あの頃に戻れたから、今度こそ……
れん
単話:私は戻った
歳を重ねると、あの頃もしああしていたらと思うことが増える。
「いやー、懐かしいね。あの頃さ、本当は俺って、あいつのことが気になってたんだよ」
「おま、まじかよ……あいつはないだろ? どこが良いんだよ」
オバサンになったのにパートナーのいない私は実家に寄生して、今日もバイトで日銭を稼ぐ日々。
「あの頃、か……」
目の前の酔っぱらい客は同級生なのか。思い出話で盛り上がっている。
「浅見さーん、忙しいんだからボーッとしないで。料理あがったから配膳よろしく!」
「あ、は、はい!」
厨房からの声で現実に引き戻される。
他のバイトよりも手取りが良いのとまかない飯がでるからという理由で居酒屋を選んだけど、失敗したな。
「あの頃に、戻れたらな……」
酔っぱらいに絡まれ、カップルや夫婦やコンパの熱に当てられ、年下の先輩や上司にこき使われる日々でつい弱音が漏れてしまう。
私の場合は、片思いしていた相手にもっとアプローチしていたら……あそこで、間違えなかったら、今頃結婚してたりして……。
そんなことを考えながらバイトを乗り切り、家に帰る。
「ただいま」
家族は家にいるけど返事はない。
姉妹は結婚して家を出て、年老いた両親は私に無関心で食事もでない。
何度か両親の薦めでお見合いもしたが、コミュ障な私は始めて会う相手と上手く話せなくてどもってしまい全部破談になった結果、『もう、好きにしなさい』と結婚は諦められている。
コミュ障だけが上手くいかない原因じゃない。
若かりし日に犯した、取り返しのつかない過ち。安易な考えと行動で、私は傷物になった。
そんな私の相手をしてもらうのが申し訳なくて、バレて拒絶されるのが怖くて尻込みしてしまうのだ。
あの時は、私は『地味でブスで陰キャなあんたは誰にも相手にされないだろうねー』と、厚化粧して派手に遊んでいる子達に見下されていたから、『私だって、相手にされるんだぞ』って、見栄を張りたかった。
意中の相手はいたけど、告白してフられたらまた笑い話のネタにされる。バカにされる。縁が切れて立ち直れない。
だから、出会い系で知り合った男に逃げた。
好きだとか、愛してるとか、可愛いとか……チョロい女をつり上げるための餌でしたかなったのに、食いついてしまった。
甘い言葉をささやかれて、キスして、体を許して、こんな私でも愛されてるんだぞって、粋がっていた。
陽キャ女子や自分と同じ陰キャ女子に自慢したとき、彼がその話を聞いていたのに気付いたときにはもう遅かった。
彼の汚物を見るような、失望したという眼差しで、私は取り返しがつかないことをしたと……私は小さな見栄のために、大切なモノを失ったんだと悟った。
意中の彼との縁は切れ、数少ない友人もいなくなった。
出会い系の男は『お前なんか遊びだよ』『たまにはゲテモノを食ってみたくてね』『まぁ、初物はおいしかったけど、もういらないから連絡するな』とブロックされた。
もう自分で人生終わらせた方が世のためになるのではないだろうかと思うが、そうしたらそうしたで、両親や私の処理をする人に迷惑がかかるなと実行できず、ネット小説に逃避している。
「あ、更新きてた」
最近のマイブームはタイムリープもの。
ファンタジーや異世界転生も好きだけど、現代でやり直し系は今の私に刺さる。
「目が覚めたら、自分も、あの頃に……戻れ、たら……」
読み終わった余韻と程良い眠気に身をゆだね、自分もタイムリープできたらなー、なんて……そんな妄想をしながら眠りについた。
ーーーー
「おーい、あーちゃん。おきなよーー」
「……え?」
体を揺すられて目を覚ますと、昔通っていた学校の教室の風景が目に入る。
私、自分の部屋で布団に入っていたはずなんだけど? 何で学校にいるの? てか、起こしたの誰?
