13




「なんで、お前がこの世界にいるんだよ………」


 日の落ちた弐の世界は、空が綺麗に澄んだ瑠璃色になり、チラホラと提灯の明かりが咲き始めた。小さな路地にいる天人達からはその明かりが当たりの建物によって影を生んでいた。

 ようやく息が整い始めた三人の前で、千乃ノイは膝に手を当てて息をする。


「ここは弐の世界だよ? …それなのに、一般人のノイちゃんがどうやって………」

 

 混乱する二人とは別に、伊織は天人に問う。


「誰や? この子」

「あぁ……えーと、今年の初めに知り合ったんだ。妖怪関連の依頼があって、その時にちょっと……」


 伊織は目を細めた。


「じゃぁ、妖怪の存在を知っとるってことか?」

「まぁ……そうなんだ」


 正直、天人にも千乃ノイの存在は理解しきれていない。妖怪を見ることができる人間は、そりゃ陰陽師以外にたくさんいるだろうけれど、中でもノイは妖怪から危害を加われず、会話もできる。人間とはどこか違う面がある。

 伊織はズカズカとノイに近づき無表情のままノイを見つめた。


「お、おい………? 伊織………?」


 いきなり近づいてきて、ノイも混乱し、迷惑そうに身を引く。


「……何よ、あんた。近いんだけど。距離感バグってるんだけど」

「お前、どうやってここに来た?」

「どうやってって………。そんなの、どうしてあんたなんかに教えなくちゃいけないのよ」


 語尾が少しあがるノイの口調。

 誰彼構わず、彼女は初対面の相手にはこのような態度なのだろう。伊織とノイの間には何やら不穏な空気が流れている。


「ええから言えよ。ここはそう簡単に踏み入れて良い場所やないんや」

「何よ偉そうに。世界は誰のものでもないじゃない。なんであんたなんかに許可を取らなくちゃいけないのよ」

「許可やない。これは指示や。どうやって、どんな手を使ってここにおるんや?」

「うっさいわね。言いたくないわよ」

「おい」


 天人は二人の会話を聞いて額に手を当てた。

 相性が悪すぎる。この二人は“まぜるな危険”じゃなくて、“接触禁止”だ。

 様子を見かねて舞子は二人の間に割って入った。


「ま、まあ。伊織くん一旦落ち着いて。そんな聞き方じゃノイちゃんも言いたくなくなるよ」

「そうよ。てかこいつ誰なの?」


 擁護してくれた舞子に便乗するようにノイは伊織を睨む。


「彼は橘伊織。私たちの友達よ」

「……ふーん」と言ってノイは伊織のことをジロジロと見た。

「どうりで礼儀がなってないのね」

「………それ、どう言う意味だよ……」天人は呆れ口調で聞いた。


 ノイはケロッとした様子で答えてみせる。


「あなた達の友達だからって意味よ。だってあなた達も私と初めてあった時、こそこそしてたし、何よりも土地喰い様のことを隠してたじゃない。類は友を呼ぶって言うでしょ?」

「………お前、友達いないだろ……」

「失礼ね。土地喰い様がいるわ」

「…………」


 どこまで経っても堂々と返事を返してくるし、なんだか逆に会話をすることに疲れた天人は深くため息をついた。

「そういえば」と舞子がインターバルを挟む。


「土地喰い様とは会ってるの? 元気そう?」


 今年初めに会った土地喰いは、随分と力を注がれ、老いていた。それがあって、ノイとの間に誤解も生じ、一時はどうなるかと思ったほどの騒動が起きたのだが、依頼が解決してからは再び封印の祠に戻った。

 それからどうなったか二人は知らない。

 ただ土地喰いの余地する通りであるならば、ノイはまた土地喰いのところに訪れ、一次的に封印を解き、二人で楽しく穏やかな日々を過ごしているだろう。

 ノイは瞳をキラキラさせて、舞子の手を握った。全く顔の表情やら、感情やら、コロコロと変わるなと天人は思った。


「それがね! 是非見て欲しいの!」

「何を?」

「土地喰い様がまだ一段と若返って格好良くなったんだ! 絶対見たら惚れちゃうから!」


 土地喰いの容姿が若返ったと言うことは、それだけ前よりも力を取り戻していると言うことを暗示しているのだろうか。

 舞子は笑顔で微笑んだ。いきたい気持ちは山々だ。土地喰いには会いたいし、突男にも会いたい。

 でも、今の自分達の立場では簡単に向こうの世界に戻ることなんて許されていない。そんなことをしたら、源郎がどうなるかわからないし、それだけじゃなく自分もどうなるかわからない。

 舞子はそっとノイの手を離した。


「ごめん……会いたいけれど、今は無理なの」

「なんで? もしかして妖怪がらみの仕事中?」

「まぁそんなところ」

「じゃ、私が手伝ってあげる」

「は?」


 ノイの言葉に、伊織は思わず声が漏れ出た。


「お前、陰陽師でもなんでもないんだろう?」

「ええ、もちろんただの一般人よ。でも人は多い方が良いでしょ? それに私は邪魔にならないと思うけど」

 

 その言葉に伊織は首を捻り天人を見る。伊織の視線を感じ居た堪れなくなった天人は、少し間を置いてゆっくり頷いた。

 ノイがいて足手まといになると言うことはないだろう。何よりも今自分達は戦闘にきているのではなく、情報収集にきているので、うまく情報を掴むことができたらその時点でノイとはお別れだ。ここで断って変に付き纏われるよりは何倍もマシだと思う。

 天人は、いまだにノイへ警戒心を向けている伊織の肩をポンと叩いた。表通りの騒ぎが、聞こえるはずなのにどこか他所の声に聞こえた。





+++


 情報収集を終えた三人と別れたノイは軽く結んでいた髪ゴムを解いた。サラッと髪が揺れて、チグハグな長さの髪の毛を手櫛で解いた。

 彼らと初めて会った年初めよりは少し伸びた。初めてこの世界に来た時から気になっていた大きな建物に入って行った彼らの様子を見ると、やはりあそこは学生の通う学校なのだろうか。歳は同じぐらいだし、陰陽師の仕事だと言っていたし、それだけ情報があれば、あの建物がどんな施設かは想定がつく。

 まあ、自分にはこれからも無縁なところなんだけどねとノイは肩をすくめる。

「……うーん……」

 月に向かって大きく伸びをし、軽く肩のストレッチをする。

 今日も一日長かったななんて思いながら、ノイは長い橋の上を一人歩いて行った。


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