かけがえのない幼馴染という存在

月之影心

かけがえのない幼馴染という存在

 俺は瀬戸口せとぐち雅斗まさと

 根暗でコミュ障の大学3年生。

 幼稚園から数えても友達と呼べる相手は片手で余るくらいしか居ない。

 だからそんな俺にとって周りに知らない人の多い大学はこの上なく過ごしやすい場所だ……ったのだが……


 「うわぁ……何かアイツ暗過ぎん?」


 「ホントだ……高校の時もあんな奴いたよ。みんなのパシリにされるヤツ。」


 「あははっ!いたいた!ねぇねぇ。アイツもパシらせてやろうか?」


 「おっもしろそー!」


 陽キャ丸出しの女たちが俺を見付けて馬鹿にした口調で騒いでいる。

 (大学生なんだからちょっとは落ち着けっての……)と思いつつ、パシらされては敵わないと思った俺はそそくさとその場を立ち去った。


 (4限目は休講になったんだったな……帰ってゲームでもするか。)


 スマホに届いたメッセージで4限目の講義が教授の都合で休講になっていたのを知っていた俺は、俺に良からぬ企みを企てていた女たちから逃げるように大学の外へと向かって歩いていた。


 「おぉぃ、雅斗。随分急いで何処行くんだ?」


 呼ばれて振り返ると、そこに居たのは俺の数少ない友人であり、その中でも小学生の頃から付き合いのある親友の西園寺さいおんじ壮介そうすけが爽やかな笑顔を浮かべて小走りに俺の方に近寄って来た。


 「壮介か。いや、4限目が休講になったから帰ろうかと思って。」


 「お?マジで?だったら俺も雅斗んち行っていいか?」


 「あぁ、もちろん。」


 そう答えると、壮介は俺の隣までやって来て俺と肩を組んで白い歯をニカッと見せて笑った。


 壮介は俺とは真逆の存在だ。

 明るくて人当りも良く、コミュ力も頭も運動神経も抜群。

 その上性格も良くてイケメンときて、中学生の頃から女子によくモテてたようだし、何故俺みたいな根暗陰キャと友達で居てくれるのかさっぱり分からない。


 「ところで雅斗、プログラミング講座のレポートって終わってるのか?」


 「レポート……あ!やってないな……あれって締め切りいつだっけ?」


 「マジかよ。明日の2限目始まるまでに送信しとかないとヤバいぞ。」


 「壮介は終わってるの?」


 「当たり前だろ。あんなの講義受けてたら秒で片付くじゃないか。」


 「ぐっ……!」


 「ったく……ほれ。」


 そう言って壮介が俺に差し出してきたのは、表紙に『プログラミング講座』と書かれたノートだ。


 「講義の板書。貸してやるからレポート仕上げろ。」


 「え?いいの?」


 「いいも何も、あの講義落とすわけにいかないだろ。雅斗が留年なんかしたら笑い話にもならないからな。」


 「助かるよ。この埋め合わせはいつか必ず。」


 「あー、だったら今度例のゲーム手伝ってくれよ。ダンジョンのボスがどうしても倒せなくてアイテム貰えてないんだ。」


 「あぁアレか。結構手強いやつだよね。お安い御用だ。何ならこの後……」


 「先にレポートだろが。」


 「はい……」


 とまぁこんな感じで、仲良くしてくれるだけでなく時に俺を助けてくれるいいヤツなので、余計に俺なんかと長年付き合ってくれているのが意味不明なのだ。

 ただ、壮介曰く……


 『幼馴染なんだから当たり前だろ?』


 だそうだ。

 俺は友達と呼べるヤツは少ないけど、最高の幼馴染と出会えているらしい。



 ある日を境に、俺はついに例の女たちに絡まれるようになってしまっていた。

 突然俺に近付いて来たかと思えば、強制的に学食に連れて行かれたり学校帰りにカフェに連れ込まれたり。

 勿論、支払いは全て俺だった。

 因みに茶髪に派手なメイクの方が佐々木ささきナントカ、黒髪と白いメッシュに細い目をした方が長谷川はせがわナントカ……関わりたく無い相手なので下の名前は覚えていない。


