オッドアイの秘密5
キッチンから戻ってきた女子達によって、テーブルの上によりどりみどりなおかずが並べられた。
俺的、いつか彼女に作って欲しいおかずナンバー1肉じゃがを始め、ほうれん草のおひたし、唐揚げ、ロールキャベツなどなどが大皿に盛られている。
「こんなにたくさん、よく短時間で作れたな」
俺が待っていた時間は大体15分ほどだ。
普段から料理を全くすることがない俺には、普通ならどれくらい時間がかかるものなのかは正確には測れないが。
「あー、これ。全部レンジで温めただけだから。気にしないで!」
元気いっぱいに答えてくれたのは
「私とあなたとで運んできた紙袋があったでしょ?あれの中身がこれよ」
「あー、なるほどね。でも、あれって寮監からの葉子さんへの差し入れだろ。俺達が食べちゃって大丈夫なのか?」
「そ、それなら大丈夫。おばあちゃんの許可は貰ってるから」
「そっか。了解」
家主である真中がそう言うのなら問題ないだろう。
妻鳥は1つ
「じゃあ、さっそく食べちゃおうー!」
それぞれが頷くと、バラバラではあったが各々いただきますを言って箸に手を付けた。
俺はさっそく肉じゃがに手を伸ばす。
「……」
うまい。思わず無言になるほどうまい。甘すぎず、しょっぱすぎず。
____俺、将来は寮監みたいな人と結婚する!
他のおかずの味も気になり妻鳥に視線を向けると、ロールキャベツを一口大にして口に運んだ所だった。
「凄く美味しい!寮に住んでいる人達は毎日食べてるの?ずるいなー。私も寮に住みたいってまゆちゃんにお願いしよーかなー?」
やはり他のおかずも美味しいのか、次は何にしようか。箸を構えて迷っていると、正面に座る真中が、聞き取れるギリギリの声量で
「ま、迷い箸は良くないと思うよ?」
「マヨイバシ?」
「恋はヨウちゃんに鍛えられてるから、作法にはうるさいもんねー」
「そ、そんなつもりじゃ、ご、ごめんなさい」
アハハハと笑う妻鳥。食事中にそれは作法的に大丈夫なのだろうか?真中の方に視線を向けるがオロオロと俺と妻鳥を交互に見ていた。
「迷い箸と言うのは、箸を構えたまま何を取ろうか迷っている仕草の事よ。今まさに山辺君がしていた仕草の事よ。食事のマナーとして良くないとされているわ」
凛とした背筋を伸ばした姿勢で深澤がそう説明してくれた。
「ふーんそうなんだ。お前物知りなんだな」
照れくさいのか深澤はそっぽを向いてしまった。
「別に、そうでもないわ」
「真中さんもありがとうな。他にも何か悪いところがあったら教えてくれ」
「う、うん」
「そういや妻鳥さん」
「アカリでいいって。んで、なになにー?」
ファーストネームで呼ぶのは、俺にはまだハードルが高い。男女だからどうと言う話ではなく、仲良くもないのに極端に距離を縮めるのが苦手なのだ。
「いづれはそう呼ばせてもらうよ」
「ヤマちゃんかたーい」
ヤマちゃんとは俺の事なのだろうか?妻鳥の距離の詰め方に多少戸惑いながらも質問を続ける事にする。
「さっきから気になってたんだけどさ、妻鳥さんは寮監の事をまゆちゃんって呼んで親しげだったけど____」
俺が最後まで言い終える前に妻鳥が口を開く。
「あー、まゆちゃんの事ね。私のおばさんだよ。私のお母さんのお姉ちゃんって言えばわかりやすいかな?まゆちゃんはおばさんって呼ばれるの嫌がるから、まゆちゃん」
寮監である奥野真由美は自身をあだ名で呼ぶことを俺達、寮生にも強要していた事を思い出した。
「あー、それで」
妻鳥の人との接し方、話し方、誰かに似ていると思っていた。
その対人スキルは妻鳥一族に受け継がれているものなのか。
「それでってどういう意味ー?」
少し不貞腐れたように低い声を出して見せたかと思ったら次の瞬間にはニコニコと笑っていた。冗談と言う事らしい。
「ほら、寮監も妻鳥さんも凄い賑やかだろ?似てるなーと思ってさ」
言ってから気がついたが、取り方によっては嫌味にも取られかねない言い回し。だけど妻鳥は「それな」と笑っていた。
「ヤマちゃんってさ、どうしてうちの高校に来ようと思ったの?わざわざ寮に入ってまで。スポーツ推薦って訳じゃないんでしょ?」
「ああ」
俺にはその質問に答える義務があるのだろうか?
