桜舞い散る坂道を俺達は歩み始める2

「よーっ太陽!隣室なだけじゃなくて、同じクラスなんてなー運命感じちゃうぜ。本当にラッキーだ!」


 そう言って後ろから俺の肩を叩くクラスメイト。正直に言うと背筋がゾワっとした。

 振り返ると、寮の隣室、坂井亮太の姿が。

 俺と目が合うとニカっと白い歯を見せた


「俺は全然運命感じてないけどな」


「なーに言ってんのよ。俺と太陽の仲じゃない?」


 俺は周囲を見回してからため息を一つ。そして頷いた。



 普段ならげんなりしそうな発言だが、は助かった。なぜなら俺は、入学式に遅刻してきた男としてクラスでかなり浮いていたんだ。


 ワイワイガヤガヤと初対面での自己紹介などが行われる中、俺の周りには誰一人寄って来ることはなかった。

 担任教師が言っていた言葉を借りるのなら、初対面の印象が悪いのだろう。

 俺の事を知らない以上、俺の事を『不良』と判断するのは正しい事だ。

 俺だって立場が違えばきっと、そうしているはずだしな。


 今だに空席である、教卓の前の席に視線を向けて思う。

 男子なのか、女子なのかもわからないが、その空席が埋まる事があるのならば、俺が最初に声をかけてやろう。


「どんなやつなんだろうなー」


「なにが?」


「今見てただろ?入学式に来なかったやつの席」


 空気が読めなそうな奴だなと初対面で思っていたが、意外とそうでもないらしい。


「ああ。寮生らしいぞ」


「マジかよ。どこで聞いたんだ?」


「入学式に出る前に担任から聞いた」


 ガラガラガラ。

 教室の前側の扉が唐突に開く。当然、クラス中の視線が釘付けになる。入学式に参加しなかった不良かもとしんと静まり返り、教室の空気も緊張感を増す。

 入ってきたのは1年Cクラスの担任教師。

 ______その後ろに女子生徒の姿がある。

 俺には見覚えのある女子生徒だった。


「なあ、太陽。あの娘って」


 坂井にも同じく見覚えがあるみたいだ。それもそのはず、______昨日坂井の部屋の鍵を探すのを手伝ってくれた目つきのキツイ女子生徒だったのだ。

 少し俯いているのは気になるが。



「はいはい。全員席につくように。ゆう______いや、深澤は一番前の席だ」


 担任教師は全員に聞こえるような緊張感を持った声色で言った。

 それに従い各々の席へと戻っていく。

 最後に目つきのキツイ女子生徒が席につくのを見届けてからこちらに背を向け、ホワイトボードに何か怪文のような物を書き上げた。


『瀬良星々羅』


 ことわざかなにかだろうか?


「君達の担任を務めさせもらう、せらせせらだ。1年間よろしく。担当科目は社会科。君達が正しく学園生活を送れるよう、万全にサポートをしていきたいと思っている。なにかあれば遠慮せず相談にきてくれ。なにか質問はある者はいるか?」


 担任が喋り終わると静まり返っていた教室内の雰囲気が弛緩していくのが肌で感じ取れた。


「先生超美人じゃん!やったー」


 教室内のどこからか聞こえてきたその声を皮切りに、ワイワイガヤガヤとした空気が拡がっていく。


「本名なんですか?」


「先生は彼氏いるんですか?わんちゃんありますか?」


「身長何センチー?」


「何歳ですかー?」


「せせらちゃんって呼んでもいいー?」


 調子に乗った数名が挙手することもなく、次々に質問をぶつけていく。

 担任教師、せら先生は笑顔を見せてはいるが目は笑っていない。

 笑顔を崩さないまま1度、強く掌で教卓を______突いた。

 ドンッ!