 「おーぃ、瀬戸口ぃ。一人で何やってんの?」


 そんなある日、学生会館の掲示板を見ていた俺の両脇を固めるように佐々木と長谷川が近寄って来た。


 「一人じゃ寂しいだろうからうちらが相手してやんよ。」


 「い、いえ……結構です……」


 「そんな遠慮しなくていいからさぁ。」


 「ところでアンタ、今日暇?」


 「え……い、いや……暇じゃない……です……」


 「んなこと無いでしょ。こんなとこでぼーっとしてる時点で暇っしょ。」


 別にぼーっとしてたわけじゃない。

 掲示板には大事な事が書いてあることもあるんだ。


 「今から遊びに行くよ。」


 「え、いや……だから暇じゃないって……」


 「そういう遠慮するの日本人の悪いとこだよぉ。」


 お前も日本人だろがい。

 更に言うなら遠慮してるわけでもねぇわ。


 「いいからいいから。」


 佐々木はそう言うと俺の左腕を取り、次いで右腕を長谷川に取られ、両腕を組まれた形で半ば引き摺られるようにして掲示板の前から立ち退かされた。


 「おぉ、雅斗、両手に花か?」


 キャンパスを歩かされていると、前からやってきたのは救世主……にも思えた壮介だった。


 「い、いや……無理矢r……」


 「あらぁ、瀬戸口の友達ぃ?」


 「うちらこれから瀬戸口と遊びに行くんだけど一緒に行かない?」


 こいつらが俺に君付けするの初めて聞いたよ。

 壮介は一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐにいつもの爽やか笑顔になっていた。


 「マジで?行く行く!」


 「おっけー!」


 「やったー!」


 「よろしくね!私、佐々木マリナ。でこの子が長谷川アツコ。」


 「よろしくぅ!俺は西園寺壮介だ。」


 早くも二人は俺と組んでいた腕を解き、壮介の傍に寄って行っていた。

 明らかに俺とは違う反応……俺に近付いたのは、単に陰キャを弄って楽しもうってだけじゃなく、何処かで俺が壮介と居たのを見て俺と壮介が友人だと知り、イケメンの壮介にお近付きになりたいってのもあったようだ。


 こうして俺ら4人……3人の塊と俺は大学を出て、佐々木が『カラオケ行こー』と言ったので駅前のアミューズメント施設へとやって来た。

 時折、佐々木と長谷川は俺の方にちらっと振り返っては『余計な事言うんじゃねぇぞ』みたいな顏で俺を睨んでは、壮介の方に今まで俺に見せた事も無いような笑顔を振り撒いていた。

 俺は溜息を吐いて3人の後ろを付いて行くだけだった。



 「はぁ~歌ったねぇ。」


 「あの店、食べ物も美味しいからつい長居しちゃうよね。」


 散々歌って飲んで食ってして3時間、ようやくレパートリーが尽きたのか佐々木と長谷川が帰り支度をし始めた。

 因みに俺は歌える曲なんか無かったし、イケメンで歌も上手い壮介の後なんか誰も期待していないだろうし、何より佐々木も長谷川も俺には一切歌わそうとしなかったので、部屋の隅っこに座って3人を眺めていただけだった。


