介なところで目当てのものだけを買えた自信はない。
特にレジ横の肉マンはいけない。
気が付けば匂いにつられて購入してしまう。
ただでさえ月々の小遣いしかない薄い財布がこうして余計に薄くなる。
だがこういった無駄遣いも笹島が生きている理由の一つでもある。
高校生が深夜にコンビニで買い物をする。
何気ない行動だが笹島には楽しみの一つであった。
笹島悠祐は死にたがりのくせして死ねない理由ばかりを探していた。
死ぬ理由もないくせに死にたがり、生きる理由も特段なく、小さな理由を積み重ねてなんとか笹島悠祐は生きてきた。
それが笹島悠祐という存在だった。
帰り道、肉マンを頬張りながら頼りない街灯を目印に進み帰路に着く途中、小さな物音が路地から聞こえた。
こんな夜中に路地裏で物音を立てるなんてろくなやつじゃないし、ろくなことでもないと笹島はそそくさと立ち去ろうとしたが、灯りに照らされて見知った顔が現れた。
篠塚啓吾だ。
篠塚啓吾は幼稚園から高校までの笹島の腐れ縁の幼馴染みといっていい存在だった。
特に親しくはないが、地方の狭いコミュニティで生きているせいで挨拶だけはする程度の存在だった。
篠塚は笹島の死にたがりの願望を知っていた。
中学の頃、笹島が書き記していた死に方ノートを落とし中身を篠塚が読んでしまうという不慮の事故であった。
篠塚は特に何を言うでもなく笹島にノートを返したし、笹島も篠塚に特に何も言わなかった。
それは笹島の黒歴史となり死にたい理由のひとつとなった。
篠塚が何も言わないから余計に死にたいと心の叫びを書き研究した死に方を記したノートは自室の鍵付きの机の引き出しに収められた。
篠塚啓吾は、笹島悠祐本人以外で唯一笹島の死にたがり願望を知る人物であった。
それはそれとして、篠塚が不良にでも絡まれているのならば警察を呼ばねばとスマホを片手に様子を窺う。
よくよく見ると、やはり篠塚の他に男が居た。
立つ篠塚に蹲り何事かを喋る男。
これはただならぬ雰囲気だなと笹島が思った一瞬だった。
篠塚の手から銃が撃たれ、人が動かなくなった。
発砲音すらなかったので特殊な銃なのかもしれない。
おそらく死んだのだろう。
その身からは血が流れ動かない体は絶命を意味していた。
笹島は自分が見た光景が信じられなかった。
撃った相手は裏の世界の住人でもなんでもなく、幼少期から見知った青年、篠塚啓吾なのである。
笹島にとっては、望んでいた『死』が身近に感じた一瞬の出来事だった。
笹島はそれからぼんやりとした様子で帰路に着き気が付けばベッドの上で目覚めていた。
机上に置いてあるコンビニで買った炭酸飲料と菓子類からも昨夜出掛けたのは間違いない。
そして多分昨夜の篠塚の行為も。
篠塚啓吾は自分と同じ学校に通う男子高校生であった筈なのに、昨夜の篠塚啓吾は笹島の知っていた篠塚啓吾ではなかった。
いつも薄い笑みを浮かべ酷薄そうな飄々とした男だと思っていた。
少なくとも無表情で人を撃つ男ではなかった筈だ。
いや、それを知るほど笹島は篠塚のことを知らない。
そして、笹島はふと思い立った。
死ぬのなら、篠塚に殺されたい。
笹島にとって『死』に触れるのは初めてじゃない。親戚の葬儀にも参加していつか自分も骨になると思っていたし、早くそうなりたいと思っていた。
出来れば地に痕跡を残したくないから遺骨は海に散骨してほしいとも思っていた。
でもあれは、そんな平凡な『死』ではなかった。
そしてそれを笹島の知り合いが無表情でやってのけた。
笹島が渇望した行為を簡単に見知らぬ男に与えた。
それは妬みにも似た感情だった。
『死』を与えられた見知らぬ男に。
自分が死にたくても死ねず生きる理由を探してしまう相反する感情の狭間で揺れ動いていた中で現れた『死』に笹島は動揺していた。
そして、やはり思ってしまうのだ。
殺されるなら篠塚に殺されたいと。
