恋する穂高さんはなんだかおかしい

築地俊彦

第1話 穂高さんは告白する

 僕こと能島浩也のじまひろやは海景高校の一年生で入学したばかりだ。四月になってから間もないので、まだ自分のクラスに慣れておらず、教室で所在なげに座っていた。なにしろ顔見知りがいない。話しかけることも話しかけられることもなく、早く時間が過ぎないかなと、天に祈る日々だった。だから校内放送で呼び出されたときは本当にびっくりした。


(一年一組の能島浩也君、一年一組の能島浩也君、生徒会室まで来てください。繰り返します……)


 入学してわずか三日目の休み時間に生徒会に指名されるなんてあるのだろうか。とりあえず僕は初体験だ。まだ名前も覚えていないクラスメートに注視されながら、ガタのきた扉を開けて、教室を飛び出した。

 僕は小さい頃から足だけは速く、自信がある。でも生徒会室の場所を知らないからどうしようもない。ここだろうとあたりをつけたところは間違っており、仕方ないので近くにいた先生に聞いた。先生からは細かい場所と「廊下を走らないように」という注意を貰い、ようやくたどり着いた。

 息を整え、改まってから扉を開ける。

 中にいたのは生徒会の会長、三年生の佐々波穂高さざなみほだかさんだった。なんで知ってるかって? 入学前に見たパンフレットに載っていたからだ。つまり記憶に残るほど美人だったのだ。

 穂高さんは有名人だ。クールで大人びていて、勉強も運動もトップであり、全校生徒に尊敬されていた。いやごめん、嘘だ。尊敬されてない。有名なのは確かなんだけど、ちょっと変わった理由で知られてるのだ。そのことは入学したばかりの僕ですら、何度も耳にした。

 そんな人がどうして僕を呼び出したのか。僕は穂高さんの前に立ち、恐る恐る待った。


(うわ、めっちゃ美人……)


 生で見たのは初めてだ。椅子から立ち上がった穂高さんは女子の中でも長身で、僕とほとんど同じくらい。目の高さも同じだから視線がもろに向けられている。それが僕の鼓動を早くした。

 なにを言われるんだろうか。いきなりお説教か。でも入学したばかりだし、生徒会長とはいえ同じ生徒に説教するのはおかしくないか。

 そんな僕の気持ちをまったく考慮せず、穂高さんは口を開いた。


「能島浩也君」

「は……はい」


 声も綺麗だなと緊張も忘れて幸せな気分に浸っていたら、次の台詞でぶっ飛んだ。


「君と付き合いたい」


 え?


「私は君と、付き合いたいと考えている」

「はあ僕と……え、ええ!?」


 口を大きく開けたままだったのはだらしないと思うが、非難されるいわれはない。穂高さんから言われたら誰だってこうなる。だって見たことないような美人に、付き合ってくれと言われたんだ。