 「じゃ、瀬戸口、あとよろしく。」


 全員が立ち上がったところで佐々木が伝票の挟まれたバインダーを俺に押し付けてきた。

 勿論、壮介から見えないようにして。


 「え……何で……」


 「何でってアンタ、女に金払えって言うの?そんなだからアンタはいつまで経ってもモテないんだよ。」


 「で、でも……」


 「いいから黙って払っときな。いつもの事だろ?」


 長谷川が追撃してくる。

 長谷川の言う通り、俺は強制的にこの2人にあちこち連れまわされた挙句、発生する支払いを強引に押し付けられている。

 当然、俺に支払う義理は無いのだが、そんな俺を無視して2人は店を出て行ってしまったりするので、そこで支払わなければ無銭飲食や万引きと見做されてしまう。

 俺はいつも仕方なく2人分の支払いをしているというわけだ。


 「で、1人おいくら?」


 だが今日は壮介が居る。

 壮介は当然のように4人割り勘だろうと自分の支払う分を訊いてきた。


 「西園寺君はいいんだよぉ。うちらが無理矢理誘ったんだからぁ。」


 「そうそう。しかも瀬戸口君がバイト代入ったばかりだからうちらの分も払ってくれるって言ってるしぃ。」


 2人がそう言った時、俺は壮介の眉がぴくっと動いたのを見逃さなかった。


 「いやいや。皆で楽しんだんだから自分の分は自分で払おうや。雅斗がバイト代出たとか何とか知らんけどそれ雅斗の金だし。」


 「もぉ~西園寺君って優しいぃ~。」


 「いいから、支払いは瀬戸口君に任せてうちらは次行こうよっ。」


 壮介は俺ににこっと笑顔を見せてカラオケルームの入口で腕を組んでドデカい溜息を吐いた。

 佐々木と長谷川の動きが止まったのが後ろから見ていても分かった。


 「そういう事ね。」


 壮介がさっきまでの陽気な声から1トーン落としてぽつりと言う。


 「え?何が?」


 「何かおかしいと思ったんだ。俺と雅斗は小学生の頃からの付き合いでな。今まで一度たりともカラオケなんか行った事無かった。人前で歌うって性格でも無いし。それが女2人に誘われたくらいでカラオケに来るなんて有り得ない。」


 「そ、それはうちらが瀬戸口君の暗いとこ直してあげようと……」


 再び壮介がバカデカい溜息を吐く。


 「直して『あげよう』?何でお前らが雅斗に対して上から目線なんだよ?大方頼られたら断れない雅斗の性格を利用して嵩ってただけだろ。」


 「ち、違うって。うちらは本当に……」


 「もういいって。」


 少しだけ声を大きくして佐々木の言葉を遮ると、壮介は財布から2人分の料金を出して机の上に置いた。


 「これ、俺らの分な。残りは自分らで払え。雅斗、行こうぜ。」


 壮介はそう言っていつもの笑顔を俺に向けた。

 俺は恐る恐る2人の脇を抜けて壮介の方に近寄った。


 「な、何よそれっ!うちら瀬戸口君がバイト代から払うって……」


 2人を残して部屋を出ようとした壮介が足を止めて振り返る。


 「あー、それとな。雅斗、バイトしてねぇから。テキトーな嘘吐いてんじゃねぇぞ。」


 長谷川は余計な事を言った事に気付いたのか、口を手で押さえていた。

 『さぁて次どこ行く?』と俺と肩を組んで出て行く壮介は、いつもの俺と居る時の壮介だった。

 背後から『何だよアイツ!』という怒声が聞こえたが、俺と壮介は無視してカラオケ店を後にした。



 それから数日後、俺は壮介と大学の講義を終えて帰りにゲーセンでも寄るかと話をしながら正門に向かって歩いていた。


 「で、最近順調なん?」


 「ん?あー、まぁぼちぼちかな。それなりに利益は出てるよ。」


 「ホント、雅斗はすげぇよな。俺なんか親が凄いだけで俺自身はただの大学生だしよ。」


 「俺だって普段はただの大学生だよ。寧ろ資産家の家に生まれられるってもうその時点で凄いことじゃん。」


 「いやいや、そんなの俺の力じゃないからな。雅斗は自分の力で起業してるんだから俺なんか比べるの申し訳ないよ。」


 壮介の父親は『西園寺グループ』の総帥であり、多くの企業を束ねて経営している資産家でもある。

 それだけで将来が安泰な人生を羨ましく思うのだが、壮介本人にしてみれば俺みたいに自分の意志でやりたい事をやれる事の方が凄いらしい。


 俺は大学入学直後に趣味が高じて会社を興した。

 企業用の管理ソフトを独自のプログラムで構築している会社だが、素人上がりの俺が組んでいるから逆に『分かりやすい』『操作が簡単』等の評価を受け、今ではそれなりの規模の企業にも取り入れてもらえている。


 そんな話をしながら歩いていた時、大学の正門の外に黒い大きな車が停まっていて、傍にスーツ姿のスタイルの良い女性が立っている事に気付いた。

 女性は俺たちを見ると、キッと目付きを鋭くさせて睨んできた。


 「げ……」


 俺はその女性が日下部くさかべ裕香ひろかさんだと分かり、思わず足を止めてしまった。

 滅多な事では大学まで顔を出さない裕香さんが来ているという事は、何か良くない事が起こったか、若しくは俺が何か忘れているかだ。


 「『げ』とは随分なご挨拶ね。」


 よく通る声でそう言う彼女。


 「壮介君も一緒だったんだ。お久し振り。」


 「裕姉ひろねえ久し振り!」


 俺とは違って明るい笑顔と声で挨拶する壮介。

 壮介にちらっと目線を投げてすぐに俺の方を睨む裕香さん。

 サラサラストレートの黒髪に二重の大きな目と長い睫毛、すっと通った鼻筋に口角の上がった口元とすっきりとした顎のライン、非の打ちどころのない美女とは彼女の事を言うのだろう。

