弟が灰になった

 俺の弟が死んでしまったというのに世界は平和だし幸福な人間もいるっぽいのが心底ムカついたので俺はその辺の明らかに御神木っぽい木を蹴ってみたがそしたら派手に木の皮がめくれてボロボロと落ちてしまった。

 ――バレたら神社の人に怒られる。

 と、まず思い、その次に

 ――下手したら祟られる。

 と、恐怖した。

 怒られたり祟られたりするのが怖いなら初めからするんじゃねーよという話だが弟がもういないのに「まとも」な判断ができる方がおかしいのでひとまずそこは置いておこう。

 という所まで考えた瞬間、

『私はこの木の精。なんでも願いを叶えてやろう』

 と俺がボロボロにした木から半透明のおじさんがニュルンと出てきた。

「いやおかしいだろ」

『何がだ』

「なんで木を蹴った俺の願いを叶えてくれるんだよ、祟るところだろ?」

『祟られたいのか?』

「違うけど」

『お前が木を蹴り、肩こりが治ったお礼だ』

「木の精の肩こりを治すとなんでも願い叶えてもらえるんだ」

 俺は感心した。

 明らかにおかしいことが起こっているのは分かっていたけれど、俺より先に弟が死んでしまうような世界だ。世界は思ったよりもおかしいのだ。

 とにかく、本当に叶えてもらえるなら俺の願いなんて決まっている。

「弟を生き返らせてくれよ」

『ふむ』

 それはできん、とか言われたら生えたまんまこの木を燃やして煙モックモクにして盆に弟の迎え火として使ってやろうかな。

『構わぬが、今おまえの弟はかなり狭いところにいるぞ。このまま生き返らせたら体が折り畳まれて、また死ぬのでは?』

「あ、今骨があるところで復活する感じなんだ?」

 狭いところというのは墓のことだろう。確かにあんなところで生き返ったらもう……大変だ。

「じゃあ墓を暴いてくる。願い事するまでのの時間制限とかある?」

『特にはない、好きに悩むといい』

 別に願い事に悩んでいるわけじゃないんだけど、なんか話が通じてないような返答をされた。自動返信のボットなのかな?


意外と墓はすんなり暴けちゃって俺はびっくりしながら御神木に戻ってきた。

『それが弟か』

「まあ、そう」

 納骨したばかりなのに再び引っ張り出された白い骨壷は、思ったより軽くて冷たく、けれど重かった。

『では願いを叶えてやろうか』

「あ、ちょっと待って」

『なんだ』

「あのさ、できれば海で生き返らせてほしいな。俺らのこと海までビューンて飛ばせない?」

『海までビューンて飛ばすのは願い事になってしまうが、お前が自分で海までビューンと飛び、私がそれについて行くのは問題ない』

「じゃあそれで」

 俺は弟の骨壷を鞄の中に隠したままドキドキしつつ海まで向かう。電車でここまで緊張したのは人生初のことだった。

 電車内まで木の精のおじさんはついてこなかった。海に着いたら心で呼べば来るらしい。どういう仕組みなんだろうか。

「海だ」

 海に着いた。最近は暖かくなってきたが、砂浜には俺一人だ。そもそも夏だってあまり人気がないところだから、当然なのかも知れなかった。俺は見晴らしのいい、高めの防波堤に立つ。

「木の精の人ー、着いたよ」

 心で呼ぶ、という感覚がよく分からず不安なので、口にも出して呼んでみる。俺の声は強い海風にちぎられて、そのあといつのまにか半透明のおじさんが出現した。

『ここで良いのか』

 海風の強さと関係なく、木の精の声は俺に届いた。うん、と鞄から骨壷を取り出しつつ頷く。

「復活ってどれくらい時間かかるの?」

『十秒程度で完全に生き返るだろう』

「ふーん。じゃあ俺が、お願い! って言ったら始めてくれる?」

『ああ』

 俺は骨壷を開けた。

「お願い」

 俺の手から骨壷が落ちた。

 弟の灰が海に沈んでいった。

「あ、あーあ」

 俺はその後を追うように防波堤から身を投げた。

『良いのか』

(良いっていうか、しょうがないよ)

 木の精の声に心の中で返答する。海に沈んで泡の音に耳を塞がれても、木の精の声は響くんだから不思議だった。

 ……弟の灰が海に沈んだら生き返らせても溺れてしまうだろう。

 俺が一番気に食わなかったのは、弟が俺より先に死んで、俺はその後の世界を生きなきゃいけないことだった。

 だから、ちょっと弟には申し訳ないが、これでよしとする。

 もしかしたら溺れずに二人とも助かるかもしれないし。

 まあ、どっちでもよかった。

 

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