桜舞い散る坂道を俺達は歩み始める

「たい____」


 ______なんだようるさいな。


「た____う」


 なんだよ。


「____よう!」


 しつこい。


「たいよう____」


 誰だよ。


「太陽!起きろ。いい加減にしないと置いていくぞ!」


「っ______」


 ドアを激しく叩く音で俺は目を覚ました。

 窓から差し込む眩い日差しが俺の顔を照らし出して、視界が定まらない。


 天井に目を向けると、知らないシミがこちらを見下ろしていた。



 上半身を起こすと背中が少し張っていた。


「イテテテテ」


 いつもより硬い布団で眠ってしまったせいか、少し痛む。


「太陽!もう行くぞ。入学式には遅れたくないからな」


 入学式……?

 思考の定まらない、寝起きのぼんやりとする頭で考えてみる。


 ここはどこだ?


 ______ああ、そうだった。父さんの転勤と高校の入学が重なり、進学する高校の寮に入る事になって、昨日から入寮したんだ。


 そして今日は、入学式______


 枕元に置いてあるスマホに手を伸ばして時間を確認……はっ!?

 スマホ画面のデジタル時計は8:50分を表示していた。

 入学式は……たしか、9時ちょうどから始まるはずで______



「太陽!俺はもう行くぞ」


 宣言の後、ドタバタと廊下を走る音が遠ざかっていく。


「坂井!」


 ドアの向こうから返答はない。

 何秒かドアを見つめていたが、ここで我に返る。


「ヤバい!初日から遅刻する!!」


 慌てて跳ね起きると、カーテンレールに掛けていた制服に手を伸ばす____________


 ____________________________________________________



 ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい!


 新品の制服に身を包んだ俺は、即座に自室を飛び出した。

 廊下の手洗い場で顔だけは洗って、水滴を拭くこともせずに階段を駆け下りる。

 階段を降りきった先で寮監とすれ違った。


「あっ、太陽。朝ご飯食べに来なかったでしょー?ダメよー。成長期なんだからーって______ちょっとー待ちなさーい!」


 ごちゃごちゃ言っていたけど、かまっている暇はない。なんせ入学式開始まで3分を切っている。


「すいません。話は帰ってきてから聞きます!」


 下駄箱からスニーカーを取り出した所で、指定のローファーを部屋に置き忘れた事を思い出したが……


「うわ、マジかよ……」


 取りに戻っている時間はない!


 スニーカーに履き替えると学校に向けて走り出す。


 学校は寮から見れば隣接しているように見えるが、寮と学校の間には崖が存在しているため一度坂を下りきる必要がある。

 下りきった先を左に曲がり、桜の咲く急坂を登りきれば学校だ。



 余裕を持って登校してきた俺の同級生達、新入生はこの桜並木を見て何を思ったのだろう?

 俺?俺は無心だよ。

 桜を見て感慨に耽っている余裕なんてないのだから。ただただ走った。


 急坂を登り終え、正門前にたどり着くと縁が花で飾られた看板が立てかけられていた。


【祝第85回入学式】


 その看板の横に受付と書かれた紙が貼ってある折りたたみのテーブルが置かれていて、数枚のプンリトが重り変わりなのか石の下に並べられている。

 テーブルのむかえ側には、学生服に身を包み、腕に【受付】と書かれた腕章をはめた女子生徒が2人。楽しそうにお喋りをしていたが、そのうちの片方が俺に気がついた。


「まさか、新入生?」


「は、はい」


「もう、式始まっちゃってるよ」


「ま、マジですか……」


 俺は膝から崩れ落ちた。狙ってやったわけではない。初日から遅刻してしまったショックからかもしれないし、急坂を登ってきたせいかもしれない。


「ちょっとちょっと、そんな所で落ち込んだふりしている場合じゃないよ。急がないと!ほら、これ付けさせて」


 そう言ってもう一人の女子生徒が出したのは赤い造花だ。テーブルの向こうから素早い動きでこちらにやってくると、俺の左胸に付けてくれた。


「はい。これクラス割表。クラスで座席がわけられてるから、それ持って急いで!」


「ありがとうございます」


「体育館はこの道をすすんだ先にあるから」


 女子生徒は俺の背中を優しく押してくれた。優しい笑顔。目尻が下がる特徴的な笑顔の女子生徒。

 いつかお礼を必ず言おうと心に誓い、俺は体育館に向かって走り出した。


 途中で自分の座席も確認しなければならないからと走りながら横目でプリントを確認した。


 どうやら俺はC組に配属されたようだ。


「おっと!」


「きゃっ!」


 前を見るのがおろそかになっていたから何かに接触してしまったようだった。


「おっと、ではないだろう?胸に花……もう1人は君か。初日から遅刻とは、良い度胸だな」


 黒いレディーススーツに身を包んだ女性が、地面に倒れ込んでいた。


「大丈夫ですか?」


 手を差し出すと、女性は俺の手を取り立ち上がる。


「この場合『大丈夫ですか?』よりも『すいませんでした。申し訳ありません』など、謝罪の言葉を口にするのが先ではないのか?」


 状況を良く理解できていなかったが、俺と接触したのは目の前の女性だったようだ。


「す、すいませんでした」


「まあ良いだろう。許してやる。君が私に接触するまで気が付かず、夢中になっていたそのプリントだが______」


「ああこれですか?これはクラス分け発表の紙でして」


「それは知っている。それを作成したのは私だからな。そのプリントを持ってここを歩いていると言う事は、君が山辺太陽君で間違いないね?」



「そうですけど、なぜそれを?」


 俺の返答を聞いた途端、女性はフッと口元だけを歪めた。


「なぜだと思う?」


 質問に質問で返すのは良くないと思います______なんて口が裂けても言えない。返答に困って首を横に振ると女性が続けて口を開く。



「私は君の担任だ。残念な事に2人、式に参加していない不良生徒がいるようでね。しかもその2人ともが我がクラスの生徒という事でね。たまたま2人共が寮生だと言うことだから、呼びに行くところだったのだよ」


「不良生徒。そんな人達がいるんですか……」


 神妙な面持ちをしていた女性、もとい俺の担任教師はぷっと吹き出すと俺の肩に手を置いた。どんな意図があるのかよく分からなかったが、次に発せられる言葉がその答えだった。



「君の事だ」


「俺が……不良?」


 悪い冗談だ。今の今まで、不良であったことはないと自負できる。


「不良。粗悪であり、良くはないという事だ。私と君は初対面。そう判断する他ないだろう?」


 ぐうの音も出ない。納得はいかないが、まあ確かにな。言われてみればそうかもしれない。


「まあ良い。何はともあれ、こうして君は遅れても来てくれたのだからね。

 ______ようこそ、倉橋高校へ」

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