 おまけに下手なグラビアアイドルでは太刀打ち出来ないであろうスタイルの良さに、結構目の置き所に困ったりもする。


 実はそんな裕香さんは、実家が隣同士で俺が生まれた時からずっと付き合いのある幼馴染でもある3つ年上の女性。

 小学生時代は壮介と3人でよく遊んでいたし、中学高校辺りは俺も壮介も裕香さんに勉強を教わったりして仲良くしていた間柄だ。

 裕香さんが大学に行ってからも時々3人で食事に行ったりして交流は続いていたのだが、就職して社会人になった辺りで暫く会う事は無くなっていた。

 そんな裕香さんと再会したのは1年程経ってから。

 就職先で色々と問題があったらしく半年ほどで退職し、コンビニでアルバイトをしていたところに偶然俺が立ち寄った時だった。

 裕香さんのバイト上りに待ち合わせて話をし、事情が分かった俺は裕香さんを秘書として雇い入れて俺の肩腕として頑張ってもらっている。


 「社長、その様子だとメールは見てないですね?」


 「め、メール?あ……そういや講義中に何度かスマホ震えてたの忘れてた……」


 「はぁ……講義中は見なくてもいいですけど、せめて終わったらすぐにチェックしてくださいよ。」


 「あ、あはは……ごめん……」


 そう謝ってポケットからスマホを取り出す。


 「送信者が目の前に居るんですから直接お伝えします。本日18時からのゴリー社との打ち合わせですが、先方から17時に変更して欲しいと申し出がありました。変更してもよろしいですか?」


 俺はスマホを取り出し掛けた姿勢で固まったまま裕香さんの報告を聞いた後、壮介の方に顔を向けた。


 「俺とはいつでも遊べるだろ?仕事優先だぜ、。」


 壮介はそう言ってウィンクをする。

 同姓の俺が見ても腹立つくらいイケメンだと思う。


 「すまないな。裕香さん、先方には17時で了解した旨を連絡しておいて。……となると、あと1時間しか無いのか。」


 「だから迎えに来たんですよ。」


 「いつも助かるよ。」


 「はぁ……まったく手の掛かる社長だこと。壮介君も家まで送るわよ。」


 「あざっす!」


 そう言うと、裕香さんは運転席に、俺と壮介は後部座席に乗り込み、車は静かに発進した。


 大学の正門傍から、佐々木と長谷川がその様子をじっと見ていたことには気付いていなかった。



 「あらぁ、瀬戸口、久し振りねぇ。」


 講義を終えて帰ろうとしていたところ、背後から声を掛けて来たのは佐々木と長谷川だった。

 ここ数日絡んできていなかったので俺としては平和な大学生活だったのだが……と言ってもあれから3日程しか経ってない。


 「ちょっとお話する時間あるかしら?」


 「え……いや……」


 「そんなに時間取らせないから、ね?」


 俺の呼び方といい、いつもと違う物腰といい、俺は2人に違和感を感じつつも話だけなら聞いてもいいかと思い足を止めた。


 「話って?」


 「アンタ、社長だったんだね。」


 「……」


 「そうならそうと言ってくれれば良かったのに。」


 言って何になるというのだろうか。

 俺にとってメリットがあるとは思えないのだが。


 「それが……何か?」


 「だからあんなに羽振りが良かったんだなぁと思ってさ。社長ってそんなに儲けられるもんなの?」


 「別に羽振りが良かったわけじゃなくて、君たちが払わないから仕方なく払ってただけだよ。」


 「それでも払えるんだから儲かってるってことじゃん。」


 会社の利益と個人の収入をごちゃ混ぜにしているのだろう。

 会社が儲けていても質素な生活をしている経営者なんていくらでも居る。


 「アンタが社長やれるくらいの会社ならうちらでも仕事してやれると思うんだよねぇ。時給5000円くらい出してくれたらコピーとお茶出しくらいするけどどう?」


 「そんな楽な仕事あるわけない……それ以前に人手は足りてるから。」


 「そんな事言わないでさ。この前来てたなんかよりよっぽど仕事出来ると思うけどなぁ。」


 「は?」


 2人の言う『おばさん』が誰のことを言っているのか瞬時に浮かばなかったが、最近大学に来ていた女性なら裕香さんしか居ない。

 裕香さんが『おばさん』だと?

