鬼ごっこ
お寺にて
竹林の長い一本道。地面には砂利が敷かれており、少し歩きにくい。
竹林の翠に、澄んだ空、コンクリートで舗装されていない砂利の道。どれも日常では体験できないものだ。
──これ、結構きついな。
息を整えながら、傾斜の険しい道を上る。体力には自信がある冬花でも、10分も坂道を歩き続けると疲れてくる。
──でも、もうすぐ。
そう思ったとき、彼女の目の前に、門が見えた。瓦屋根の大きな門。
──着いた!
冬花はスマホをポケットから取り出すと構えた。
パシャッ
スマホで写真を撮ると、すぐにSNSにアップする。
[地元の猫宮寺にきてます! 竹林が綺麗です!]
自撮り写真にコメントを添えて投稿ボタンを押す。
すぐにコメントといいねがつく。
[かわいい!]
[そこ知ってる!]
[そこ行ったことある! K県のY市にあるところだよね]
それらを見て冬花は、満足そうに微笑む。
「おい、早くしろ!」
「待てって、そんなに急ぐなよ」
「あの宗太郎の剣術が見られるんだぜ! しかも、本物の刀を使ったな!」
はしゃいでる声が聞こえたので振り返ってみると、何人かの高校生たちが寺への道を駆けていくのが見えた。彼らは、冬花を追い越して寺の門へ去っていく。
──本物の刀を使った剣術?
寺では、真剣を使った模範演技や居合切りの体験会などが行われる。それは、冬花も聞いたことがある。
冬花は、止めていた足を再び動かし始めた。日常では見ることのできない、本物の居合というものを見てみたくなったのだ。
──宗太郎ってもしかして……。
頭の中で高校のクラスメイトが思い浮かんだ。
モデルである自分にも分け隔てなく接してくれた優しい人。
少しの期待を胸に抱きながら、彼女は寺への砂利道を歩みはじめた。
***
冬花は仕事柄、様々な美しいものを見てきた。
高くそびえる雪をかぶった富士山、沖縄のきらきら光る海、北海道の雪景色など、全国の様々な美しい光景。
しかし、目の前にあるその光景は、これまで見てきたどのものよりも美しいと感じた。
袴姿の少年が腰に差している刀を抜き、斜め右下へ振り下ろす。すると、彼の目の前にある円柱の形をした畳は、スパンッと小さな音を立てて、真っ二つになった。
「お~~!」
ぱちぱちと拍手が送られた。すぐに寺の坊主たちが切られた畳を回収し、新しい畳を用意する。
今度は3本の畳だ。少年は腰に差した刀を構える。
少年が刀を抜いた、その瞬間。
風のように素早い斬撃が3本の竹をまとめて2度切りつけた。
ボトリとバラバラになった畳が地面に転がった。
目にも止まらぬスピードとはまさにこのこと。
3本だった畳が9本になった。
あまりの速さに、観客は一瞬静かになった。しかし、
「すげえ!」
「早すぎて目で追いきれねえー!」
どっと周囲から歓声が沸いた。
少年は一礼する。
刀を腰に携えて背筋を伸ばすその佇まいはとても美しい。その華奢な体はとても、武道をやっているようには見えない。
「宗くん……すごい」
冬花は少年の名前を口に出していた。彼女の大きな目は感動によって煌めいていた。
***
宗太郎は、一通りの演目を終えたところで、袴姿で寺の隅の竹林に移動していた。ここなら、人目につくことなく、気分転換ができる。その腰に刀は差していない。
「宗くん!」
自分を呼ぶ声が聞こえたので振り返ると、その声には聞き覚えがあった。クラスの中でもひと際注目されている人物。
彼女は、高校生でありながら、モデルとしても大活躍している。宗太郎のクラスでは、飾らない純朴な性格と美しい容姿で人気である。
「冬花?」
「こんにちは~」
彼女は朗らかに笑いながら手を振る。その仕草は、愛嬌に溢れていて、見る者すべてを笑顔にしそうだ。
「まさか、こんな寺で会うなんて」
「ホントに偶然だよね~」
「でも、どうしてここに?」
「ちょっと挨拶したくて、付いてきちゃった」
えへへと笑う冬花。宗太郎もつられて笑う。
「宗くんの居合切り、どれも凄かったよ!」
「ありがとう、そう言ってもらえるなら、子供のときから修行したかいがあったよ」
「え? 宗くんって子供のときから刀持ってたの?」
「うん、さすがに普段から持ち歩いてるわけじゃないけど。おじいちゃんに稽古つけられてたんだ」
「すごいね~」
「僕、おじいちゃんが結構スパルタでさ、5歳のときから剣道習わされたよ」
「じゃあ、私はその頃子役のオーディション受けてたかも」
「僕なんかより、芸能人として活躍してる冬花のほうがすごいよ」
二人が話に花を咲かせていると、
「宗太郎! 大変だ!」
寺の坊主が宗太郎に向かって走ってきた。20代くらいの若い坊主だ。
「修さん。どうしたの?」
「う……うちの寺に置いてあった刀が……何者かに盗まれた!」
その言葉に宗太郎は、大きく目を見開いた。
冬花はただうろたえることしかできなかった。
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