オッドアイの行方2

 一週間暮らしてみて、狭く感じる事の無かった我が部屋が今はとても狭く感じられている。


 それも無理はない。決して広くはない四畳半のこの部屋に、4人向かい合うようにして座っているのだから。


 もちろん布団は片付けた。

 他人に座られたくもないし、彼女たちも座りたくないだろうし。


 話しだそうとしないモジモジとした少女を前にして、最初に痺れを切らしたのは俺だった。


「で、2人揃ってなんの要件だ?わざわざ深澤まで呼びつけて」


「え、えっと……」


 人見知りな少女は妻鳥に助けを求めるように視線を送るが、妻鳥は自分で言わなくちゃと発言権を真中へと再び返す。


 深澤は静観する構えのようで、真っ直ぐな瞳で真中を見つめていた。

 ……君の目つきで見つめられたら睨まれたと勘違いしてしまうのよ。

 現に真中は深澤を強く意識しているようで、何秒かおきにチラチラと視線を送っている。

 仕方がない。少し助け舟を出してやるか。


「こいつの目つきが鋭いのは生まれつきだ。別に真中の事を敵対視している訳ではない……と思うぞ」


 よくよく考えてみたら、俺も深澤の事をそんなに深く知っている訳ではない。少し自信が揺らいだが多分そんな気はないと思うよ。うん。


 俺が言い終わったと同時に、先程よりも鋭い眼光が俺に向けられる。


「心外ね。私の目つきが悪いですって?自覚はしていても付き合いの薄いあなたに言われる筋合いはないわ」



「いや、別にそういうつもりで言ったわけじゃなくてだな……えっとそうだあれだ、ほらカッコいいなと思ったりしてだな。ハハハハハ」


 ちょっと無理筋か、笑って誤魔化すしかない。

 完全に俺の失言だからな。ただ場を和ませようと思っただけなのに。


 察してくれたのか深澤は俺から視線を切ると、柔らかな笑顔を浮かべて真中ニ向けて言った。


「まあいいわ。この話は後で判決を下すとして、今の議題は真中さんが呈示してくれるのよね?」


 この話し合いが終わったら俺はいったいどうなってしまうのだろうか?怖い。私刑か?


「う、うん。わ、私が……話さないとダメだもんね……」


 横に座る妻鳥が一度頷いて見せると決心したように真中がたどたどしく話しだした。


「え、えっと、どこから話せばいいんだろう……」


 三者三様にが真中に視線を注ぐが、決して急かさずに固唾を飲んで真中の言葉を待った。


「ま、まずね、うちにいた猫覚えているよね?」


「あのかわいいオッドアイの猫ちゃんね」


 深澤がそう相槌を打つが、どっちの猫の事を指しているのか俺には判断がつかない。


「う、うん。そう。じ、実はね2匹居るの!」


「あー、うん。知ってるよ。みんな見たし」


「そ、そうだよね。ご、ごめんなさい」


 相槌をうっただけなのに深澤に睨まれた。俺なんか悪いことした?なんか妻鳥もあちゃーみたいな表情してるし。俺が悪いの?えっ?


「大丈夫よ。続けて。この人空気があまり読めないから」

 

 そんな事を深澤が笑顔で告げる。

 絶対さっきの仕返しだろ。……まあ少し空気が読めないところがあるのは自覚してるよ。


「は、はい。じ、実は、1匹しか飼っちゃいけないって言われていて……ここに……」


 言いながら真中は肩に大事そうにかけていた布地のショッピングバックを前に置いた。

 そしてバックの口を開いてみせた。

 俺と深澤は揃って覗き込む。 


 そこにはすやすやと眠る、白猫の姿があった。

 深澤は言葉にならない悲鳴のような声をあげると、キラキラと目を輝かせた。


 俺は思わず身構えた。あの凶暴な方かもわからないからな。ぱっと見違いはわからない。


「だ、大丈夫だよ。おとなしい子だから」


 真中の言葉を聞いて、肩を撫で下ろす。あの凶暴な方はマジ勘弁。


「なるほどな」

 

 なんとなく話が見えてきた。推測するに、真中の家では1匹しかしか猫を飼ってはいけないことになっていた。

 しかし、その約束を破って2匹目を飼っていたのがバレてしまったと。

 なるほどな。それで説教されていたのか。

 だとすると、なぜここに白猫を持ってきたんだ……?まさか____


「ここで飼ってくれって事か?それは無理だろ。一応ここは寮だ」


「ち、違うの!」


「だったらなんだって言うんだ?」


「あ、新しい飼い主を見つけるまでの間、預かって欲しいの」


「それなら妻鳥に頼めばいいじゃないか。家も目の前だし幼馴染なんだろ?」


「アハハハハ。それはちょっと無理かなー。うちのお父さん、猫嫌いだから」


「それ言ったら、寮にだって猫嫌いがいるかもしれないだろ」


「そ、それは……」


「悪いけど他当たってくれ。できれば力になってやりたいけど、こればかりは無理だよ」


 入寮早々、寮監や上級生に目をつけられるのは得策じゃない。ただでさえ悪目立ちしているのだからこれ以上は流石にな。


「そ、そうだよね。無理だよね……どうしよう……」


 真中は俯いて、白猫を覗きこみ今にも消え入りそうなため息をついた。


「山辺君」


 深澤は寝ている白猫をワシャワシャと撫でながらこちらを見ずに俺の名を読んだ。


「なんだ深澤?」


「さっきあなたが私に言った失言、チャラにしてあげるわ」


「はあ」


 それはありがたい。どういう風の吹き回しか知らんが。


「ただしその代わり、この子をここに置いてあげなさい」


「はっ?無理に決まってんだろ」


「あー、さっきは凄く深く傷ついたわ。まだ嫁入り前なのに、こうなったら山辺君に責任を取ってもらうしかなくなるわね」


「いやいや、不問にしてくれるんじゃないの?」


「それはこの子をここに置いてあげたら、の話よ」


「置かなかったら?」


「責任を取って______私刑ね」


「そ、それは……」


 もはや、こう答える他なかった。


「はあ、……わかりましたよ」



「ほ、本当?あ、ありがとう」


「は、ハハハハハ」


 口は災いの元。身をもって学んだ休日だった。


「大丈夫よ。私も責任を持って一緒に里親を探すわ」


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