刀を探して
春の日差しが心地よい土曜日。学生はもちろん社会人も休みを満喫する日だろう。
有徹町の交番にて、
先ほどまで上司である
「誤字脱字が多すぎ、やり直し」
そういって書類を突っ返す谷里巡査部長。徹夜しながら必死に書いた書類に難癖をつけられた谷里巡査には、反抗する気力もない。
デスクから顔を上げ、時計を見ると、もうすでに昼の12時を回っていた。
「K県警から優徹町交番へ、猫宮寺の住職から午後3時頃に刀が盗まれたと通報あり。被疑者は不明。至急、近くの署員は猫宮寺の本堂へ急行するように」
緊急無線が交番に響き渡る。
横山巡査は、パトロール帰りの谷里巡査とともにパトカーに飛び乗り現場へ急行した。
「横山さんに、谷里さん。お久しぶりです」
そう言って女性警察官2人に挨拶するのは三上修。猫宮寺の坊主だ。顔は整っており、おしゃれに気を使えば、かなりモテるようになるだろう。
「三上さん、お久しぶりです」
ちなみに谷里巡査部長の想い人でもある。谷里巡査部長はにっこりと彼に向かって敬礼する。
「お、やっと応援が来たな」
横から声が聞こえたので振り返ると、そこには、捜査三課──警察署における窃盗事件担当──の山野巡査部長がいた。年齢は30代、無精ひげを生やし、髪をオールバックにしたスーツの男性だ。
「三上警部お疲れ様です」
横山巡査は敬礼する。
「おう、お疲れさん。それじゃ、行こうか」
山野巡査部長は手をヒラヒラ振ると、現場に向かって歩きだした。他の3人もそれに続く。
「今回盗まれた刀は名刀、鯱切。江戸時代に作られた刀だ」
「美術的に価値のあるものってことですか?」
歩きながら詳細を話す山村に横山が聞く。
「ああ、俺も昔見たことがあるが、かなりの上物だったぞ」
「やけに詳しいですね、山村警部」
「歴史マニアなんですか?」
「いや、俺学生のとき剣道部だったから、それなりに知ってるだけだ」
「その刀って高いんですか?」
「ええ、高いですよ」
警察三人の話に三上が割って入る。
「確か、この間鑑定士に頼んで見てもらったら、500万円って言われたかな?」
「ご……」
横山は驚きのあまり言葉が出ない。自分の給料の数年分に値する給料だ。凄すぎて、いまひとつ想像できない金額である。
「鯱切は明治時代からこの寺にある名刀です。振ることのできるのはこの猫宮寺の住職から認められた人間のみ。あの刀は普段厳重に保管されています。しかし、このようなことが起きて残念でなりません」
「そのときのことを詳しく聞かせてください」
「ええ、もちろん」
一同は歩きながら、寺の本堂に向かっていった。
寺の本堂の中に招かれた3人は、畳に敷かれた座布団に座り、三上と向かい合っていた。
三上は、お茶を一口飲むと、話し始めた。
「今日、この寺では居合切りの模範演技がありました。そして、それが一通り終わった後、私はその居合切りに使われた鯱切を回収したのです」
「その刀を使っていたのは、誰ですか?」
「近所に住んでいる高校生ですよ。名前は水戸宗太郎。彼の剣術は大変すばらしいものでしてね」
「彼から刀を回収したのですね」
「ええ、彼から刀を受け取った後、私がこの寺の倉庫にしまったのです」
「その後に刀が盗まれたと」
三上の話をメモを取りながら聞く三人。
話を聞いてみても、犯人が分かるような手がかりはない。
三上が頭を捻りながらも「お話ありがとうございます」と頭を下げた。
「で、犯人は分かりそうか?」
「いえ、話を聞いただけでは」
「私もです」
「だろうな。今、犯人の痕跡を探すために鑑識作業をやってるが、だめだな」
「手がかりはないですか?」
「指紋も毛髪も出てねえ」
「じゃあ、さっきまで居合をやっていたっていう高校生に話を聞きましょうよ」
横山の提案に2人は黙って従うほかない。新人が仕切るのに不服そうな山野もここは大人しくする。他に手がかりがない。
「三上さん。その水戸宗太郎という少年に話を聞くことはできますか?」
「ええ、いいですよ。彼は今、この寺の庭で木刀の素振りをしていますから」
3人の警察官は立ち上がると一礼し、本堂を後にした。
***
寺の本堂の裏庭。そこには、日本庭園のような砂利と松の木がある。
松の木の下で、素振りをしている少年がいた。竹刀が空をビュンッと切り裂く音が聞こえる。
「ちょっと君、いいかな?」
少年は素振りを止めて、振り返る。
男子高校生にしては小柄な体、可愛い顔をしているが、そのしなやかな動きは、只者ではないと警察官たちは悟る。
「はい?」
少年は首を傾げる。
「失礼、自分たちは優徹警察署の者だ」
山野は、警察手帳を見せながら名乗る。
「今回の日本刀窃盗事件について詳しく話を聞かせてもらえないだろうか?」
「はい、いいですよ」
「じゃあ、君は今日この寺で居合切りをやった水戸宗太郎くんだよね?」
「ええ、そうです」
「その居合に使われたのが''鯱切''という名刀でね。君が三上さんに返したあとに盗まれてしまったんだよ」
「はい、それは知ってます。さっき慌てた様子で僕に言ってきましたから」
「じゃあ、確認だけど、君はあの刀を三上さんに返したあと、どこで何をしていたかな?」
「クラスメイトと話をしていました。彼女もたまたまこの寺に来ていたみたいなんで」
「なるほど、じゃあその子に会うことはできるかな?」
「さっき飲み物を買いにいったのでもうすぐ来ると思います」
警察官たちがメモにペンをすらすらと走らせながら話を聞いている。
「あ、あの~ 宗くん大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。こっち来て」
振り返るとそこには、美少女がいた。
さらさらとした長い黒髪に、人形のように整った顔、色白の肌に、綺麗な黒い目。均整のとれたプロポーションはモデルのようだ。黒いズボンに白いカットソーも抜群に似合っている。
彼女は、宗太郎の隣に来ると、ペコリと頭を下げた。
「居合の模範演技が終わったあと、すぐに彼女と会ったんですよ」
「それはどこかな?」
「この寺の敷地の隅にある竹林です」
アリバイがある。この少年と少女に犯行は不可能。
「ありがとう。では、私たちはこれで失礼するよ」
山野は部下2人を引き連れて、寺の裏庭を後にした。
「あの2人には特に怪しい点はない」
「あの美少年&美少女コンビですか?」
「横山、アンタ面食いにも程があるでしょ」
「ぶっちゃけ、宗太郎くんめちゃくちゃ好みです」
「おい、未成年はやめろ。警察官がソレはほんとに洒落になんないから」
「横山、谷里、そのへんにしておけ」
盛り上がる横山と谷里を、山野がたしなめる。
山野は溜息を吐く。横山も谷里もそれぞれタイプは違うが、なかなかの美人だ。
横山は黒いショートヘアの似合うカワイイ系、谷里は茶色いロングヘアのセクシー系。そんな彼女が警察官として誉められない会話をしている。これは見逃すわけにもいかない。
「それにしても、なかなか手がかりが見つかりませんね」
「ああ、今監視カメラを調べてる。何か見つかってくれるといいが」
警察官たちは夕暮れの中、捜査を続行する。
今は夕暮れどき、警察官は太陽の浮き沈みに関係なく捜査を行っていく。
夕闇が町をゆっくり優しく包んでいった。
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