____どうしても出会って間もない3人には話そうとは思えなかった。
「なんとなくだよ。寮に入ったのも」
「ふーんそうなんだー。ゆうちゃんは?」
妻鳥は、さして興味のないような相槌を打つと質問の矛先を深澤に変えた。
「……ゆうちゃんと言うのはまさかとは思うけど私の事ではないわよね」
「そのまさか!あなたの事なのです」
妻鳥の距離の詰め方には深澤も困惑しているようだ。これが陽キャと陰キャの隔たりか。
どちらかと言えば俺も深澤側なのだが。
「アカリちゃん。指し箸は良くないよ」
真中の指摘には、妻鳥も深澤も反応することはない。声があまりに小さいから聞こえていない可能性もある。
深澤はわかりやすくため息をついたあと箸を箸置きに置いてから妻鳥と向き合う。
「私の志望動機をあなたに話すつもりはないわ。____正確に言えば、誰に対しても話すつもりはない」
かなり強い口調で言い放った為、深澤のビジュアル込みでガクブルものだが妻鳥は怯む様子は全く見せず
「そっか。そっかー。話したくないなら仕方ないよねー」
ニコニコと表情を崩さず食事を続ける妻鳥。
そのおかげもあってか、剣呑とした雰囲気になることがないのは救いだった。
「妻鳥と真中はなんで選んだんだ?」
妻鳥は箸を持ったままピースサインを作りこちらに向ける。
「もち家近だから!」
もちろん家から近いからの略語だろうか?
勝手にそう解釈した。
「わ、私も近いからっていうのもあるけど、おばあちゃんが働いてるからってのもあるかな」
真中も妻鳥同様の理由らしい。イエチカは家から近いの解釈で合っていたようだ。
「なるほどな。近いと言えば妻鳥と真中の家も近いみたいだけど、幼馴染だったりするのか?」
「う、うん。そうだよ」
「そうなのー。恋が引っ越してきてからの付き合いだからえっと……」
妻鳥は指折り数を数える。
「1年生の時からだったから……8年の付き合いだね!そうだ。ユウちゃんもヤマちゃんもせっかくクラスメイトになったんだから恋と仲良くしてあげてね。凄く良い子だから。」
「まさかとは思うけど、ユウちゃんって私の事ではないわよね?」
「うん。そうだよ。可愛くていいじゃん!」
妻鳥は元気いっぱいに肯定する。深澤は気圧されたのか小声で「まったく……叔母、姪揃って……」と言っていたが、おそらく妻鳥の耳には届いていない。
「ほらほらー可愛いでしょ?それなのに隠しちゃってるのー」
言いながら妻鳥は自身の横に座る真中の顔へ手を伸ばす。
そして、前が見えているのかと疑問に感じるほどの前髪をたくしあげる。
前髪の下には、妻鳥にも負けず劣らずなぱっちりとした大きな瞳。ただし……
「狙っちゃってもいいんだよ。ヤマちゃん」
「ちょ、ちょっとアカリちゃん。そ、そんな事言われたら山辺君が困っちゃうよ……」
慌てた様子で目を隠す真中。
「あはははー」
ここで否定すれば失礼にあたるし、肯定すれば自意識過剰とも取られかねないし曖昧な返事をするしかできない。
「あっ、そういえばさっき猫が家の中に入りたがってたから入れちゃったけど大丈夫だよな?」
こういう気まずい時は話を逸らすに限る。さっきまで家の中に居たんだからなんの問題も無いだろうし。うんうん。
____しかし、返ってきた真中の反応は、俺の想定したものではなかった。
「え?ど、どこから?」
どこか慌てた様子で周囲をキョロキョロと見回している。
「そこの窓から」
俺の背後に存在する窓を指差す。
「ど、どこに行ったのかな?」
「えっ?どこって台所だろ。エサ食べに行ったんじゃないのか?」
「あ、あー。それで……」
「なんかまずい事しちゃったか?」
「ううん。ぜ、全然大丈夫たから気にしないで」
「うにゃー」
「おーシロリン!肉じゃが食べるかーい?」
「だ、ダメだよアカリちゃん。変なもの食べさせないで。それに、刺し箸は行儀が悪いよ」
噂をすればなんとやら。件の白猫が襖の隙間から侵入してきていた。
白猫に肉じゃがを与えようとしている妻鳥。しかし猫に与えようと言うのに、じゃがいもをチョイスするところは食べさせる気はない事の現れだろうか。
「猫ちゃん……」
そんな各々の呼びかけも無視して、白猫は進む。
窓の前まで歩きにゃーと鳴いて!開けてくれとせがんでいるように見える。
おそらく、ご飯を食べて満足したから、散歩にでも行きたいのだろう。
「い、いいよ。行っておいで」
「俺が開けるよ」
立ち上がろうとした真中を制して、俺が窓を開けた。
ありがとうのつもりなのか、白猫は俺の足に1度頭を擦りつけてから出ていった。
深澤はそんな猫の仕草を羨ましそうに見たあと、俺の顔を恨めしそうに見てきた。別に俺は悪くないからね。
そんな猫の姿を見守った後、俺は自分の席に戻る。
「……ん?」
不思議な物を見てしまった。きっと俺しか目撃していない。みんな遊びに出た白猫をガラス越しに目で追っていたはずだから。
「なあ、真中?」
「ん、なに?」
「お前んちって同じ猫何匹かいたりする?」
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