 これは凄い。奇跡だ。こんな綺麗な人が彼女になるなんて。入学早々訪れた幸運。ここから素晴らしい高校生活がはじまるんだろう。僕のセクセスストーリー開始です。

 いや待て。そうじゃないよな。ちょっと違ったぞ。


「付き合いたいと考えている……?」

「そうだ」

「考えているってなんです……?」

「まず前提条件として、私は君に恋している」


 はっきり言われた。


「君のことが好きだ。愛している。間違いない事実だ」

「そう……ですか」

「だから君と付き合いたい」


 僕は絶句した。相手は美人で有名な三年生の生徒会長だ。なにも言えなくなるのが普通。こんな状況でぺらぺら喋る男がいるなら見てみたい。

 しばらく間をおき、かろうじて言葉を絞り出した。


「その……ありがとうございます」

「だがハードルがある」


 一瞬だけ、ふざけているのだろうかとの疑念がよぎったが、この人はあくまで大真面目だった。


「私の噂を聞いたことは?」

「あります」

「なんて言われていた?」

「ええっと、えー……なんて言うか……変……」

「変人だ。そうだろう」


 そうなのである。この人は誰もが見とれるほどの美人なのに、性格がおかしい。これが全校に知られている理由であった。

 穂高さんはとにかく変わっているのだ。彼女を狙う人間は数あれど、知った途端引っ込んでいく。成績面で畏怖されながらも尊敬に繋がらなかった。


「私は性格がどうしようもなく曲がっていて、大変な変人だと言われている」

「はあ……」

「一大事だ。恋をしてしまったというのに、性格面で躓きつつある」

「そうですね。普通は告白相手に、自分は変人なんて言いませんよねえ」

「私もそう思うんだ」


 穂高さんはまたも真面目な顔で僕に告げた。

 僕は変人という噂を聞きつつも、どんな風に変なのかは知らなかった。だが今、生徒会室で十分味わいつつあった。


「だから私は性格を直さなければならない。これがハードルだ」

「はあ……」

「直すのを、君に手伝って欲しいんだ」


 僕は穂高さんの言葉を何度も反芻した。

 はっきり言って混乱している。目の前の人が喋っている内容が、人類に理解可能なものだとは思えなかった。


「ええとつまり、僕と付き合いたいけど性格を直したい。だから僕の手助けが必要。こういうわけですか」


 ただ繰り返しただけなんだが、穂高さんは我が意を得たりとばかりにうなずいていた。


「理解が早くて嬉しい。さすが私が惚れた男だ」

「分かったようで分かりません。なんで僕?」

「どうせ付き合うのなら、末永く付き合いたい。当然だろう」

「それは分かります」

「私はこの性格のおかげで何度も損をした。好きな男に逃げられてしまう可能性も十分ある」

「でしょうねえ」

「だとしたら本人に直してもらうのが一番早く、合理的だと思わないか」


 ようやく言いたいことを理解した。

 いや感情が納得してなかった。意味不明だ。性格直すって自分一人とか親の助けを借りるとか、そういうものじゃないのか。百歩譲って友人だろう。それを告白(予定)相手に頼むとか変だ。

 次の瞬間、僕はまた理解してしまった。そうだ、穂高さんは変だったのだ。


「直らなかったらどうするんですか」

「そうならないよう全力を尽くす」

「直さなくても付き合うのはどうですか」

「君に変人と付き合うなんてことさせられるか」

「僕の気持ちとかは」

「もちろん断わっても構わない。私は傷ついて数週間寝込んで生徒会の業務は滞り、学校からも心配されるだろう。絶食を重ねて入院し、いずれは面会謝絶になるかもしれない。だが考慮する必要はない」

「脅迫だ……」

「好きな男に脅迫などしない。そもそも君のことが好きだという感情に、偽りはないと確信している」

「そうですか……」

「私は君にふさわしい彼女になりたい。だから協力してくれ」


 真っ正面から見据えられた。

 どう考えても本気だった。彼女の綺麗なお顔にふざけたところは一切なく、言葉も真剣そのもの。心からの言葉だった。

 冷静に考えるとおかしいとしか言いようのない光景なんだけど、僕に他の選択肢は用意されていなかった。


「……分かりました」


 僕は正面から見つめられるのが照れくさくて、目をそらしながら答えていた。


「会長に協力します」

「良かった」


 穂高さんは心の底からほっとして、しかも嬉しそうだった。そして僕はそんな彼女を可愛いと思ってしまった。一見クール系なのに、こんな顔もできるなんて。


「よろしく頼む。ああ、私のことは穂高でいいぞ」

「こっちが年下なんでさんづけします。僕のことは浩也でいいですよ」


 次の瞬間、穂高さんの顔は信じられないほど真っ赤になった。


「そっ、そんな恥ずかしいことできるか! 私と君はまだ付き合ってないんだぞ!」


 やっぱり穂高さんはなんだかおかしい。

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