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この学校へ入学して一週間が経った。
だいぶ慣れたし、私にとってはいずれ入学する学校だったので早まって嬉しいぐらいだ。陰陽師の勉強もできて妖怪も見れて環境としては最適だ。噂によると未来の当主の御三家の子達も入学していると云う。一人だけ遅れをとるわけにもいかないので日々勉強に励んでいる。
しかし最近気になることがある。
佰乃は手一杯に教科書を持って、大きなドアを開ける。この教室への道のりも随分と慣れた。ドアを開けると、KIが一人席に着席しており、私の探しているハルの姿は今日もなかった。最近気になることというのはハルの姿を見かけないということだった。私は彼の隣に座る。
「おはよう、KI。ねえハル知らない? 今日も来てないみたいなんだけど」
「おはよう。僕も見てないよ。でも、もしかしたら……」
黙り込むKIの次の言葉を待って私は教科書を広げる。
「……自己紹介が遅くなってごめん。僕の名前は榊戌。今の当主の孫なんだ。それを聞いた時ハル君すごく動揺してたから、もしかしたらもう僕に会いたく無くてきてないのかもしれない。……僕の家系は君のところの家系とあまり仲良くないから」
「大丈夫。ハルはそんなことであなたを嫌うようなやつじゃないよ」
確かに、今KIくんの口から榊家の名前が出て驚いたけど、でも私にとっては御三家のいざこざなんて関係ない。私だって貴方の名前を聞いて接し方を変えていくつもりはないから。
そういうとKIくんはわかりやすく息を吐いた。
「……でも、そしたらなんでハル君は来てないの…?」
「それを私が聞いてるのよ」
佰乃は広げた教科書の上で頬杖をついた。チャイムが鳴った。チャイムの鐘が鳴ると同時に四方が入ってきた。今日もかぼちゃの被り物をかぶっている。
「二人ともいるなー、よし。じゃ授業を始める」
「あの、先生。ハルが来てないんですが……」
佰乃は手を上げて言った。しかし四方は淡々と教科書を広げる。
「彼については上から話が来ている。暫く休学だそうだ」
ハルが………休学?そんな馬鹿な………。
「で、でも先生。私そんな話聞いてな―――」
「じゃあ、教科書の五十六ページを開けー」
わかりやすくスルーされた。
この人今完璧の私のことスルーした。信じられない。
「……もしかしてハル君について触れちゃいけないんじゃない?」
戌はペラペラと教科書を捲る。
「触れちゃいけないって、どうして………」
佰乃は顎の下に手を置く。其の間に戌は佰乃の教科書をめくった。
――そういえば、初めて榊家に来た時私たちは地下で洗礼を受けたのよね。其の時ハルは源郎の口を割るために英国の人たちに無理やり手を加えられた。あの時は私たち誰もが動けなかったから、拷問するのはハルじゃなくてもよかったはず。寧ろ、ハルには破壊の力があるからそっちの層がかえって危険があるんじゃ………。
――じゃあなぜ、英国の人たちはハルを選んだの?
佰乃は洗礼の時をもっと鮮明に思い出そうと頭を捻った。
――………ハルは初めに両腕を切り落とされた。其の次に足を………
あの時、英国の白い人はハルの足のことを「義足」といった
――「義足」だって、どうしてわかったのかしら?あの足は服の上からじゃ義足ってわからないほどリアリティーが高い。……それに、四方先生が言う「休学」も気になる……。
「ねえ、戌」
「何?」
四方は淡々と黒板に文字を書いていた。
「戌と緑さんの他に榊家に同い年ぐらいの子供っているの?」
「同い年ぐらいの子……? いや、いないと思うけど。僕らの家系は子供が少ないからね」
榊家が子供に恵まれないのは、父から聞いたことがあった。
「そっか」と軽く相槌を打って佰乃は口を閉じた。急いでノートに黒板の字を書き写す。
「よし。二人とも。今日はこれについて授業する」
そう言って四方は黒板の字を叩いた。黒板には“掟”とデカデカと書かれている。
「二人は“世界の掟”を知っているか?」
「はい」と戌はいう。
壱、 人を造ってはいけない
弐、 死者は甦らない
参、 時間は戻らない
以上の三つが世界の掟として定められている事柄だ。
「其の通り。この世界で最も覆せないこと、それが世界の掟だ。が、しかし」
四方は黒板に“禁忌”と大きく文字を足した。
「陰陽師堂の中でただ一つだけ、世界の掟を覆せるものがある。それがこの“禁忌”に載っている…――」
「陰陽師ヶ条第一六七【亡者を式神として帰することを禁じる】―――ですよね? 先生」
「そうだ」
過去に、自分の大切な人が亡くなって、その人を式神として帰そうとした輩がいた。陰陽師の断りから外れない限り、可能なことだ。実際、式神を生成することは陰陽師において基礎であり、大切なパートナーだからな。
「だが、もし一度亡くなった人間をもう一度生き返せば、それは世界の掟に背くことになる。さすれば、恐ろしい天罰は罪を犯したやつだけではなく、其の周りさえも巻き込んで下されるものだ。この過去の一件があってから、陰陽師の上の人たちは式神を生成する際、人を用いることを禁じ陰陽師ヶ条に含めた。それと同時に帰すやり方を禁書に載せたのだ」
二人はノートにペンを走らせ、無言で四方の言葉を聞く。
「二人は戦闘に適している妖力を持っている。其の上互いに御三家の次期当主という立場だ。これから先、幾度の戦場に立ち、幾度の仲間達が傷つき死んでいく場面に合うかもしれない。それでも禁忌だけは犯すな。絶対に守るべき規則なんだ」
「わかっていますよ、先生」と戌は顔を上げて言う。
「そんなに念を押さなくても、僕らに規則を破る度胸はありませんから。ね、佰乃ちゃん?」
「え……あ、うん………」
其の言葉を聞いて四方はふっと鼻で小さく笑った。
「じゃ、次に…――」
四方は黒板に次の言葉を書き綴った。
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