「授業終わっちゃったよ? あんまり講義中に寝てると、先生に目を付けられて単位落としちゃうよ? あとでノート見せてあげるから、ご飯奢ってね?」
「え、あ、うん……ごめん」
起こしてくれたのは私のくだらない見栄で疎遠になってしまった友人。
そんな彼女が私に嫌悪感を持たずに接してくれていることとに驚く。
「ねぇ、今日って何年の何日だっけ」
「んんー? まだ寝ぼけてる? 携帯見たらすぐ解るのに」
「あ、そっか」
携帯? スマホじゃなく?
そう思いながら鞄を漁る……これ、昔私が愛用してた鞄だな、懐かしい。あの頃確かに使ってたものが入ってる。
そんな感傷に浸っていると、中から出てきたのは何世代も前の折り畳み式携帯電話。
表示された日付は学生時代。
私が出会い系を始める少し前の時期だ。
「あ、や……やったーーー!」
「わっ、ちょっ! いきなり大声出さないでよ!!」
「あ、ごめん……」
変な注目を集めてしまったが、タイムリープだ。
私はやり直したいと願った時代に戻ってきたのだ……これで喜ぶなと言うのが無理だろ。
「どうしたのさ。気になってる彼から連絡でもあったの?」
「ふぇっ? えっと、あの、その……」
そう言えば、この時期、何とか連絡先の交換ができた時期だっけ。
意中の彼との連絡先は、彼に講義の解らないところを教えてもらったときにお礼がしたいからと聞いていた。
「初々しいのぉ~。で、なんて?」
「いやいや、そういうのは友人であっても言えないから」
「そりゃー、そっかー。でも、少しくらい教えてくれても罰は当たらないと思うんだけど?」
「ごめん。無理」
未来から舞い戻ってきましたとか言っても信じてもらえないだろう。
友人との雑談って、こんなに暖かくて、愛おしいものだったんだな……戻る前の私は自分で全部ぶち壊してしまったんだけど……今ならやり直せる。私には今後の展開を知っているというアドバンテージがあるんだ。これは勝ち確定と言っていい。
失ってしまったものを、取り戻すんだ。
「頑張れ、私」
彼にアプローチするための第一歩として、イメチェン……は止めておこう。彼は派手なの嫌いだと言っていたし、恋人には頼られたい。甘えられたいとか言っていた。
基本私は誰かに頼ってばかりで、受け身一辺倒では流れを変えることはできないし……彼に日頃のお礼という名目でお弁当を作るとか、一緒の時間を作るとか……この時期でも良い雰囲気な時はあった気がするし、好きになってたし……思い切って、好きですって言っちゃおうか。
学生時代まで戻っているが、中身はおばちゃん。失う恥は未来に置いてきた。
虎穴に入らずんば虎児を得ず。告白しなければ恋人を得ず。女は度胸。想いはきちんとぶつけなきゃ!
思い立ったが吉日とも言う。
私は早速『二人で話がしたいから』と人があまりこない場所……彼に勉強を教えてもらっていた場所に彼を呼び出して、告白することにした。
できる限り身だしなみを整えて、彼を待つ。
「あ……」
ソワソワしていると、想い人が現れた。
何度も思い返して妄想した彼を前にすると、頭が真っ白になる。
「お待たせ……で、話って? また解らないところがあった?」
「え、あの、えっと、その……」
意中の相手を前に挙動不審になる。
だって、思い出補正で美化されているせいで、直視できないのだ。
「とりあえず、落ち着け」
「あ、ひゃい……」
こんな私に気遣いの言葉。優しすぎ。
「ああ、しゅき……」
「は?」
「あ……え?」
思わず想いが溢れだしてしまった。
だからと言って、ここで否定するわけにも引き下がるわけにもいかない。ここは、このまま勢いで乗り切る!
「そ、その……私、あなたのことが好きで、その……できれば、お付き合いを……」
「ああ、無理。だってお前、出会い系してるだろ? そういうの無理だから」
即座に切り捨てるような言葉が返ってきて、頭が真っ白になる。
「……え?」
どうして彼がそのことを知っているのだろう。
それは戻る前の私であって、今の私じゃない。
この時期なら、私はまだ出会い系に手を出していないはず。携帯の中身を確認しても、なにもなかった。
なのに、どうして?
