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 靁封町の外れにある小さな集落の存在はかなり薄い。


 山に囲まれたまるで隠れ家のような存在の靁封町だが、その山々のすり減った平地を利用してわずか一〇〇人も及ばない程度の集落は数多く、町の中でも噂話だけ広がっていた。もちろん、彼らの済んでいる集落へ行けば彼らと会うことはできるのだが、山よりも寧ろ、開拓されている鉄道が通っている海に沿って都内へ働きに出る人たちが多い今日では、集落の存在はもはや噂話でしか残らない。

  優一郎や花奏は立場上よく集落へ行き、妖怪退治などを行っているが、無縁な人間にとっては集落に触れる機会はおろか思い出すこともない。最近の集落はそんなところばかりだ。

 

 集落へ向かう途中の電車の中、お互い向き合って座っているのにもかかわらず、一言も会話をせず、目も合わせず。早くこの時間が過ぎて欲しいなんて思っていた。

 優一郎は電車の窓から見える景色に目を向け、顎の下に手を置き、台に肘をついていた。優一郎の前に座る花奏はその整った横顔を見て「顔だけはいいんだよな……」と呟く。しかしこうをなしたのか、いや、よくなかったのかその一言は優一郎に聞こえていた。

 優一郎はこちらに目も触れず低い声で言う。


「何言ってんだよ。変態か」

「は、はぁ? 違うし。勘違いしないでくれる」

「…………」


 自分でも分かるくらい語彙力のなさと、小学生レベルの返事を返したことに後悔し、花奏はガクッとうなだれた。

やっぱり、こいつとは一生馬が合わない気がする。というか、こいつと合う人なんてこの世にいるのだろうか?僕が何を言っても、こいつの地雷に触れることは明らかだし。

 花奏はツンとそっぽを向いて、それから二人が電車の中で会話を交わすことはなかった。

 岡山よりは寒く、服の上からさする風が涼しい時期へと突入した。



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集落へ着くとすぐに、町の長、長津間ながつまが二人を迎え入れた。随分と腰の折れた姿勢の低い老人で、二人は視線を合わせるのに少々苦労した。


「いやぁ、ご足労ありがとうございます。長く電車に乗っていて疲れたでしょう。今日はこちらの旅館にお泊りください。明日は例の件があったところに近い宿へ案内します」

「いえ、お構いなく。今から行きますよ」

 笑顔で答える優一郎の肩を長津間は強く叩いた。

「遠慮なさらないで。若者なんだから自分の体をしっかり労らないと、私のように腰が折れてしまいますぞ」

「あ……はぁ」

 どうにも断りきれない雰囲気が漂い、二人は仕方なく長津間に案内された旅館に泊まることにした。

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