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 とんだ無駄足だったと言えば少し大袈裟で語弊を生じてしまうかもしれないが、正直言ってとんだ無駄足だった。


 天人、舞子、伊織は調査結果をまとめて寮へと戻っていた。舞子とは寮が違うので調査書を征爾へ提出した際わかれ、天人と伊織はまっすぐ自室へ帰った。部屋に入るなり、ベッドにダイブした伊織のお尻と思いっきり蹴る。

「いってぇーな」と歯向かってくる伊織に、そこは俺のベッドだと正論を返して、早々にベッドから退いてもらった。伊織のベッドは二段ベッドの上だ。


「にしても、ほんま無駄足やったな。あんだけ大々的に調査願がでとったら、完全に黒やと思ったんやけどなー」


 街で起きていた怪奇現象の調査の結果。ただの子供の悪戯ということがわかった。近所でよく遊んでいる子供達が、悪戯半分に悪さをしたというのだ。まぁ今考えてみれば、全身黒い布に身を包んで、ツノのようなものがあるなんて、子供でも化けられるような容姿だ。

 丸一日棒に振るった。

 天人は風呂へ行く道具を持って、着ていた上着をハンガーにかけた。

「でも大したことじゃなくてよかったって捉えるべきじゃないか? あまり物騒なことが起こるのは良くないだろう」

「平和主義なんやな。天人は」

「そういう問題じゃなくて………」

 伊織も風呂へ行く道具を持つと、部屋のドアを開ける。

「もうこの時間やし、誰もおらんやろ。のんびりつかろうぜ」

「ああ」

 こうして二人は部屋を後にし、疲れた体を癒しに風呂へ向かった。





「なぁ、天人。お前は本当に今回の依頼が子供の悪戯だけやったと思うか?」

 ポチャンと水面に水がおちる。

「は? どうしたんだよ、急に」

 天人は、銭湯に顎まで浸かる伊織の隣に腰を据える。ポカポカと温かい湯気が上がった。

 急に不思議なことを言い出した伊織に、

「そのことならさっき解決したばかりじゃねーか。子供たちの悪戯だったんだろ? 報告書にもそう書いてたのはお前じゃないか」と数時間前の話をする。しかし、伊織はなんだか腑に落ちないような目つきで壁を見続ける。

「そりゃぁ、そうなんだけどさ、なんか、こう………わいの勘? ってやつがザワザワしとるんよ。調査は終わったはずなのに、落ち着かないというか………。わからん?」

「いや、全然わかんねー。俺はお前じゃないし、勘とか働くほど自分のこと信じちゃいないよ」

 そもそも、俺は陰陽師になって数日だし………。

「うーん、わいの考えすぎなんかなぁ………」

「考え過ぎかもしれないけど、無視はできないな」と天人は短く告げる。ザブーンと浴室から立ち上がって脱衣所へ向かう。そして振り向きざまにいった。

「気になるなら、調べる方がいいよな?」

 伊織はそれを聞くと、パァと顔を明るくさせて元気よく手を挙げた。




「なぁ、天人」

 廊下を歩いていた時、伊織は天人に問いかける。こうしてふいに話しかけてくるのは伊織の癖だと最近知った。伊織の癖にだいぶ慣れてきた天人は歩きながら耳を傾ける。

「わい達、結構相性が良いと思うんや。Dクラスの中でも、お前達は一番後輩だけど、なんだかこう昔から知り合いだったみたいな感覚なんや」

「それも、お前がいう“勘”ってやつ?」

「あははは。そうかもしれんな」

 なんだよ、それと言って天人は照れ隠しに笑う。ここでも天人のツンデレは健在だった。


「だからさ」ワントーン落として、伊織は言う。


「これから先、何があってもこれだけは忘れないでほしい」


「……なんだよ?」


「自分の勘は信じろ。たとえそれが間違っていた道でも、それは後悔じゃなくて、経験になるんだ」


 後悔じゃなくて……経験……。


 ふいに、天人の脳裏に今までも出来事が一枚一枚写真になって思い浮かんだ。

 初めて源郎にあった日から、音音の件、海都の弟のこともあった。そんなに自分が強いわけでも、知識があるわけでもないのに、濃すぎる一年間を過ごしてきた。自分の勘とやらが、信用できるほど熟してはいないが、いずれ、この自分の中にある半妖の顔もきちんと見て本契約してやる。それが今、天人の目的だった。

 天人は笑って、伊織に微笑む。此処にきてから、久しぶりに笑った気がする。

「そのためには、もっともっと経験を積んで、お前とも仲良くならないとな」

「照れること言うんやないで、この天人っ」

 伊織は天人の後頭部を軽く叩いて先を歩き出した。




+++


 草木がざわめく。夜明けを迎える、この世界では歪みが始まっていた。

 そう。

 壱の世界と、弐の世界の歪みが、顕著に現れ始めている。やがてその歪みは、儀式の鐘を迎える。


 全てをリセットするために…――――――。




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