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「いやぁ、本当にごめんねぇ。怪我なかったぁ?」


「ええ……まあ俺じゃなくちゃ確実にここが殺人現場になってました…けど……」


 天人は、頭を下げて謝ってくる新島さんを前に苦笑を漏らした。

 

 時刻は十四時過ぎ。本庁の事務所へ赴いた天人達は、『退妖怪班』の一員であるという新島さんと向き合って座っていた。ちなみにさっき彼が投げた椅子は壊れてしまったので、今この事務所には一つ椅子が足りない状態だ。新島さんが目を覚ました瞬間に経費と書かれた紙へ何やらペンを走らせていた姿を、天人は見逃していなかった。


「で、今日はいったい何の用できたんだい?」

 

 さっき自分のことを二十四歳と自己紹介していたけれど、その割には年寄りくさい口調である。

 伊織は出された紅茶を啜った。

「最近巷で噂の怪奇現象についてですよ。調査願いが学校の方へ届けられていたので」

「ああ、そっか。そうだよね。ちょっと待ってて」

 新島さんはデスクの引き出しから紙の束を取り出した。目の前におかれ、舞子は紙をぺらっとめくる。天人と伊織もその紙をのぞいた。

 新島さんは説明をした。


「最初に目撃情報があったのは、岡山市内の市街地で夜中だって。仕事帰りの女性が夜道を一人で歩いてるところ、誰かにつけられている気がして振り返ったらそこには誰もいなくてっていうよくある感じの怪奇現象」

「よくあるんですか?」

「うん。まあ一応妖怪達と共存している世界だし、そう云う類のものは妖怪の子供達が人間に悪戯するぐらいの気持ちでやってるもんなんだよ」

じゃあ、なんでわざわざ調査願いなんて………。

「それが、一回だけじゃなくて複数の調査願いが出されているんだ。それに最初に僕は云っただろう? “目撃情報”だって」

「現象だけではなく、姿を見た人がいるってことですか……?」

 新島さんは紙の冊子を指さす。舞子はまた一ページめくった。そこには目撃情報をもとに書かれたであろうイラストが載っていた。全身真っ黒い布で覆われていて、頭からはツノのようなものが生えているように描かれている。その絵を見て伊織は呟く。


「これは、鬼……の類ですか?」


「おそらく」


 伊織と新島さんのやりとりについていけない天人達は二人の顔を往復して見る。新島さんは短い紙を書き上げると、新たに紙の冊子を天人と舞子の前へ投げた。表紙には“住民登録表”と書かれている。


「君たちは初めて見る顔だし、LLと一緒にいるってことは学校の子なんだろう?」


「あ、はい。藤……じゃなくて、AIっていいます」


 まだいい慣れないコードネームを名乗る。


「私は08Mです」


 舞子も名乗ったところで新島さんは空になったカップを持ってポットの前に立った。


「その紙には岡山県内に住んでいる妖怪達全員の住民登録が書いてある。見ればわかるけど、住民の集録結果からこの県内には鬼族の類が多く住んでいるんだ。もちろん他にもいろんな種族の妖怪はいるけれどね」


 確かに紙には鬼の種族の妖怪達が多いようだ。その他には、見たこともないような名前から見たことあるような名前まで。天人と舞子は、妖怪や陰陽師の知識については乏しいのでこう云うものを見せてくれるととてもありがたい。

紙をペラペラとめくっていると、ふと目に止まったページがあった。そのページには“希少種族”という赤い判子がおしてある。


「あの…これって…?」


 コーヒを入れ終わった新島さんが振り向く。

「ここに書かれている“吸血鬼”って……」

「ああ、彼らはもう稀な種族でね。一応鬼と同じ種族なんだけど、少し特徴的だから数が少ないんだよ」

「特徴的?」

 すると新島さんは自分の袖を捲って綺麗な素肌を晒した。


「奴らは、血を吸うんだ。こうやって、肌に歯を突き立ててその人の血を吸う。僕らみたいな人間には理解できないことだけどね、その血は極上で、人の血を吸うことによって体力が回復するとも云われている。あとは、視力が良かったり、これは都市伝説レベルだけど、死なない不死身の体を持ってるっていうのとか……。兎に角、吸血鬼に関しては情報量が少ないから定かではないんだよ」


「血を……吸う……?」


 それって…俺のことみたいじゃないか。


 俺はあの日――洞窟の中で一晩過ごした日にハルの血を吸って、すごく体が回復したのを覚えている。それに年明けに岡山へ来た時もハルの血を吸った。その時も体の内側が暖まったことを覚えている。でも確かあの時ハルは自分の地にそういう力があるからだと云っていた。つまり俺自身の妖力ではなく、ハルの妖力。

「どうした? AIくん」

「新島さん、隠していたわけではないんですけど、実は俺と舞子は半妖なんです」

「うわぉ」

 わかりやすく驚いてくれた新島さんへ続けて説明する。

「それに正式に半妖になったわけじゃなくて色々あって、半妖になったんです。だから実はまだ仮契約っていう状態らしくて…………俺実は、前に人の血を吸ったことがあるんです」

 正確にいうならば、半妖の血を吸ったのだけれども。天人はあの時の感覚を思い出して胸に手を当てる。

「あの時、なんだか心の内側が暖かくなって体力が少し回復したんです。俺はまだ自分の中にいる妖怪の顔を見たことがないんで吸血鬼がどうかわからないんですけど……」

「それは難しいところだね。本来人は他人の血を飲んだところで、死ぬ筈なんだけど。君が今ここにいるってことはその行為自体が吸血行為に近いから、もしかしたら本当に君の契約している妖怪は吸血鬼かもね」

「まじかよ! お前あの希少価値のある吸血鬼と契約しとるんか! すごいな天人!」

 伊織は元気よく天人の肩を組んだ。

「い、いやまだ正式には契約してないんだけど……」

「つーか、思ったんやけど、お前らは契約しとらん状況でよく今まで生きとったよな。普通は仮契約期間が長く続くと死ぬって聞いとるで」

「………もしかしたら、音音の件が終わった後にしたあの針みたいなものが意味あったのかもしれない」と舞子は言った。それを聞いて天人は気にかかることを言う。

「じゃあ……源郎はもうすでにあの時からいずれはこうなることを知ってたってことか? 俺達が、こうして弐の世界に連れてこられて、自分は牢にいれられることを……」


「そんなことできるわけないじゃん。源郎はただの人間だよ」


 舞子にそう促され、そっかと天人は黙る。

 伊織はなんだか、こいつらも苦労人なんだなと云う空気を察しわざとからっきし元気な声を出した。


「よぉし! じゃ、行くで!」

「行くって、どこに?」


「決まっとるやろ。第一目撃情報のあったところや!」


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