ゆうゆう寮の愉快な仲間たち3

 寮監の手伝い。寮監の悪い噂。考えただけで頭が痛くなる。

 いったい俺は何をさせられるのだろう。下手こいたらどこかに売られるかも。自らの行く末を案じずにはいられない。


「鍵の事もバレずに済んだし、やっぱり俺ってついてるぜ!」


 横でノーテンキな奴が与太ごとを言っていた。

 そもそもはこいつが全て悪い。かばったりしなければ、こんなめんどくさい事になることはなかったのに。


「お前はいつまで俺の部屋にいるつもりだよ!?さっさと自分の部屋に戻れ」


 坂井は俺の言葉のなにがおかしいのか、鼻で笑ってから答えた。


「なーに言ってんだよ。戻れるはずがないだろう?鍵が無いんだから」


 人の感情を逆撫でするのはかなり得意なようだ。将来、履歴書に得意な事の欄に書くことを強く勧める。


「なんの為にベランダ乗り越えて自分の部屋行こうとしてたんだよ。今なら隔て板ぶち破るくらい見逃してやる」


 もちろんバレた暁には俺が進言した事は口外しない。全て坂井がやった。そう報告するつもりである。


「あー、あれさ、窓の方も鍵がしまってたから入れなかったんだよね。これに関してはアンラッキーだった」


「そんなの知るかよ。とっとと出てけ」


「いやいやいや。こんな寒空の下放り出すつもりかい?君は人でなしだね」


「もう4月だ。寒くても死ぬことはないだろうよ」


 坂井を無理やり排除しようと肩を押して移動させようとしてみるも、びくともしない。

 ガタイの良い坂井を押し出す事はできそうもなかった。


「太陽。悪あがきはよせ。これは仕方のないことなんだ。鍵が出てくるまで共に暮らそうではないか」


「ふざけんなっ!鍵……?あっ!そういや」


 坂井が柵を乗り越える動作をした瞬間、銀色の物体が落下していったのを思い出した。

 寮監やら坂井のウザさやらですっかりど忘れしていた。


「坂井!もしかしたら部屋に戻れるかもしれないぞ!」


「急にどうした太陽?現実逃避か?」


 現実逃避という言葉を口にすると言う事は、自分がここにいると迷惑になる事は理解しているらしい。

 それでこの態度か。余計腹が立つが、ここはぐっと堪えて話を続ける。


「さっきお前が柵を乗り越える時、銀色の物が落ちていったんだよ。大きさにしたら5センチくらいかな。鍵以外でその大きさの物を持ってたりしたか?」


 坂井はそれは本当?と俺に確認を取った後、少し考えるような素振りをしたあと、答えた。


「鍵以外に、思い当たる物はない」


「本当だな?」


「ああ」


「だったら探すの手伝ってやるから、探しに行くぞ!」


「……」


 坂井からの返事はなかった。バツが悪そうにポリポリと頭を掻いている。


「どうしたよ?自分の部屋に戻りたいだろう?」


「なあ太陽。外を見てみろよ」


「ああ?」


 窓の外に視線を向ける。

 夕陽が桜並木の彼方に消えようとしている最中さなかだった。

 俺が坂井に視線を戻すと、そっぽを向いていた。俺と視線を合わさないようにしてやがるな。


「もうすぐ暗くなっちまう。明日にしようぜ」


「ふざけんな!お前と2人きりなんてごめんだね。布団も1組しかないんだぞ。それに明日は入学式だ。それまでゆっくりと1人で過ごしたい。今後についていろいろと思いを馳せたりしたいんだよ」


「そうかそうかー。それはじゃんけんで決めよう。まあ、ついている俺が勝つのは目に見えてるけどな!1人で思いを馳せるより、2人で語り合った方が楽しいと思うぜ?」


「……」


 こいつマジか?

