5-9
真琴の祈りはむなしく、永瀬は次の月も有給を取り、早い時間からの同伴を希望した。
全く興味のない映画に連れていかれ、行きつけだという狭くて静かで会話が筒抜けになりそうな喫茶店に立ち寄り、それから寿司屋に行くという流れだった。
喫茶店では、趣味でもない映画について感想を求められ、自分たち以外には会話のない三人しか客がおらず、真琴は辟易した。
しかもその後寿司屋に移動しても似たような状況で、静寂の中、歪な二人の会話を晒した。
トルマリンに着くころには接客などできる元気は残っていなかった。
良いか悪いか、その日はずいぶんと客入りが悪く、ボックス席に永瀬と二人きり、他の客やリナたちと話すことも一切なく深夜十二時の営業終了時刻を迎えた。
永瀬は帰る間際、ティファニーの紙袋を真琴に渡した。中身はオープンハートのネックレスで、真琴は思わずたじろぐ。クリスマスはタイミング的に渡せなかったから、とのことらしい。
水色の紙袋には「千冬様」が脳裏をよぎらないわけではなかったが、それよりも、一人の客に過ぎない永瀬から贈られるハートのネックレスの圧に怯んだ。
調べたところ、そのオープンハートのモチーフのネックレスの金額には幅があり、真琴がプレゼントされたのは三万六千八百五十円の、最もシンプルなものらしい。
だとしても、かつて宮部と付き合っていたときに贈りあったプレゼントは、高くても五万円程度のものだったことを思い出して、恋人でも何でもない人間から、その七割にもなる金額のものを受け取ってしまったことに対して真琴は気が重くなった。
身に付けることも売ってしまうことも憚られる水色を眺め、改めて洗面台下のあの紙袋のことを考えた。あれはティファニーの何だったのだろう。ネックレスだろうか、ピアスだろうか、それとも指輪だろうか。自分が今しがたプレゼントされたものよりも高いものだったのだろうか。普段自分が宮部からもらっていた品よりも高いものだったことは、恐らく間違いない。
そもそもティファニーのものをプレゼントされたことなんてなかった。宮部から贈られたアクセサリーといえば、服屋の一万円程度のものが関の山だった。
記憶を辿ると、物品よりもむしろ旅行などのプレゼントが多かったことに思い当たった。アクセサリーは、物であり心である。贈る人間の想いを形にして、贈られる人間の思い出となる。
そう考えて真琴は、ああなるほど宮部はやはり『千冬様』には伝えて身につけさせたくて仕方がなかったものを、自分に対してはひとつも持ち合わせていなかったのだなと苦笑した。
一方で永瀬はいま、自分に想いを伝えたくて、自分の心の中に入り込みたくて仕方がないのだなと真琴は再確認する。
ゆあは永瀬を、ストーカーにはならないと危険視していなかったが、そういう問題ではないと真琴は悟った。
想っているフリをして見せ続けた宮部と今の真琴は、何が違うのだろうかと考え、答えを出すことはできない。
トルマリンからの帰り道、酒で寒さに鈍感になった体に冷たい風を受けながら自転車を押した。
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