 しかも裕香さんよりも仕事が出来る?

 普段なら軽く聞き流していただろうけど、裕香さんを馬鹿にされてはさすがの俺も黙っていられなかった。


 「それはちょっt……「誰が『おばさん』なのかしら?」


 「え?」


 「は?」


 反論しようとした俺の声に被せ、いつの間に現れたのか、2人に対峙する俺の斜め後ろから濃いグレーのスーツ姿の裕香さんが声を掛けてきた。


 「裕香……さん?いつの間に……?」


 「さっき社長が2人に捕まって正門から出て来た時から居ましたよ。」


 裕香さんはそう言って、カツカツとヒールの小気味良い音を鳴らしながら俺の隣に来ると、腰に手を当てて形の良い胸を突き出しながら佐々木と長谷川の方に顔を向けた。


 「で?誰が『おばさん』なのかしら?」


 「ひっ!?」


 口角を上げて一瞬笑顔のように見える表情だが、目が全く1ミリも笑っていない。

 裕香さんは美人だ。

 美人が怒ると迫力がハンパない。

 裕香さんの迫力に気圧された佐々木と長谷川は、まさに『蛇に睨まれた蛙』状態である。

 その2人の『蛙』に向かって裕香さんがゆっくりと歩み寄る。


 「私のことをおばさんって呼ぶのは構わないわよ。どうせ貴女たちも3年後には今の私と同じ『おばさん』になるのだから。そんな事よりも、企業にエントリーしてもインターンシップにすら参加させてもらえないような大学生を、どこの会社が雇うと思ったのか教えてもらいたいものね。」


 「え……どうして……」


 「何でうちらがインターンシップ落とされてるの知ってんのよ?」


 「あら、図星だったのね。別に貴女たちの事なんか何も知らないわ。簡単な推理よ。社会を舐めた事言ってる大学生がマトモなエントリーシート書けるわけないじゃない。私みたいなでもそう思うんだから、企業の採用担当さんなら適当に書いてることくらい1行目から見抜いてるんじゃない?って思っただけよ。」


 「くっ!」


 「ば、馬鹿にして……っ!」


 「馬鹿にされてる自覚はあるんだ。他人は舐めてるけど自分が舐められるのは嫌だって、自己中も甚だしいわね。そんな人雇う企業、世界中探しても何処にも無いと思った方がいいと思うわ。」


 言い合いで裕香さんに勝てるわけがない。

 俺はともかく、あの陽キャの壮介ですら裕香さんに口で勝てた例が無いのだから。

 佐々木と長谷川はギリギリと歯ぎしりが聞こえそうなくらい歯を食いしばっていたかと思うと、『お前みたいなのが社長してる会社なんかすぐ潰れちまうよ!』と捨て台詞を吐いて去って行ってしまった。

 あいにく業績は良好だ。


 「普段は他人と殆ど関わらないのに、妙な人には絡まれるのね。」


 「べ、別に好きで絡まれてるわけじゃないんだから……」


 「好きで絡まれてたらそれはそれで問題ね。」


 確かに。

 俺と裕香さんは顔を付き合わせて笑っていた。



 「で、どうして裕香さんがここに居るの?今日は何も無かったと思うけど?」


 「うん。今日は何も無かったから、久し振りに『雅斗君』と食事でも行きたいなぁと思って。」


 裕香さんはさっきの目が笑っていない笑顔ではなく、今は頬を少し紅く染めた可愛らしい笑顔を見せていた。

 美人のマジ笑顔……破壊力ハンパねぇ。

 しかも『社長』ではなく昔から呼ばれていた『雅斗君』という名前呼び。

 俺は(ひょっとしたら……)という期待で心臓が胸を突き破って飛び出してくるんじゃないかと思うくらい高鳴っていた。


 「あ……う、うん……そ、そうだね……ど、何処行こうか?」


 「んー、そうだなぁ……」


 そう言って裕香さんは手に持ったバッグからスマホを取り出して店を検索し始めたのだが、同じタイミングで誰かから着信して画面が切り替わった。


 (え……)