 その瞬間、再度緊張感がクラス中を支配するが、せら先生は大きく息を吸い込み、変わらぬ口調で続けた。


「一度しか答えないからよく聞くように。

 基本的にはプライベートな事には答えない事にしているのだが、今回だけは特別だぞ。

『瀬良 星々羅』これは本名だ、姓をせら、名をせせらと読む。

 彼氏はいない。結婚もしていない。だが勘違いするな。君達のような子供には興味はない。しっかりとした大人の男だけが恋愛対象だ。

 答えなければならない意味がわからないが、身長は155センチ。

 大人の女性に年齢を聞くのは間違っている。今後このような失敗はしてほしくないと願いつつ答えよう。24歳。

 できれば先生と呼んで貰えるのが望ましい。私は君達の教師であり担任だ。友達でないと言う事は忘れないで欲しい。

 ほかに質問は?」


「……」


 言葉を発する者、挙手をする者は1人もいない。みな圧倒されていた。もちろん俺も。


「うんうん。質問はないようだな」


 満足そうに頷くと2歩ほど下がり


「______では、みんなの自己紹介してもらおう。そこの席の君から、順番に前に出て名前、出身校、なにか一言を言ってくれ」


「わ、私ですか?」


 瀬良先生が指名したのは出入り口とは反対側の列の女子生徒だった。

 普通なら出席番号順とかになるはずなのに不意打ちを食らった女子生徒は少し驚いている様子だったが


「はーい。わかりました!」


 元気いっぱいに返事をすると、早足で教卓へと向かっていく。


「えっとー。梶山中から来ましたメンドリアカリって言います。メンドリは妻に鳥、アカリはそのままカタカナでアカリって書きます!気軽にアカリって呼んでね。

 みんなとたくさん楽しい思い出作りたいと思います!宜しくお願いします!」


 言い終えるとペコリと頭を下げ、席に戻るように瀬良先生に促され戻っていく。


 クラスメイト達からパチパチと拍手が上がっているがそれに水を差すように瀬良先生は口を開く。



「楽しい思い出を作るのはよいが、本分は学業だと言う事は忘れないようにな」


「はーい」


 妻鳥アカリは、瀬良先生には見えないように、クラスメイトにだけ見えるように舌を出して見せた。

 それは決して瀬良先生を馬鹿にしているわけではなく、自らを諫める為の行動だと伝わってくる。


 それを見たクラスメイト達も少しは緊張感が溶けたのか和やかな雰囲気になったような気がした。


「じゃあ、次はその隣の君」


 後ろじゃないのかよと突っ込みたい所だが誰も突っ込む者はいない。


「わ、わ、わたしですか?」


 指名された女子生徒は、不意打ちに驚いたようで、かなり動揺しているようだが、瀬良先生は早く出てくるように促す。


「わ、わかりました」


 先程の女子生徒、妻鳥アカリとは違い少し重い足取りで教卓へと向かっていく。


「わ、私は梶山中から来ました。ま、マナカレンといいます。ま、真ん中に恋って書きます。よ、よろしくお願いし……」


 言葉尻はかなり小さくなっていてよく聞き取れなかったが、『よろしくお願いします』と言っていたのだと推測はできた。

 きっと引っ込み思案な女の子なのだろう。その証拠か前髪が長く、目元の様子を伺うことはできない。君は頑張ったよ。

 率先して拍手を贈ると、それにクラスメイトも続いてくれた。

 担任は外れかもしれないが、クラスメイトは良い奴らかもしれない。


「じゃあ次、深澤」


「はい」


 指名された生徒は凛とした声で返事をすると教卓に立った。


 指名されたのはあの目つきのキツイ女子生徒だった。


 その瞬間、男子達が少し湧いたのがわかった。

 ボソボソと話し声が聞こえてくる。


『めちゃくちゃ美人じゃね?』


『いやでもヤンキーっぽくない?』


『俺、ワンちゃんいいすか?』



「自己紹介の最中だぞ。静かに」


 瀬良先生の一喝で一瞬で静まり返る教室内。

 静かになったのを確認してから女子生徒は話しだした。


「遠くの中学から来たので知らないと思うけど、山の丘中から来ました。フカザワユウキです。

 深い沢に悠久の悠、希望の希と書きます。……よろしくお願いします」


 言い終えると深澤は自席へ戻っていく。先程までとは違い、瀬良先生も特に何もないようで見送る。


 先程と同じくパチパチと拍手が鳴り響く。


 一瞬の間が気になった。何を言おうとしたのだろう?


「じゃあ次はその隣の____________」


 その次、その次とつつがなく自己紹介は進んでいき、初日のホームルームはお開きとなったが______別れの挨拶が済み、瀬良先生が教室から出ていこうとした時振り返り言ったのだ。


「そうそう。深澤と山辺は職員室に来るように」


 ______そりゃそうだよな。初日から遅刻しておいてお咎めなしなんて、そんなはずはないよな。

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