こんなのがラブコメだなんて、俺は絶対に認めない。(仮)

さいだー

ゆうゆう寮の愉快な仲間たち

 期待と多少の不安を覚えつつ、お世辞にもキレイだとは言えない建物を見上げていた。


「こので3年間を過ごすのか」


 親元を離れるのはこれが初めての事。

 寮を黙って見上げる俺の横を学校指定のジャージを着た人達が通り過ぎていく。

 通り過ぎていく人達が俺の事を見る目は、不審者を見る目つきのソレだった。

 そりゃ寮の入り口に学校指定のジャージも着ていない、大荷物を持った知りもしない奴がつっ立っていたら不審にも思うだろう。


「ちょっとあなた。ここで何をしているの?」


 ほら言わんこっちゃない。



 極力不信感を与えないように、笑顔を作ってから振り返る。

 そこには、黒髪セミロングのエライ美人が立っていた。ジャージ姿なのに周囲の生徒達とは違って見えた。

 綺麗な顔立ちだが目つきがややキツく、凛とした声質からもどこかとっつきにくさを覚える女生徒。

 


「えっと、今日からここでお世話になることになりました、山辺 太陽やまのべ たいようです。宜しくお願いします」


「ふーん。そうなの。そんなニヤケ面をしていたら、不審者に間違えられて通報されても文句は言えないわよ?」


 初対面なのに、どうも失礼なやつだった。

 ジャージを着ている所からここの寮生であることは間違いないだろうが、先輩だったとしても初対面の相手に言って良い言葉ではないと思う。


「こっちよ」


 難がありそうな女生徒はそう言うと、肩口で手をヒラヒラさせ歩き出しだ。

 付いてこい。ということだろうと認識して女生徒の後を追いかける。

 寮の玄関をくぐると、そこで女生徒は足を止め、受付のような小さな窓を開いた。


「寮監。1人迷子になっていたようなので連れてきました」


 いや別に迷子になっていたわけじゃないけどね。と反論しようとしたら睨まれたような気がしたから笑って誤魔化した。


 しばらくすると、小窓から金髪に近い髪色のおばちゃんが顔を覗かせた。


「あとは宜しくお願いします」


 言うや女生徒は履いていた靴を脱ぎ、下駄箱に靴を置くと、廊下の右奥へと消えていった。


「ゆうちゃん。ありがとねー」


 おばちゃんはしゃがれ声で女生徒の背中にお礼を言っていた。

 女生徒から返事が返ってくる事はなかったけど、おばちゃんは気にする様子もなく、僕の方へ向き直ると、ニコリと微笑み。


「あたしはね、ここの寮監やってる、奥野 真由美おくの まゆみっていうんだ。みんなは『まゆちゃん』なーんて呼ぶから、あんたもまゆちゃんって呼ぶといいよ」


 つい先程、女生徒がこのおばちゃんを『寮監』と呼んでいた事を回顧しつつ適当に返事をした。


「はあ」


「あなたは?」


「あっ、俺、いや僕は山辺太陽って言います。今日からこちらでお世話になります。よろしくお願いします」


 おばちゃんはガハハと男前に笑う。


「そんなに改まる事ないんだよ。太陽、よろしくー」


 ダブルピースをしていた。どうも乗りの軽いおばちゃんだ。


「はあ。宜しくお願いします」


「だから堅いってー。まさか……」


 おばちゃんの視線が俺の顔から下に向かって行くのがわかったが、何を意図しているのかは全くわからない。


「ハハハハ」


 適当に笑って誤魔化す事しかできなかった。


「まあいいや。うちのルールはね。2つだけ!門限を守る事と、みんな仲良くする事。以上!細かいルールは先輩から教わる!」


 言いながら1本の鍵を俺の眼前に突きつけてきた。


「これは?」


「太陽の部屋の鍵だよ。315号室。そこの階段を上がって3階、右奥の部屋だよ。

 在席確認の為に靴はそこの下駄箱に必ず置くこと。わかった?」


「はい。わかりました」


「よろしい。これから3年間、楽しい寮ライフを送ろうぜーっ!」


 おばちゃんは親指を突き立て、サムズアップのポーズをしていた。どうも少しノリが古いようにも思えるが、郷に入れば郷に従え。俺もサムズアップのポーズで応えると、おばちゃんは満足したように頷き続ける。


「布団は部屋に運んでおいたけど、もし使わないならそこの倉庫にしまっておいてー」


 寮監は言いながら指さした。その先に視線を向けると、階段横に扉が見えた。


「はい。わかりました」


「物分りが良くて宜しい!じゃあ私はやることあるから。またねー!」


 小さな子供に別れを告げるように、両手で大きくバイバイのポーズをしている。

 ペコリと頭を下げてから下駄箱に向かう。



 これから3年間ここでやっていけるだろうか?と不安を覚えつつ、自分の部屋番号が書かれた下駄箱に靴をしまい、階段を昇った。


 外観を見てわかってはいたことだけど、一歩踏み出す事に階段がキシキシと鳴る。俺が卒業するまでこの寮は無事に存在しているのだろうか……


 3階まで登り終えた所で足を止めた。


 一階の廊下を見て右手と言っていたから階段から見れば左側だよな。左手に曲がり、自分の部屋番号を探した。


 311、312、313、……ん?