 出ていくつもりは微塵もなく、布団すらも俺から奪おうとしている事には驚かずにはいられない。

 呆れて思わず無言になってしまった。


 なんかないのか。坂井が部屋にどうしても戻りたくなる方法。

 何もない部屋の中で視線を這わせると壁にかけられたピカピカの制服が目についた。

 キャリーケースに入れてきたからか、少し皺が寄っている。


「……あっ!」


 坂井が肩をピクリと震わせる。


「キョロキョロしてると思ったら急に大声あげてどうしたよ?びっくりするだろ」


「なあ坂井。明日って入学式だよな?」


「ああそうだな。さっき自分で言ってたじゃないか」


「入学式は必ず制服を着用しなきゃならないよな?」


「ああ。多分そうじゃない」


 坂井はあまり興味がなさそうに答えた。


「お前の制服はどこにある?」


「えっ……?あっ!?ヤバい。ヤバいヤバいヤバい!ヤバいって!」


 坂井は慌てて立ち上がると、ベランダに続く窓を開けようとした。


「慌ててどうしたよ?ベランダは柵が直るまで出入りするなって言われたよな?」


 食堂に夕食を食べに言った時、寮監に言われたのだ。『あっそうそう柵が直るまでは、危ないからベランダに近づいちゃダメよー』と。

 流石の坂井も寮監には少しは恐怖心を覚えているようで足がピタリと止まる。


 その坂井の肩を後ろからガッチリと掴んでから言ってやった。


「一緒に探してやるから、鍵を探しに行こうぜ」


 ______________________________________________


「お前あそこから落ちてよく無事だったな」


 下から自室を見上げてその高さを再確認。普通なら骨折くらいはしてそうなもんだが、俺の横で地べたに這いつくばる坂井はピンピンとしている。


「そこの木の枝がうまいことクッションになったし、足から落ちたのも運が良かったな。まあ、俺はついてるからな」


「で、そのラッキーな坂井君、鍵は見つかった?」


 坂井からの返事はなかった。

 俺もこんな事してる場合じゃないよな。

 坂井をおちょくる仕返しはいつでもできる。自らの平穏の為にも、今は坂井の鍵を探すのが先決。


 坂井の横に俺もしゃがむと、生い茂っている植栽をかき分ける事にした。


 ここら辺にあるはずなんだけどなー。

 全く見当たらない。すっかり日が沈んでしまった事もあり、視界が悪いせいで見逃してしまっている可能性もある。


 そんなこんなで2人で植栽を掻き分けて15分ほど。


「あー、全然見つからねー!」


 最初に泣き言を言ったのは坂井だった。


「お前が落としたんだろう?しっかり探せ」


「なあ、太陽。明日の朝早くに探さないか?こんな条件じゃ無理だって」


「明日の朝探して見つからなかったらどうする?」


「……そんときはそんときで太陽の制服借りるよ」


 この期に及んで利己的な野郎だ。むしろここまでくれば逆に清々しい。


「それは無理だろ。サイズが違いすぎる。お前結構ガタイ良いだろ」


 坂井は黙り込んで自分の体と俺の体とを見比べた後独り言のように呟いた。


「ちょっと破けば行けそうだな」


「おい。ちょっと待て」


「ははは、冗談だって」


 こいつの発する言葉どこからどこまでが冗談なのだろうか?今までの言葉すべてが冗談であって欲しい。


「ちょっとあなた達。さっきからそこで何をしているの?」


 唐突に背後から声をかけられた。振り返ってみると、1階の窓を覆う柵越しに人影があった。

 部屋の明かりがちょうど逆光になって顔までは確認できないが、女子生徒だ。

 どこかで聞いたことがある声のような気もする。


「まさか覗きをしようとしてるわけじゃないでしょうね?」


 こんなやり取り昼間にもしたような気がするなと思いつつ立ち上がり、人影に近寄っていくと、だんだんと目も慣れてきて人物の輪郭がはっきりとしてくる。


「ああ、昼間の」


 昼間に会ったエライ美人だった。昼間と違う所があるとすれば某国民的RPGに登場する、人気モンスターの可愛らしい帽子を被っている。それにキャラクター物のパジャマ姿だ。

 ツンツンしている見た目とは裏腹に、可愛い見た目のものが好きなのだろうか。


「なにが、ああ昼間の、よ?さっきからそこでガサゴソと何をしている訳?気になって眠れないじゃない」


 やはり彼女は人に対するあたりがキツイようだ。それに眠るにしてはまだ早いような気もするが______それは個人の自由か。


「こいつが大事な物を落としちゃったみたいで。一緒に探してあげてるんです」


 鍵というキーワードは出さないでおいてやったのは感謝してほしい。ダジャレじゃないよ?


「ふーん。で、見つかりそうなの?」


 彼女は俺から視線を外して坂井の方に目を向ける。


「ご覧の通り、すっかり暗くなってしまったので苦戦してますよ」


「なるほどね」


 言うや彼女は窓を閉めると、カーテンも閉め切ってしまった。そして部屋の電気までもが消えた。

 完全に寝る態勢じゃん。


「美人だけど、嫌な感じだなー」


 坂井がそう呟いていた。同感だが口にするのはやめておいた方が身のためだ。多分上級生だし、ボロ寮だから声も筒抜けだ。目をつけられたら面倒だ。


「音を立てないように、なるべく会話もしないように探すしかないな」


 坂井は俺の言葉に頷くと、黙って植栽をかき分ける作業を再開した。


 俺も黙って植栽をかき分ける。かき分ける。かき分ける。


「はっ!?」


 唐突な事に思わず声をあげてしまった。ピカリと俺の手元を一筋の光が照らしだした。


「懐中電灯借りてきたわ。これで少しは探しやすくなるんじゃない」


「驚かさないでくださいよ!」


 振り向くと、懐中電灯片手にそっぽを向く美人の姿があった。


「私も手伝ってあげるから、早く探すわよ」


 何このツンデレ美人。最高かよ。


「あっ!太陽!あれみろ」


 坂井の指差す先には、懐中電灯の光を反射してキラリと光る物が。

 坂井がジリジリとにじり寄り。


「鍵だ!やっぱり俺はツイてるぜー!!」


「お前がツイてるんじゃなくて、協力してくれた人がいたから見つけられたんだろ?」


「そうだな。太陽の言う通りだ。みんなありがとう!」


「おう」


「別に、私は何もしてないし。見つかったのなら私は戻るから……」


 なんというツンデレ。もしかしたらそんなに悪い人じゃないのかもしれないな。

 呼び止める間もなく、ツンデレは去っていく。可愛らしい帽子の耳が、歩調に合わせてぴょこぴょこと跳ねている。

 言いそびれてしまったが、同じ寮で生活をしていればそのうちお礼を伝える機会もあるだろう。


「坂井、俺達もそれぞれの部屋に戻ろう」


「そうだな」

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