兄が欲しいので用意する

 兄が欲しくて仕方ない。

 しかし居ないもんは居ないのでどうしようもない。弟ならともかく兄をこれから、とはなかなか難易度が高すぎる。

 仕方ないので適当な男を攫って兄にすることにした。

「というわけで、あなたをうちに連れてきた訳ですよ」

「ははあ、なるほどなあ」

 彼は背が高く、俺より少し年上に見えた。ちょっと痩せぎすで薄汚れているが、なかなか見栄えのする男である。俺の兄としていい相手だと思った。

「まあ家族もいないので俺は構いませんけど、なにしたらいいんですかね」

「まず敬語はやめてもらおうかな」

「うん」

 なかなか素直でいい兄だ。ますます気に入った。しかし、これ以上……兄らしく、とは何をして貰えばいいんだろう?

「俺が兄にして欲しいこと……なんだろう? まあ、仲良く暮らしていこうぜ」

「はあ……君はそれでいいの? 何をして欲しいとかないの?」

「あ、君とかじゃなくて太一って呼んで」

「一がついてるのに弟なのかあ」

 無視した。別に痛いところを突かれたわけじゃない。後で兄にも説明してやろう。

「そういう兄貴は、名前なんて言うの?」

「俺は直人って名乗ってるよ」

 言い回しが不可解だが、まあナオトということで間違いないだろう。

「歳は?」

「二十八ってことになってる」

 歳上だ。問題なし。しかし、やはり物言いが気になる。

「……偽名?」

「いや、実は俺、記憶喪失なんだよ」

 なんと、記憶喪失のまま家族も見つからず、仕方なく決めた名前と推定年齢で暮らしているらしい。

「じゃあ兄貴、もしかして、弟がいたかもしれないのか」

「そうかもしれないけど、もう随分前から一人だからなあ。だからお前……太一が弟になってくれるなら嬉しいかもしれない。うん。名前に一が入ってるのが気になるけど」

「別に、俺が長男ってわけじゃないんだ。名前は、大地だとありきたりだからタイチにしたらしい。よくわからないけど」

 説明するなら今しかない、と思って口を挟む。

「てことは、別に兄貴がいるのか?」

「いない。でも前はいたらしいんだ。ずっと前に行方不明になって、法律では死亡扱いになった」

「それは大変だったなあ」

「俺は別に大変じゃなかった。でも、絶対に取り戻してやろうと決めてたんだ。兄貴ってものを手に入れたいって思ってた。大人になって俺はその夢を叶えるんだ」

 兄貴は笑って、そりゃすごいなあ、と頷いた。

「そしてようやくあんたを手に入れたけど……今までの話、何か引っかからないか?」

「引っかかる? なにが。人を攫ってはいけないって思い出したのか?」

「そんなことはどうでもいいんだ。行方不明になった俺の昔の兄貴……そして記憶喪失で一人になったお前……」

「うん?」

「お前こそが、昔の兄貴なんじゃないのか!?」

「な……なに!?」

 名探偵になった俺は、両親に兄貴の顔を見せ、もしかしたら兄貴なんじゃないかと問い詰める。両親は、そういえば面影がある、生きてるならこれくらいの歳のはず……と半泣きになった。

「こんなこと、あるんだな」

「ああ……すごいな」

 俺たちは興奮して、次の段階に進む。病院でDNA検査をしてもらうのだ。記憶を取り戻してはいないが、そこまで証拠が揃っていたら戸籍を戻してもらえるに違いない。手続きなんかは後で調べよう。そんな話を二人でした。

 いよいよ俺は本当の意味で兄貴を取り戻すのだ。

 そしてついに結果が出て――

 全然他人だった。

 全くもって、赤の他人。

「言うの忘れてたけど……」

「何?」

「俺が保護されたのって、奈良だったんだよね」

「俺たちはずっと前から青森育ちだよ! じゃあ兄貴な訳ないじゃん!」

「なんかごめん……」

「く……くそ……!! なんだったんだこれまでの時間は!!」

 まあ残念だが、昔の兄貴はやはりどこかで亡くなってしまったのだろう。ここにいるのは、俺が捕まえてきた新しい兄貴だ。

 せっかくなので親と養子縁組をして、直人は書類上でも俺の兄貴になった。

 諦めなければ夢は叶うって本当だな。

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