オッドアイの行方3

 途端にガランとしてしまった四畳半のこの部屋に取り残された1人と1ぴき。


「お前本当におとなしいのな」


 窓から差し込む西日を浴びて、ゴロゴロと喉を鳴らす白猫。

 こちらを警戒する様子は一切見せず、腹を天井に向けてゴロゴロと転がる。


 誘っているように見えるが、俺は触らない。

 少し怖いのだ。さっき真中の家でもう1匹の白猫に威嚇されたのがまだ尾を引いている……のかもしれない。


 さっきの話の流れだと、俺の部屋で隠れて飼う羽目になりそうだったが、いつまで続くのだろうか?

 そして終わりは来るのだろうか?

 むしろバレずに隠し通せるものなのだろうか?


 この先の展開を予期すると思わずため息が漏れた。


「んー?」


 俺の事を励ますように、白猫が口を開けずに鳴いてみせるが、猫にまで同情されるのかとさらにため息が漏れるのだった。


 ______________________



「たっだいまー!」


 ノックもなしに唐突に俺の部屋の扉を開いたのは妻鳥だった。

 その両手にはビニール袋が抱えられていて、その後ろに続く深澤、真中も荷物を抱えている。


「ノックくらいしろよ。お取り込み中かもしれないだろ」 



「ずいぶんと下品な事を言うのね。少しは反省したほうがいいわ」


 前に出てきた深澤をなだめるように、妻鳥がまぁまぁと俺と深澤の間に入ってくる。


 まあ別に俺だって揉めたいわけじゃない。ノックをしなかった事を注意したかっただけなのだ。……少し言い方に問題があったかもしれないが。


「ごめんねー。私が悪かったよ。人の部屋だってのにノックもしなかったわけだから。ごめんなさい」


 俺の本心はちゃんと伝わっていたらしい。


「まあ、別にいいよ。俺こそ悪かったよ」


「大丈夫だよ。私は気にしてないから!」


 ゾロゾロと3人が部屋の中に入ってくると、やはり狭く感じる。


「シロリンー。新しいお家買ってきてあげたからねー」


 妻鳥が白猫に語りかけると、人間の言葉を理解しているかのように頭を擦り寄せてお礼を言っているようだった。


 それに続けて深澤にも。

 深澤は感動したのか、目をまんまるにさせて白猫に手を伸ばしかけるも、白猫は真中の方へと行ってしまった。


「おりこうさんにしてたー?」


 やはり飼い主である真中に1番懐いているようで、なーと鳴いてしつこく足元につきまとっている。そんな姿を少し羨ましいそうに見つめる深澤は少し不憫に見えた。


「とりあえず座ったらどうだ?」


「それもそうね」


 深澤が俺の隣に腰を下ろすと、その正面に妻鳥と真中が座る。

 白猫は真中の膝の上に乗ると、真中の顔を見つめてゴロゴロト喉を鳴らす。



「本当に懐いてるんだな」



「えっ、うん。い、一応……元、飼い主だし。……ははは」


 元か。その言葉をこの白猫は理解しているのだろうか。少し言い淀んだところを見ると、反省や後悔と言った種類の感情を内包していることが見て取れる。


「山辺君!これシロリンの餌ね。とりあえず一週間分買ってきたの」


 不穏な空気を察したのか、妻鳥が元気一杯な声をあげると、持っていた片方の袋を押し付けてきた。


「お、おう」


 もう片方の袋もこちらに押し付けるように渡すと、白猫の食器類であることを続けて告げた。


「はい。こっちはトイレよ」


 次に荷物を押し付けて来たのは深澤だ。

 押し付けられた紙袋の中には、四角のプラスチックの箱のような物が入っていた。


 袋から出して少し観察してみる。

 箱の上面の部分には天板がなく、中は空洞になっている。

 なんの為なのか、上と下とで取り外せる作りになっているようだ。


 箱の底には、小さな穴が無数に空いた、スコップのような形の用途不明の物体がテープで止められているが、何に使うものなのだろう……あれ、こんな作りのものをつい最近どこかで見たような気がするが____



「はい、これが中に入れる砂よ」


 俺の思考を遮るように、深澤が新たな物をこちらに押し付けてくる。


「砂?」


 深澤から砂とやらを受け取ると、ずしりと重い。


「なんだよこれ。何に使うものなんだ?」


「そ、それはね、トイレの中に敷く砂だよ。そ、その中でおしっこをするとね、固まってくれるの。さっき山辺君が持ってたスコップを使ってお掃除するんだよ」


 いつもより饒舌に真中が説明をしてくれた。

 なるほど。やはりこれはスコップなのか。

 固まった砂を掬う。たしかに深澤から渡された砂の粗さなら、固まっていない砂はスコップの間をすり抜けるだろう。


「なるほどな」


「え、えっとあと、こ、これがベッドだよ」


 真中が差し出した猫用ベッドには、どこか見覚えがあった。

 


「そ、それは、うちにあるやつと同じなんだ」


 ベッドまで用意するとは。


「一応確認だが、俺が飼うわけじゃないんだよな?少し預かるだけだよな?」


 あまりの用意周到さに少し不安を覚える。


「そ、それはもちろん。す、すぐに新しい飼い主が見つかるように、す、するつもりだよ」


「まあ、それならいいんだけどさ」


「こ、この子も不安だと思うから、せ、せめていつもとかわらないようにしてあげたくて……」


「か弱い女の子をいじめて楽しい?」


「別にいじめてるわけじゃないさ」



 むしろ俺がいじめられると言っても過言ではないぞ。苦手な動物と、長い期間ではないといえ寝食をともにしなければならないわけだからな。


「とりあえず、配置していこうよ!」


「そうだな。そうするか」


 妻鳥の意見に賛成することにする。変に長引かせてもただ俺が責められるだけのような気がしてきた。



 その後は適当に配置を決めて、簡単なルールを決めてこの日はお開きの運びとなった。


 俺1人に世話させるのも酷だという話になり、朝は俺と深澤で世話をすることに、放課後は妻鳥と真中も手伝いに来ることになった。


 白猫の里親探しはまずは校内で。見つからないようならば手を広げて近隣住民へ声をかけてみると作戦も決まった。


 後は月曜日を迎えるだけだな。


 3人を部屋から見送る時、妻鳥はあっさりと帰って行ったが、深澤と真中は名残惜しそうに白猫に視線を送っていた。


 その視線の意味は、全く異なるものだろうが。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る