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「だぁかぁらぁ! なぁんでハルだけがあいつのところに行かなければならないわけ⁇ 嫌なんだけどォー!」


 此処は学校の地下へと続く道。案の定暗く、廊下にはランタンが所々置かれているだけだった。カボチャ頭の教師と肩を並べて歩いていたハルは此処へきて漸く自分が此処へ連れてこられた目的を知り駄々をこねりはじめた。

 この道の先には厳重にロックされた扉がある。そこを通ると壱の世界へ戻ることができるのだ。四方が此処でハルに伝えた内容は、扉を通って一番最初に連れてこられた広場へ行けとのことだった。其処でお前を待っている人物がいるだとか。

 しかし急に云われても混乱するだけで、ハルは廊下の壁に引っ付く。四方はどうにかして動かそうと華奢な体で自分よりも大きいハルを引っ張った。


「駄々をこねるなッ! これは英国側からの命令なんだ!」

「いーやぁーだぁー! だって、あそこ嫌な記憶しかないもーん!」


 ハルは首を横に振ってガンなしに動かない。四方は一度手を離してカボチャの後頭部をさすった。ハルにとって嫌な記憶しかないというのは人伝だが話は聞いている。出会って早々両腕を切り落とされたんだ。そりゃあ行きたくないと思うけれど………。


 四方は深くため息をつき、「みろ」とハルに言って自分の被り物を取った。被り物の下から素顔を晒した四方。ハルはその顔を目にして唖然とする。四方は自分の手で右側の顔面を触った。


「これは、私があの広場に初めて連れてこられた時に負った傷だ。違法契約者として御三家に捕まえられた私は奴等の放つ炎で体の半分を焼かれた。運よく麻痺は残らなかったけど皮膚までは完全に治らなかった。まあ、つまりあの広場はそういう場所なんだ。違法契約者にとって洗礼の場所なんだよ」

「………痛かった?」とハルは恐る恐る聞く。四方は肩をすかせてハルの体を掴んだ。

「さあ。もう覚えてない」

「……そっか……」


 四方に大人しく掴まれたハルは再び扉の方へ向かって歩きはじめた。

 会話を弾ませることなく無言のまま扉の前についたら四方はハルの背中を押して一人でいけというふうに顎を動かした。ハルはぐっと唇を噛んでから一度振り返る。四方は既にカボチャの頭をかぶっておりさっき見せてくれた素顔は被り物の下に隠れていた。


「ねえ、せんせぇ。一つだけ聞いていい?」


「なんだ。早く行け」


「英国の人って何?」


 被り物の下で四方の眉毛がぴくりと動いた。ハルは素朴な疑問を四方へ問いかける。


「なんで、英国の人達が日本にいるの? ………陰陽師と関係あるの?」

「…………それを答えるのは私の役割じゃない。いいから早くその扉を開けて行け。其処で待ってる人が教えてくれる」

「本当だね?」

「ああ」

 

ハルは四方に疑いの目を向けながらも、枷のついた手を扉に触れた。ギイと重たい音を立てて扉が開いた。





 弐の世界まできた道のりはうる覚えでしかない。なにしろ、学校の廊下は全てが暗いので全部同じ景色に見えるのだ。

 ハルは服の上から二の腕をさすった。何しろ地下なので鳥肌が立つ程度で寒い。微弱な風に乗って髪がさらりと揺れる。切ったばかりの短い髪はなんだか慣れない。ずっと伸ばしていたのに佰乃がバッサリと切るからとハルはぶつぶつ呟きながら歩いた。やがて、明るい光が見えてきて、広場へと到着した。


 相変わらず広い空間である。ハルは周りを見渡すためにぐるりと首を動かした。天井はドーム型で星のようなものがキラキラ輝いている。中央には長い階段とアーチ型のオブジェクト。ハルにはあれがなんの意味を示すのかわからない。ただ大きいので自然と目に入ってくる。そしてその階段の上で頬杖をついてこちらを見ている人物がいた。ハルと目が合うと右口角を上げる。


「よお」


 彼はおそらく男だろう。上下ともに黒色の服を着ており、不気味なほどに細長い指先は黒色のネイルをしていた。また手の甲、指に幾つかのタトゥーが彫られている。髪の毛は黒髪で若干跳ねている。目にかかっていて彼の瞳の輪郭はわからないけど、前髪の隙間から覗く赤い瞳が、狩人みたいだ。気になる点といえば、左手だけにはめられている黒い手袋だ。何かを暗示しているのだろうか?


 ハルは呼びかけられたので気さくに返事を返す。「こんにちは」と。すると返事を返されたことに驚いたのか、彼は動作を止めた。


「おまえ……俺が憎くないのか?」


 ハルは一歩ずつ彼の方向へ近づく。


「憎い? なんで?嗚呼、英国さん達のこと?まあそりゃ憎くないかって聞かれたら憎いけど、その洗礼をうけたことあるのがハルだけじゃないって聞いたからもういいかなって感じ」

「おまえ、かわってるな」

 彼は片口角を上げたまま重たそうに腰を上げた。


「ハルが変わってるって言うなら、君の方が何倍も変わっているように見えるけど」

「まあ、確かにそうかもな」

 ふふふと声を漏らす彼。笑っているつもりなのだろうか?ハルは首を傾げる。彼は階段を降りて、足を止めたハルの前で左手袋のついた方の手を差し出してきた。ハルは彼の顔をようやく至近距離で見る。伸びた前髪の向こう側に見える目は、天人のようにタレ目だった。


「俺の名前は、EE。英国の死神だ」

「死神ね……だからそんなに全身真っ黒なわけだ。じゃあ、ハルも自己紹介。東ハル。佰乃の式神的な存在です」

「そっちもそれなりに変な冗談云うんじゃねーよ。マウントか?」

「そんなところかな」


 ハルは肩をすくめて笑った。そして差し出された左手に右手を重ねた時……………。



 EEは倒れてきたハルの体を支えた。


「…わりいな」


 脱力し意識を手放したハルはEEの腕の中で浅く息を吸う。EEはその背中を見て少し目を細めた。何かの思いを抱きつつパッと顔を上げると大きく声を張った。


「ぅおーい! アスル! 終わったぜー。このあとどうすればいいー?」


 反響して彼の声が空間に響く。その音に乗って、アスルと呼ばれた者の声が返ってくる。


「牢にいれておきなさい。来るべき時が来たらまた君に頼むよ」

「はいはーい」

 EEはよいしょと云ってハルの体を最も簡単に肩へ担いだ。階段の後ろ側へ回り、許されたものしか通れない扉へと入っていく。


そして再びこの広場は誰もいない静寂な空間へと戻った。



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