ゆうゆう寮の愉快な仲間たち2

 音のした方角はベランダ側。

 慌てて跳ね起きてベランダに目を向けると、先程より見晴らしが良くなっている事にすぐに気がついた。

 寮まで続く坂道に植えられた色づく桜のピンクが線のように連なっている。



「……なんぞ?」


 なにが起こったのか分からずにベランダの窓の鍵を開け窓を開け放つと、先程まであったはずの落下防止の柵が無くなっていた。


「どういうこと……?」


 全く理解が及ばなかった。

 ボロいとは思ったが、入寮初日にこんな事が起こってしまうなんて、3年後には寮ごと潰れているんじゃないのか?


「うー、イテテテテ……」


 ベランダの真下から、詰まるような、囁くような声が聞こえてくる。

 恐る恐る覗き込んで見ると、人が背中をさすって倒れ込んでいるようだ。


「だ、大丈夫ですか?」


「あっ_____太陽、ちょっと痛いけど大丈夫だ……やっぱり俺ってラッキーだな!っててて」


 倒れ込んでいたのは坂井だった。

 柵がない。ベランダ越しに自室に戻ったはずの坂井が地面に落ちている。

 眼前の状況を加味して考えるのならば、おそらく坂井は柵ごと落下したのだ。

 おそらく、耐久年数が過ぎている柵では坂井の体重を支えきる余裕がなかったという事。

 


「ちょっとー。亮太ーなーにやってんのー!」


 独特なしゃがれ声が遠くから迫ってくる。

 寮監だった。

 坂井のやつも可哀想に。寮監は怒らせたら怖そうなタイプだ。ああいうおちゃらけたタイプは怒らせると本当に怖い。


「怪我してないー?歩けるー?」


 耳を澄まさなくても寮監の声は大音量でここまで届いてくる。どんだけ通る声なんだ。


 とういうか、普通に考えたら3階から落ちたのなら、ただでは済まないと思うが。


「太陽ー。聞こえてるんでしょー?ちょっと顔だしなさいよー」


 気が付かれていないと思っていたが、そうはいかないらしい。

 しらを切った所で部屋まで来られるのが落ちだ。


「はい。なんですか……」


「ちょっと降りてきなー」


「いや、俺は______」


「言い訳するのはカッコ悪い!はやく降りてきなさい!」


 そうピシャリと言い放った。初対面した時と今とでは、寮監の雰囲気は一変していた。有無を言わせぬ凄みがある。


「……はい。わかりました」


 しぶしぶ寮監の指示に従う事にする。そもそも誤解だなんだし、説明すればなんとかなるでしょ。


 重い腰をあげて部屋を出ると、急いで階段を降りた。


 寮の入り口にたどり着くと、坂井が落ちた方角をああでもないこうでもない言いながら見守るジャージ姿の野次馬達の姿がちらほらと見受けられる。


「やべーよ寮監怒らせたら。若い頃に2、3人ヤッちゃってるって噂だぜ」


「私が聞いた噂では、背中に般若が居るんだって」


「はー?俺は龍がいるって聞いたぜ?」


「なに言ってんだよ。前科10犯で街を歩けば強面の男たちが頭を下げるって話だぞ」


 おのおの本当か嘘かわからない噂話をしている。


 個人的には嘘であって欲しい噂だが、寮監の雰囲気から彼等の噂話が嘘であるとは言い切れない。


 その野次馬をかき分けて、下駄箱から靴を取り履き替え外に出ると、寮監が静かに微笑んでこちらを見ていた。

 怖い。


「はやくこっちきてー」


 寮監に歩み寄る。さっきまで倒れていた坂井が起き上がって寮監の横で直立不動に起立していた。

 3階から落ちた割にはピンピンしているようだ。随分と丈夫な奴だな。


「なにがあったのー?説明してくれる?」


「はい。えっと______」


 顛末を説明をするには、坂井が鍵を無くしてしまった事から話す必要があるが、坂井の方を見ると小さく首を横に振っている。完全に寮監にビビってやがるな。

 全くしょうがない奴だな。


「坂井君と親睦を深めようと思って、ベランダで遊んでいたら、柵に接触した坂井くんが落ちました」


 鍵の事は黙っておいてやったぞ。感謝してくれ。

 坂井の方に視線を向けると、小さく頷いていた。


「亮太〜本当?」


「はい。本当です」


「ふーん。遊んでてねー」


「すいません」


 よくわからないが、なぜか俺も謝らせられている。坂井には後で埋め合わせして貰わないとな。


「遊ぶのはいいのよー。あんたたちくらいの歳の男の子なら危ない遊びをするのもわかる。でもね、寮の備品を壊しちゃうのはまずいの。わかる?」


「「はい」」


「本当にわかってるー?入学早々停学になりたくないでしょう?」


 停学。その言葉に少し震えた。

 今まで公立校に通っていた俺には、聞き馴染みのない言葉だった。


「はい」


「本当にすいませんでした」


 寮監は坂井と俺とを交互に見たあと、微笑むと


「二人共反省してるようだし、今回だけは学校には報告しないでおいてあげる。でも______」


 寮監は視線を俺達から外し見上げるようにして苦笑い。


「危ないし、あのままにしておくわけにはいかないわね。うーん」


 ベランダの柵の事を言っているのだろう。学校に報告しないと言うことは、修繕費が出ないという事。


 寮監は腕組みをして少し考え込んだ後、


「あんたたち、しばらくあたしのお手伝いしなさい」


「お手伝いですか?」


 口止め料と言う事だろうか?


「修理代はあたしが払うから、亮太と太陽は体で払うの。わかった?」


「はい。もちろんです。了解しました!なっ、太陽!」


 真っ先に坂井はそう答えた。俺は思う。もう少し慎重に考えるべきでないかと。


 と言う本気とも冗談ともとれるセリフ。


 黒い噂のある寮監だ。いったい、どんな手伝いをさせられるのだろうか?全く想像がつかない。

 なにかの処理とか、なにかの運搬作業とか……悪い想像ばかりが浮かぶ。



「太陽は?」


 寮監の2つの瞳がまっすぐに俺を見つめている。顔は笑っているが、目は全く笑っていない。

 怖い。


 拒否をしたら、何をされるかわかったもんじゃない。即座に肯定する事にした。


「わかりました!」



「うん。わかった。じゃあさっそくだけど、2人で夕食までに、柵のゴミ片付けておいて。ゴミ捨て場は坂を下った所の小屋の中に置くの。わかった?」


「「はい!」」


「よろしい」


 満足そうにそう言い終えると、寮監は寮の入り口の方へと向っていく。


「ちょっとあんたたち何してんのー?散りなさーい。あっ、今見たこと、聞いたこと、他言しちゃだめよー」


 寮監の言葉を聞いてか、蜘蛛の子を散らすようにジャージ姿が消えて行く。


「さっさと片付けようぜ!手伝いだけで済むなんて、やっぱり俺ってついてるぜ!」


 まったくこいつという奴は。


「なあ、坂井」

 

「なんだ?太陽」


「一発殴っていいか?」

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