特段親しい間柄ではないが、不思議とそう思えてまずは昨夜の事実確認からだと笹島はベッドから立ち上がり背伸びをしてストレッチをした。
テレビをつけると昨夜のことがニュースとして取り沙汰されていて、事実なのだと実感させられる。
現場にはブルーシートが被せられていたが、笹島は人が殺されたところを目撃したのだ。
そして、そのことを訊ねて篠塚に殺されるならそれはそれで歓迎すべきことだとすら思っていた。
学校に登校すると早々に笹島はぼんやりと古びた本を読んでいた篠塚に話し掛けた。
「篠塚、ちょっといいか?」
「なんだ?笹島から話し掛けるなんて珍しいな。もしかして昨日のことか?」
目を細めていつもの薄い笑みでからかう篠塚に笹島は自分が目撃したことがバレていたことを知った。
「昨日のは一体…」
「仕事だよ。お仕事。特に好きでやってるわけでもないけどさ。給料が良いんだよ」
給料が良いくらいで男子高校生が人殺しをする世の中なんだろうか。
いや、自分が知らないだけでそういったことがあるのかもしれないと笹島は自分の常識を疑った。
なにせ目撃したのだ。
目の前の篠塚が人を殺すところを。
自分が望んでいる死を与えられる道具を持ち、自分で死ぬくらいなら篠塚に殺されたいと思えたあの感覚を忘れられない。
「それで?そのことでなんか用?」
「いつも、あんなことしてるのか?」
「場合によるかな。違う仕事の時もあるし。それで?それが笹島に何か関係ある?興味本位?仕事のことに対して俺から言うことはないよ。報告済みの上からもまだなんにも言われてないし」
上、というのは篠塚にああいった仕事を指示する連中なんだろう。
篠塚は上からの指示で仕事として人を殺している。それ以外のこともしている。何をしているかは知らないが、きっとそれらもやばいことなんだろうなと笹島は思った。
そして、報告したということは昨日笹島が篠塚の犯行を目撃した件だろう。
篠塚が上から何も言われていないというのは笹島にとって意外だった。即処分されるものだと思っていたからだ。
漫画やアニメと現実とはやはり違うものなのか、いやいくら謎の組織であろうと人を殺すことをそんなに簡単にはしないものだろうと笹島が一人で納得していると篠塚が問い掛けた。
「笹島、三度目だけど俺の仕事と笹島に何か関係あるの?」
「ああ。出来ることならお前に俺を殺されたい」
ざわついている教室では笹島と篠塚の物騒な話しすら掻き消されるのだろうし、漫画やアニメの話とすら思われるだろう。
それほどこの平和な世界とかけ離れた話だった。
だが、数万円のために人を殺めるニュースは時折流されるし、遠いようで身近なことなのだ。
教室内で特に気にするものは誰も居ない。
篠塚はいつもの笑みで「理由がないな」と一蹴して一限目の授業に備えるためにさっさと教科書とノートを取り出した。
話はこれで終わりだと言わんばかりの篠塚に笹島も現在は発作的な死にたい強い理由がないため自席へ戻って授業の準備をするが、頭の中は無表情の篠塚と流れる血だけが占めていた。
篠塚は仕事と言っていた。
ならば依頼すれば篠塚は笹島を殺してくれるのだろうか。
授業中、笹島はそんなことを考えていた。
いくらぐらい必要なのか、篠塚に聞いてみよう。
必要ならばバイトしよう。
篠塚に殺されるために。
それが笹島の大義名分になりつつあった。
それほど昨夜の『死』に笹島は衝撃を受け、関わりのなかった篠塚に対して執着に似た願望を持つようになってしまった。
一瞬の『死』の経験だが、それでも篠塚に殺されたいと思ったのは笹島が死にたいからであり、篠塚に殺されるために生きることが笹島の理由になった。
これが、希薄であった二人の関係を少しだけ縮める小さな出来事であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます