5-6
不動産屋を経営する飯田との同伴は、大体が水曜日だった。
真琴と二人きりだったり、他の女の子もいたり、飯田の部下も一緒だったりと、人数は毎回まちまちである。その日は、真琴と飯田と、飯田の部下の鹿野の、三人で焼肉に行ってからトルマリンへ向かった。
若手営業マンの鹿野は、年齢は二十八歳で真琴の二つ年上だ。歳が近い真琴と意気投合し、トルマリンの店内ではボックス席で隣り合って座っていた。
飯田の隣にはリナが座っている。リナは、事務のパートと掛け持ちしているシングルマザーで、高校生の娘がいる。掛け持ちの仕事の勤務時間の関係で同伴はできないリナを目当てに来店する飯田は「飲み友」の真琴と食事を済ませてからトルマリンに飲みに行くのだと宣う通り、店内ではリナ以外に目もくれない。
「飯田さん、今日は何食べてきはったん?」
大阪の下町に不似合いなリナの京都弁が、飯田の頬の筋肉を解きほぐす。
「商店街のやっすい焼肉や。リナには今度めちゃめちゃええ肉食わしたるからな」
向かいに座る真琴が口をへの字にして睨むが、飯田はそれに一瞥もくれない。
「飯田さん、意地悪やわあ。ねえまこちゃん。それに私は、ギリギリまでお昼の仕事があるから……お気持ちだけ」
リナがごめんねえ、と飯田の顔を覗き込む。飯田は緩んだ口元を更に緩めて、ともすれば物理的に溶けてしまいそうな表情をしている。リナはカラーコンタクトで黒々とした目を細めて微笑んだ。
店内は二十三時になっても混雑とまではいかなかったが、ボックス席には飯田たちが座り、カウンター席には三人並んでいた。
リナは飯田の隣が固定席になっていることを差し引いたところで、特別忙しくなるような人数でもないが、カウンター席の端っこに永瀬が座っていることが真琴を焦らせた。
カウンターに立つ聖子ママと目配せをして、鹿野と永瀬を行ったり来たりする。
永瀬は眉間にシワを寄せながら、オイルサーディンをつついていた。
「永瀬さん、ごめんね、今日ちょっと忙しくて」
「気にしないで」
そうは言うものの、永瀬のグラスは先程から全く量が変わらず、真琴はただひたすら結露を拭き続けている。つついているはずのオイルサーディンも、よく見れば本当につつかれているだけで、個数が変わらない。
そんな状態は、永瀬が会計を済ませる深夜十二時まで続いた。
営業終了の深夜一時には、真琴はぐったりとボックス席のソファに突っ伏していた。
「まこちゃん、今日も飯田さんと同伴してもろてゴメンねえ。永瀬さん、ご機嫌斜めやなかった?」
疲労で伸び切った真琴にペットボトルの烏龍茶を差し出しながら、リナが向かいのソファに腰掛ける。
「ご機嫌は悪くないんですよ。全然。逆に気を遣ってしまって……」
真琴は体を起こして烏龍茶を受け取り、化粧がソファについてしまっていないかを確認してからその場に座り直す。その顔からは口紅がほとんど取れて、あまり良くない血色がむき出しになっている。
「疲れるやんなあ」
リナはタバコの灰を灰皿に落としながら、声を潜めた。
「やけどまあ、なんも難しいことあらへんよ。お店に来てもらって、一緒にお酒飲むだけなんやもん。それだけのことで好いてもらうんは……あっちの勝手やんなあ」
母とは大きく年齢が変わらないはずの、シミ一つない白い肌の質感は指先まで滑らかに続いていて、真琴はその手で洗い物をしている様子を想像してみようとしたが、像が結びつかない。
リナは灰皿にタバコをこすりつけ、おつかれさまと言って、靴もドレスもそのままの状態にコートを羽織り、トルマリンを後にした。
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