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「というわけで、今日から実践だ。わからないことも多いだろうけどクラスメイトから色々と聞いて学べ」
昼下がりの午後。この学校へ入学して数日。
Sクラスの学生は学校の裏門から出て人の賑わう商店街へと足を踏み入れていた。ごった返す勢いの商店街は道に高低差があり視界の開けた世界が永遠と広がっている。道にはみ出た屋台のそばにはいくつもの路地への外れた道がある。階段が続くその道へと外れる勇気はまだない。というのも、ここ――弐の世界は壱の世界と地形も文化も街並みも全てが異なっていた。
「そりゃあそうやん」
はぐれないようにしっかり伊織の後を追って舞子と天人はすれ違う人と肩をぶつける。
「ここの世界の常識は、壱の世界にとって非常識。わしらにとっての当たり前は当たり前じゃないんよ」
「にしても、ここまで違うと、もはや日本じゃないっていうか……」
「でも喋ってる言葉は日本語やろ?」
当たり前のことを指摘され、天人は口を閉ざす。
確かにすれ違う人や妖怪は皆、日本語を喋っている。でもそれだけが唯一もう一つの日本と認識できるもののような気がした。まるで異世界に飛んできてしまったような街並みと光景。それにこの世界には大統領なんて人はいなくて、王族文化があった。今の日本は王女が一番上の位らしい。ふと視界に入った日の丸の旗が、ひどく他国のものに感じた。日の丸なんてお子様ランチには必ずといっていいほどついてきて目に焼き付くくらい見てきたはずなのにこの世界では何もかもが違うんだ。
「で、これからどこに向かうの?」
舞子は伊織の背中へ話しかける。
今三人はグループ行動をし、他のクラスメイトは別のグループで行動している。今日の授業は早速実践だと征爾にいわれて来た。主な概要は最近市民の間で話題になっている怪奇現象だそうだ。そのためにはまず調査願が届けられた警察へ赴く必要がある。
暫く無言のまま歩いて商店街を抜け、海辺に近い橋の上を永遠と歩く。天人は道中あたりをキョロキョロ見ながら歩いた。何処もかしこも新鮮な景色だ。不思議な気持ちでたまらない。心がワクワクと踊る。こんな子供心はいつになっても人の中に残っているものなんだななんて思いながら。
その時、一瞬の不注意で目の前から走ってくる三輪車に気がつかず思わず轢かれそうになる。伊織がしっかりと腕を掴んで体を引っ張ってくれたので大事には至らなかった。
「ぼーっとするんやないで。こっちは壱の世界とちごーて、道路とか信号とかは稀なんやからな」
「あ、ああ。悪い」
全く何やってんのよ、あーくんはと舞子にも冷たく注意され肩身が狭くなる。
「そろそろ着くで」
そう言われて天人はうなだれていた頭部を上げた。顔を上げるといつの間にか目の前には高く聳え立つ建物が現れた。高すぎて建物のてっぺんが見えない。眩しくて思わず目の上に手を当てる。伊織は歩いて建物の入り口に近づく。
「ここがこの世界の警察本部『本庁』やで。勿論、本庁はこの件だけじゃなくて他の場所にもあるけどな」
天人と舞子は伊織の後ろについて建物の中へ入った。伊織はポケットから学生証を取り出して受付で見せると、受付のお兄さんは立ち上がって三人を案内する。エレベーターの前で止まった。
「わしらSクラスの学生は基本的に依頼を受けた時の情報収集担当や。その為に警察にはちょくちょく顔を出さなあかんし、学生証を見せれば滞りなく入ることができるんや。でもDクラスの連中は戦闘とか肉体的に捕まえる方が主な活動だから、こういうところに来るには少々手続きがいるねん」
伊織は得意げに説明した。
「そんなに……ここに出入りがしやすいことって重要なのか?」
天人は素朴な疑問を伊織に問う。すると伊織が答えるよりも先に舞子が天人の足を踏んだ。あまりに不意打ちだった為痛さに声が出ない。
「馬鹿。何でそういうことを簡単に聞くの」
「せや、天人。陰陽全書第三十四条、聞く前に考えて行動すること、やで」
そこまでまだ読んでねーよ。
エレベーターが到着し、お兄さんと一緒に乗り込む。狭い箱の中でガコンガコンという鈍い音だけが耳に届き、やがてチーンという現代じゃ滅多に聞かない音ともにエレベーターは止まった。先を歩く伊織についていくと、伊織は迷うことなく一番隅の方にあるドアの前まで進んだ。
一度立ち止まり振り返る。
「いいか、天人。舞子ちゃん。陰陽全書第三五八“壱の世界のことは他言すべからず”や」
あ、それって最後の項目なんだ。
天人と舞子は黙って頷いた。それを確認してから伊織は勢いよくドアを開けた。
ドアの向こう側は思ったよりも広い部屋が広がっていて、よくドラマとかで見るデスクが並んでいた。しかしやはり所々古っぽくて、よく云えば趣があるのはこの世界の特徴なんだろう。誰もいないのかなと隅から隅まで視野を見渡す。
刹那、天人の脳内に一枚の映像が流れた。鈍い痛みが後頭部へ走り視界が傾いていく。そして体のバランスを失い前のめりに床へ倒れていく自分。
次の瞬間、
「……っあっぶねぇー!」
天人は体を無理やり捻って振り返る。骨の軋む音がした。ぶっ飛んできた椅子はガシャンと可哀想な音をして床でバラバラになった。天人はキッと椅子が飛んできた方角を見て身を低くした。先ほど見た映像が零点数秒後の未来だと察した天人は即座に危険を回避したのだ。久しぶりに体を動かしたので、反応できるか自分でも不安だったが、やはり本能は侮るなかれだ。自分が思っていたよりも敏感だった。
天人は背中をさする。唖然とする舞子を自分の背中へ移動させ目を細めた。しかし伊織の一言により天人の緊張感は解かれる。
「だー。まーたやりおりましたなー。新島さん」
伊織は砕けた口調で椅子の飛んできた方向へヘラヘラ歩く。あまりにも緊張感のない声色だったので天人は阿呆な声を漏らした。伊織は、部屋の死角である小さなコーナーへ向かって歩くと天人達へ手招きした。
「この人、寝ぼけておると何かと物を投げるんよ」
伊織はソファーで横になる人物を二人へ紹介する。
「新島さん。これまでもこれからもわしらが世話になる方や」
ソファーで寝息を立てるその人物は……随分と若く見える男性だった。
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