 313号室の前に人の姿があった。

 その人影はドアノブをガチャガチャやっているが扉が開く気配はない。まさか泥棒……?

 いや、さすがにそれはないか。人影は靴も履いていないし、学校指定ジャージを着ている。それにあまりにも堂々としていた。

 だったら、挨拶しないとだよな。


「えっと……あの」


 俺が呼びかけると、その人影はこちらに振り返った。


「やあ。はじめまして」


 ツンツン頭が特徴的な単発な男子生徒だった。


 友好的な人物のようなので、俺も友好的に返す事にしたが、眼の前の人物は先輩なのだろうか?

 タメ口を使うべきか、敬語を使うべきか少し考えてから敬語を使うことにした。


「はじめまして。自分は山辺太陽って言います。今日からここの寮でお世話になることになりました」



「ふーん。宜しく!俺は坂井亮太。この313号室の住人。新1年だ!」


 言いながら手を差し出された。どうやら握手を求めているようだ。

 つられて手を差し出して握手に応じた。

 力強くガッシリと握られた。潰されないように少し抵抗してやる。


「おうおう。太陽!なかなかやるなー!」


 うん……ちょっと待て新1年?

 同期生かよ。初対面でいきなり名前呼びって馴れ馴れしいやつだな。


「タメなのかよ。上級生かと思って敬語使っちゃったじゃんよ」


「ときに太陽。君の部屋はどこなのだい?」


 俺の話を聞く気は無いようだ。


「え、俺の部屋?315だけど」


「ふぅー!!やっぱり俺ってツイてるぜー!!」


 俺から手を離したと思えば、特大のサヨナラ逆転満塁ホームランを確信した野球選手のように、大きなガッツポーズを決めていた。


「いきなりどうした?」


「実は部屋の鍵無くしちゃってよ。ツイてる俺なら、いつか鍵なしでも扉が開くんじゃないかとガチャガチャやっている所に、隣室の太陽が現れたのさ」


「……それって、なんの解決にもなってなくね?」


「な~に言ってんるんだ?。太陽が部屋の鍵を開ける。俺も一緒に入る。そしてベランダに出る。

 そして俺の部屋のベランダに飛び移る!!万事解決!!」


「普通に寮監に報告したほうがいいんじゃないの?飛び移るなんて危ないし」


「ノンノンノン!俺の運動神経を持ってすればなんの問題も無い。モーマンタイだよ!!」


「はあ」


「ほらほらさあさあ!はやく扉を開くんだ!」


「はあ」


 俺の人生で初めて接する人種だ。どう対処すれば良い物か、よくわからない。

 このまま知らんぷりするのも手だと思ったが、この先3年間、隣室で過ごさなければならない事を思い出して部屋に迎え入れる事にした。

 寮監にもみんな仲良くする事って言われたしね。


 寮監から預かった鍵を鍵穴に差し込んで、右側に回すとガチャリと解錠音がした。


「どうぞ」


 初めて部屋に入る時くらいは落ち着いて入りたかったものだが、今となっては仕方あるまい。


「悪いね。助かるよ!」


 坂井は俺より先に部屋に入ると、一目散にベランダへと向かって行った。

 色々言いたい事はあるがぐっと抑えて坂井の後に続く。


 ベランダはそんなに広くはないが洗濯物を干すには困らない程の広さはあった。

 ベランダに一歩足を踏み出すと、ギシギシと軋む。底が抜けないかと少し心配になったが坂井はそんなことを気にする事もなく、ベランダから自室を覗き込んだ。


「なあ坂井?ここ3階だぞ?本当に大丈夫か?やっぱり寮監に言って鍵開けてもらった方がいいんじゃないのか?」


「モーマンタイ!」


 坂井は俺の静止を振り切り、柵の向こう側へと身を乗り出した。


 その時、坂井の体から日光を反射する5センチくらいの銀色の物体が落下していった。


 視線で追ってはみたものの、草むらに落ちてなにが落ちたのかは確認できなかった。まさか……な


「太陽!ありがとうな!本当に助かったぜ」


 人差し指と中指を立て、ツンツン頭に近付けるキザなポーズをしてカッコつけているつもりなのだろうが、全くさまになっていない。


「じゃあな!」


 別れの言葉を口にすると、坂井は自室のベランダへと消えていった。


 まあ、いなくなってくれればなんでもいいか。


「それにしても疲れたな」


 実家からここまで電車と徒歩合わせて3時間、大荷物を抱えて初めて一人で遠出したんだもんな。


 ベランダを閉めしっかり施錠してから、何もない四畳半の真ん中に横になってみた。


 見えるのは知らない木製の天井。見に覚えのないシミ。

 この部屋を出る事になる3年後には、これが当たり前の光景になっているのだろうか?なんて感慨に耽っていたら__________


 バキバキバキ!


 何かが剥がれるような音、そしてその直後______


 ドシン!!!!



 静寂を引き裂く轟音が響き渡った。

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