オッドアイの秘密1
入学式から何日か経過した週末。寮生活にもそこそこ慣れてきて、朝、知らない天井で目を覚ますこともなくなってきた。
そして、今現在朝食を取っている食堂でご飯を食べるのも当たり前になりつつあった。
「にしてもうちの寮のご飯は美味しいよな!やっぱり俺ってついてるぜ!倉橋高校を選び、そして入寮をした俺の選択は間違いなかったんだ!」
そんなことを言いながら坂井は鮭の切り身を口に運び、満足そうに頬張る。
そんな坂井の姿を見ながら、俺も味噌汁を口に運ぶ。
うまい。
寮のご飯が美味しいというのは、坂井に同意できる。他の事では同意しかねる事が多いが。
「おばちゃん達が丹精込めて作ってくれているの。美味しくて当然。感謝の心を持って味わって食べなさい」
なんて説教臭い事を言う深澤を横目に一気に味噌汁を流し込んだ。
「そうだな!この幸運を噛み締めて食べる事にする!」
「それが良いわ」
満足そうに深澤は頷いているが、二人の会話はまったく噛み合っていなかった。
まあ本人達が満足しているなら俺にはどうでもいい事だけど。
さて俺も鮭を食べるか。と手を伸ばした所で見知らぬ上級生男子が俺達が囲むテーブル横に立った。
なぜ一目で上級生かとわかるかと言うと、ジャージ腕の所にに入っているラインの本数が違うから。
これは学年が上がる事に増えていく訳ではなく、入学した年度に寄って分けられているらしい。
俺達1年は2本、2年は3本、3年生は1本といった感じで。よくよく考えてみれば少し紛らわしい気もする。
「坂井。朝飯がすんだらグランドに集合だ。他の寮生にも伝えておいてくれ」
「あっ。笠原先輩おはようございます!了解です!超特急で食べて、超特急で伝えておきます!」
言い終えると同時に、坂井は残っていた食事を掃除機で吸い尽くすように口に放り込む。
「あ、ああ。よろしく頼む」
笠原先輩と呼ばれた男子生徒は若干引いている様子で踵を返すと、立ち去っていった。
「なにかやるのか?」
「ほへ、うはつはふほうはひへはんは!」
リスみたいに口いっぱいに詰め込んだまま話そうとしたもんだから、なにを言っているのか全くわからない。
それをわかって話しかけた俺も悪いのかもしれないけど。
「飲み込んでから喋れよ」
坂井は頷いてからトレーの端に置かれていた水を一気に飲み干してぷはぁと満足そうな声をあげて仕切り直すように親指を立てて言った。
「俺、部活動始めるんだ!」
「へーそうなんだ」
続けて何部だ?と聞こうとしたところ俺の言葉を遮るように坂井は机を強く叩くと、食べ終えた食器を俺の方に寄せた。
「ってことで、俺の食器も片付けて置いてくれ!
持つべきものは良き友!俺ってやっぱりツイてるぜ!じゃあ、よろしく!」
「ちょっと待って坂井!おい!」
俺の呼びかけも虚しく、坂井は風になった。一瞬で食堂から姿をくらませていた。
まったくあの野郎は。貸し1だからな。
「あんた達が入学してからー寮が騒がしくなったわねー。いい事なんだけどー」
背後から独特なしゃがれ声が聞こえた。振り返れば寮監が立っていた。
「俺は騒がしくないですよ。坂井がやかましいだけなんで」
「どうだかー」
言って寮監は笑う。
「あっ、そうだ。ちょっと太陽にお使い頼みたいんだけどー、暇?」
知人のいない寮暮らしの週末、暇といえば暇だ。やらなければならないことを考えればいくらでもある。
しかし、寮監には借りがある故に断ることは許されないだろう。以前、お手伝いをするって約束した手前。ちなみにベランダはまだ修復されていない。
「まあ、はい。暇を作ろうと思えば作れます」
「本当ー!ありがとー!すごく助かるー!」
寮監は朝からテンションが高い。俺には真似できそうもない。
「あのねーこれをある場所に届けて欲しいの!」
寮監はテーブルの上にドン、ドン、ドン、ドーンキと擬音が聞こえてきそうなずっしり中身の詰まった紙袋を3つ置いた。
えっ……運び……いや、流石にそれはないよな……?こんな人がたくさんいる前で大胆にそんな手伝いを俺にお願いするかはずがない……よな?
いやまて……!むしろこの方が疑われにくい可能性もあるか……?むしろ上級生はみんな知っていてなおかつ黙認……という線もあるか……?
「ちょっと太陽!なにごちゃごちゃ言ってるのー!」
寮監はおばちゃんが井戸端会議の節々でみせる手招きのようなポーズを取ったが、俺にはそれが首を切るぞというジェスチャーにしか見えない。
「いえ、なんでもありません!」
「まあ、なんでもいいんだけどー。今は怪我をしちゃってー、寮のお仕事を休んじゃってる真中さんって人がいるのー。そこに届けてきてー!」
仲間の元に何かを運ぼうとしている……!?
「なーにーなんか言った?」
「いえなんでも」
「住所書いた紙も袋の中に入ってるから、お願いねー!」
「はい。わかりました」
「今日は皿洗い免除してあげるから、はやく行ってあげてー!」
「助かります」
寮監は他の誰にも見えないように、俺の皿と深澤の皿に唐揚げを2つづつ放り込むと、ウインクを残して調理場に消えていった。
増えた唐揚げを口に放り込みつつ、置かれた紙袋を眺めながらふとおもった。
「ちょっと待って。これ俺が1人で持ってくのか?」
軽く持ち上げようとしてみたら、結構な重量が感じられた。
1人で3つ持つのはしんどいんじゃないかと思うくらいには。
空の食器が置かれている空席がとても恨めしく思えた。
「そんな顔しなくても、手伝ってあげるわよ。……私も唐揚げ貰っちゃったしね」
こちらには視線を向ける事なく、深澤が一人言のようにポツリと言った。
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