兄と一緒に働きたい
「食事にでも行かないか?」
定時五分後。同僚は僕にそう話しかけた。僕はなるべく人当たりがよく見えるように微笑みながら、丁寧に返事をする。
「ごめん、まだやりたい仕事があるんだ」
「相変わらずだな。また誘うよ、たまには息抜きしろよ」
僕のことを少しは分かっている同僚は、しつこく誘ったりせずにそう言って切り上げてくれた。感謝しながら僕はデスクに向かう。
仕事は大事だ。とても大事だ。
スクールで来る日も来る日も勉強に明け暮れて、ようやく国のインフラ整備に関わる仕事に就けた。それもシステム管理の職だ。
僕は兄がいなくなった日から、絶対にこの職に就くと決めていた。
ここには兄がいる。
コーヒーのおかわりを手に入れるために給湯室へ歩く。開放感のあるオフィスは、大きな窓ガラスから「コンピュータ室」の全体を眺めることができる。
「コンピュータ室」には、ぎっしりと小さな水槽が敷き詰められている。僕はこの光景が嫌いじゃない。
水槽には緑色の液体が満たされていて、そこに脳が浮いている。水槽からはコードが伸びていて、あらゆる所につながっている。脳の数は約千個と聞いているけれど、実際どうなのかはよく知らない。ここにあるものだけがすべてではないだろうし、ずらりと並んだ脳みそを数えるなんて正気じゃない。
大事なのは、この中の一つが兄さんだってこと。この脳みそ達が計算を手伝っているシステムの管理を、僕も行えるということ。
両親が大罪を犯した罰として死んだらしい。両親が死んだその日に聞かされた僕ら兄弟は意味がわからなかった。
何をしたのかも教えてもらえなかった。よっぽどやばい思想によって、よっぽどやばい事をしたんだろう。
その子供である僕たちもなんらかの「悪い教育」がされているかも、ということで、罰が用意されることになった。それはもう、なんだか、
『どんな風に人生がめちゃくちゃにされたい? いろいろ用意してみたよ』
という感じの話だった。おびえた僕が泣いている間に、兄さんはなんだか興奮した大人たちに囲まれていた。
『すばらしい脳だ』
『君ならすぐにでもコンピュータ室へ行ける』
『薬も手術もなしの、純粋な脳みそだ、貴重だ』
囲まれた兄は、困惑していた。そりゃそうだ。僕だって困惑している。おきている事がすべて訳わかんなくて、ひどいことばかりで。
でも兄は、僕と目が合うと少しだけ笑ってみせた。
「コンピュータ室、行ってもいいです。その代わり、弟は許してあげて」
兄の願いは受理された。
あまり仲のいい兄弟でもなかったのに、兄がどうしてあんなことを言ったのか、大人になってもよく分からない。僕は兄が好きだったけれど、兄も僕が好きだとは思えない。
世界はわからないことだらけ。分かっているのは、今の僕は兄さんをサポートする仕事ができるということ。
コーヒーを手に入れて、デスクに戻る。個人仕事用の(コンピュータ室のものと比べたら)小さな端末を撫でると、すぐさま画面が明るくなって、仕事をあれやこれやと思い出させてくれる。端末は僕にずっと酷使されていて、熱がこもっている。
温かい機械を撫でながらその先の兄のぬくもりを思った。
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