3-8
科学館に到着した二人を真っ先に出迎えたのは「本日のプラネタリウム上映分の座席は完売しました」の張り紙。
仕方がないねと二人言いながら、科学館の入場チケットだけを購入した。
館内はほとんどが親子連れで、稀に宮部と真琴のような若いカップルもいたが、プラネタリウムのついでに見に来ているらしく、展示品にはさほど興味がなさそうに携帯をいじりながら歩いている。
宮部は、何度も見ているはずの展示品を飽きもせず穴が空くほど眺めている。真琴も、時折解説してくれる宮部の弾んだ声を聞いて目を細めた。
順路に従って一通り館内を巡った二人は再び入口で自分たちを出迎えた張り紙の元に戻る。
「ごめん、ちょっとまだ」
科学館を後にしようとした真琴に、宮部が声をかける。
ウロウロ何かを探す宮部の後ろについて、真琴も歩いてみた。
「売店……なくなってる」
「そういえば、ほんとだね。もう、科学館自体がなくなっちゃうし……」
以前来たときよりもがらんどうとしたフロアを二人して眺め、そしてどちらからともなく互いの手を取り握る。
科学館を出た二人は、かつてのカフェのカウンター席に並んで座っていた。真琴はホットのルイボスティーで冷えた指先を温める。宮部は冬だというのにアイスカフェラテを飲んでいた。
「プラネタリウムも見れなかったし、なんか、ごめん……」
宮部は肩を落とし、アイスカフェラテに沈んだストローの先を見つめながら謝った。
「仕方ないって! あそこ、当日券しかないからプラネタリウムの座席予約とかできないもんね」
それに、と真琴は俯く。
「スノードーム捨てちゃったから、買ってくれようとしたんだよね……?」
そう口にすることで、なんだか後ろめたいような、むず痒いような気がした。宮部は照れ笑いを浮かべながら「まあね」と苦笑した。
「ところであの、泊まってもらおうと思ってるんですけど、僕の家に」
今日含め六日間をともに過ごすのだから、もちろん泊まる場所が必要だった。
真琴ははっとした。長らく住んでいた東京に、自分の家がもうないことをすっかり忘れていた。
宮部の家に泊まることになるのはごく自然な流れなのに、そのことを考えると、今更ながら改めて胸が締め付けられるような心地がした。
「あ、そっか、お邪魔します……です」
洗面台下のティファニーの紙袋はどうなったのだろうか。「千冬様」に渡したのか。もしかしてまだ、あの洗面台下にあるのだろうか。
しかし真琴の困惑をよそに、宮部は声を弾ませて言った。
「僕、引っ越したんだ。前より広い家に。都内じゃなくなったんだけど」
そう言い始めて、宮部はつらつらと引っ越しした理由を説明した。
以前からテレワークを推奨している会社だったので、自身も三ヶ月前からテレワークを週に三日、四日と増やしたこと。仕事の環境を整えていると、とてもじゃないが1DKの前の家では足りなかったこと、少なくとも寝室と書斎を分けたくなったこと。引っ越しを検討したときに、都内の家でなくても良いことに気付いたこと、むしろ都内以外の方が経済面でも都合が良かったこと。
「そうだったんだね。新しいお部屋にお邪魔するの、楽しみだな」
真琴は安堵の表情を浮かべながら、ルイボスティーのカップに口を付けた。
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