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服の下をくすぐるような寒さが舞い戻ってくる時間。
十月でいうと、夕方の十八時には夕焼けが茜色から紫色、そして辺りが少しずつ暗くなっていき、空に満点の光が飛ぶ。街灯が点々と突き出し、夕食の買い物を終えて人通りの年齢層が変わる。仕事帰りの人や妖怪が、街に並ぶ店のショーケースを見ながら歩いていた。
俺と舞子、伊織は制服の上からコートを羽織って先ほど購入したさつまいもを頬張る。ほくほくと温かい蒸気がのぼる。再度確認するため、天人は伊織にとう。
「第一目撃情報のあった時間帯は確か十九時前だったよな?」
天人は蒸気で曇るメガネをふく。
「そうや。場所もこの辺だったからそろそろやと思うんだけど……」
大通りから外れた細い道の路地。高低差があって一度入って仕舞えば迷子になる自信がある。両脇に建物が並んでいて、石造りでできた建築物達がまた禍々しい雰囲気を漂わせていた。怪奇現象ならば、もう一度同じような現象に出会うことができるだろうと踏んだ伊織は俺たちを連れてここまで来た。
あたりがより一層暗くなった。微々たる光しか差し込んでこない路地は、三人に孤独を感じさせるほど音さえも遮断する。俺は微かだが、舞子が俺の服の裾を掴む手に力が入ったのがわかった。
「どうした? 舞子」
「………なんか、いる」
「へ?」
舞子は震える指先で伊織の服の裾も掴んだ。急に服を掴まれた伊織はキョトンとする。舞子は低く、小さく掠れた声でいった。
「いい二人とも………絶対に振り向かないで一緒に走って。後ろに誰かいる……」
俺は振り向きそうになった己の体を制して、背筋よくまっすぐ前だけを見る。ゴクンと唾を飲み込んで、額から出た脂汗が冷えた。
俺は伊織と目を合わせ頷く。
次の瞬間、舞子は俺たちの前を全力で走り始めた。俺たちは舞子を見失わないように必死でついていく。意外と舞子は足が早くて、運動神経がそこまで優れない俺は途中何度か躓きそうになった。俺の方が伊織よりも先を走っていたはずなのにいつの間にか伊織に先を越され、二人の背中を必死で追いかける。
階段を降り、角を曲がり、また階段を登ったり、途中店の裏側に遭遇しなんとも言えない匂いが鼻の奥をついたり。
風を切って、かいた汗が少しずつ冷える。その反面心拍数は上がり、呼吸は楽しそうにリズムを刻む。
こんなに全力で自由に走ったのはいつぶりだろうか?高校に上がってからと云うものの体育に全力で取り込んだことはない。ましては運動神経が良くないので体を動かすことは好まなかった。なのに、今はこんなにも楽しい。走るのが、風を体全体で受けるのが清々しいほどに気持ち良い。心が躍る。
走っている途中、目に飛び込んできた景色全てが新鮮で、全てが輝いて見えた。空に浮かぶ宝石が、漆黒に近い空の色によって輝きを増す。
こんな綺麗な世界に生まれ良かったと、心からそう思えた。
二人を見失わないように走り続け、やがて行き止まりで足を止める。かなり長い間走ったので、膝の上に手を置いて深く肺を動かした。
「ここまで……くれば…もういないよな?……」
「そうだと、いいんだけど……ごめん、私の走り方がまずかった」
「へ?」
舞子は申し訳なさそうに眉を顰める。彼女も走る前は結んでいた髪の毛がいつの間にか解けていた。伊織の短い前髪も程よく汗で流れている。垂れてくる汗を拭って、俺達は舞子の前に立つ。目を細めて眼鏡に手をかけた。
「待って、あーくん……」
「止めるなよ。頭痛には慣れてる」
「そうじゃなくて……」
すると、聞き慣れた言葉が耳へ飛び込んできた。
「ちょっと何回呼び止めたと思ってるの⁉︎ 無視して走り続けないでよ!」
暗闇から姿を表し、その人物の姿が鮮明に俺たちの目に映った。腰に手を当てて息を切らす彼女は忘れるわけもない。肩で切り揃えられた色素の薄い髪は少し伸びて髪ゴムで結ばれてさらりと揺れる。。整った顔だち、その独特な雰囲気。そして相変わらず季節感を無視した短パンに薄着のスウェット。
俺は遠慮気味に彼女の名前を口にした。
「千乃……ノイ……?」
「そうよ!」
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