「はっ……え? なんで……私、は、この時期には、まだ……」
「ああ、やっぱりか……おかしいと思ったんだ。寝室にいたはずなのにいきなり過去に戻ってて、俺だけタイムリープしたかと思えば絶縁したはずのやつがお前に話しかけてたり、講義終わってすぐの奇声や言動。なにより、お前にとって人生の分岐点になり得る時間に巻き戻りとかさ……お前にとって都合が良すぎだろ……まぁ、俺にとっても都合は良いんだけどな」
彼が未来のことを知っている。
どういうことなの?
タイムリープしたんじゃないの?
私の人生やり直しチャンスじゃないの?
なんで? どういうことなの?
「タイムリープしたのはお前だけじゃない。俺も未来の記憶を引き継いでる……お前が出会い系でお楽しみしたことも。小さな見栄を張って陽キャに初体験の話を自慢げにしてたことも。その記憶がなかったら、な……あの頃の俺は、お前のこと、好きだったんだよ」
「え、嘘……」
「勉強教えてる時間は楽しかったし、頼られるのは嬉しかった。でも、お前は俺じゃない男と寝た。俺は、付き合うなら一人の女性の最初で最後の男でありたいんだ。重いと思われるかもしれないけど、そういう人間なんだよ」
「で、でも、今の私は、」
「今はまだ手を出していないとか、体はきれいなままとかさ……そうじゃないんだ。そういう行為をする奴だって知ってしまった以上、付き合えないよ」
彼の言葉には嘘がない。
ずっと想い続けた相手だ。それくらい解る。
解るからこそ、解りたくない。
「あの胸くそ悪い自慢話で失恋させられた俺の気持ちが分かるか? 結構しゃべれてたし、気があるのかなと思ってたのに裏切られた俺の気持ちが。結局俺だけだったんだなって泣いた俺の気持ちが」
「え、あっ、ああ……」
「で、話はそれだけか? それなら、俺はもう行くぞ」
「え、やだ……行かないで」
「これ以上何を話すんだ? 不毛だろ。せっかくやり直せるんだから、俺は俺がやり直したいと思ってたことに専念する。お前に裏切られて傷心してた俺を支えて、癒してくれた女性がいるんだ」
やだ。聞きたくない。
「もっと早く出会って、彼女のために自分を磨いて、もっと良い職に就いて、しっかり稼げてたらもっと早く結婚して、一緒の時間を増やせたのにって……やり直したかったんだ。その点だけは、お前に感謝してるよ。タイムリープに巻き込んでくれてありがとな」
そこから私は友人に見つかるまで泣きながら立ち尽くしていた。
見つけてくれた友人に家まで運んでもらい、タイムリープしたことも彼にフられたことも全部洗いざらい吐き出した。
「そう言うときは、飲むしかないね!」
そう言って家に置いてあったお酒を一緒に飲んで、吐いて、飲んで、意識をとばして、一緒に寝て……朝日を浴びて目を覚ました。
「んんー、頭痛い。気持ち悪い……ああ、おはよう、あーちゃん。大丈夫?」
「おはよう。うん……正直、シンドい」
「まぁ、こういうバカも若いうちでしょ?」
「そう、かな……?」
「そうそう。せっかく未来から舞い戻ったんだから、昔できなかった、今しかできないことをやってさ……楽しもうよ。それで彼が悔しがるくらいいい女になってさ、フったことを後悔させてやろうよ!」
フられたこととか、過去の失敗を取り戻そうとか……やり直すことに縛られず、楽しんでやる、か。
「そう、だね……」
「そうそう。楽しもうよ。今度は一緒にさ!」
「私なんかで、いいの?」
「あーちゃんが良いの! 私じゃダメ?」
「そんなことない! 私も、その……」
「両想い~」
そう言って抱きつきてきた友人を抱きしめ返す。
今度は一人じゃない。友がいる。
男は彼だけじゃないんだ。
改めてイイ女に……大人になろうと思う。
ー終ー
あの頃に戻れたから、今度こそ…… れん @ren0615
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