 俺は見ちゃいけないと慌てて目を逸らしたが、裕香さんのスマホの画面に映っていたのは『壮介君』という名前だった。

 裕香さんは画面を他所に向けて『ちょっとごめんね』と言って俺の傍から離れ、声の聞こえない所まで行って電話に出ていた。


 (壮介と……裕香さん……はぁ……そりゃそうか……)


 壮介は頭も性格も人当りもいいイケメン。

 裕香さんは美人でスタイルも良く、何でも出来る完璧な秘書。

 美男美女カップル……当然と言えば当然じゃないか。

 裕香さんが俺みたいな根暗な奴に好意を寄せるなんて有り得ない。

 分かっている事なのに勝手に浮かれて……俺、バカみたいだ。


 「お待たせ。」


 5分程して裕香さんが壮介との電話を終えて戻って来た。


 「それで、駅裏にあるイタリアンのお店とかどうかな?」


 裕香さんは俺の気も知らずに明るい笑顔でそう提案してきた。


 「えっと……ごめん……ちょっと用事思い出したんで今日はキャンセルでいい?」


 「え?」


 俺に断られるなんて思っていなかったのだろう。

 裕香さんは目を見開いて驚いた顔をして俺の目をじっと見ていた。


 「ごめん……また明日、事務所で。」


 「ちょ、ちょっt……」


 俺は裕香さんが引き止めようとした言葉を聞き流し、住んでいるマンションとは反対の方に向かって足早に立ち去った。

 角を曲がる時、元居た方にちらっと目線を送ると、裕香さんはそのまま立ち尽くしているようにも見えた。



 かなり遠回りをしたのは覚えているが、ふと気が付くと、俺は住んでいるマンションの傍にある公園のベンチに座っていた。

 時間を確認しようとポケットからスマホを取り出して画面を見ると、壮介から3回程着信があったことが表示されていた。

 そしてスマホをポケットに仕舞おうとした時、4回目の着信があった。


 「もしもし。」


 俺は多少戸惑いつつ電話に出た。


 『おぉ、やっと出てくれた。今何処に居んの?』


 「家の近くだけど……」


 『そうなんだ。少し話せるか?』


 「え……」


 俺は裕香さんのスマホに出た壮介の名前を思い出した。

 分かってはいるが、モヤモヤとした感情が湧いて出てしまう。


 「いや……何で……」


 『何でって言うか、えーっと……お!見っけ。』


 「え?」


 スマホから聞こえる声が反対の耳にも届く。

 俺がスマホを当てた耳と反対の方へ顔を向けると、同じくスマホを耳に当てて右手を『よっ!』と挙げた壮介がいつもの爽やかな笑顔を浮かべて公園に入って来るのが見えた。


 「何で壮介が?」


 「いやぁ、なかなか電話に出ないから何かあったのかと思ってマンションに行ったんだけどコールしても居ないみたいだったし。暇だったんでこの辺ブラブラしてたんだ。」


 壮介はそう言いながら俺の座っているベンチまで来て隣に腰を下ろした。

 俺は通話が終了しているスマホをポケットに仕舞い、地面に視線を落とした。


 「それで、俺に何か用だったの?」


 「んー、俺の勘が合ってれば雅斗に用のある話になるかな。」


 「勘?」


 「うん。さっき裕姉から電話あってさ。」


 壮介から裕香さんの名前が出て、俺の胸がずくんと痛んだ。


 「雅斗と飯行くって言ってたのにその割に随分早くに連絡あったから、こりゃ雅斗と上手くいかなかったのかな?と思ってな。」


 「俺と……上手く……?言ってる意味が分からないんだけど……」


 壮介はベンチから立ち上がると大きく背伸びをして俺の方に向いた。

 見上げて見えた壮介の顔は、いつもと同じ爽やかな笑顔。


 「雅斗、お前裕姉に晩飯誘われたんだろ?」


 「う、うん……」


 「でもこの時間に独りで居るってことは誘いを断ったって事だよな?」


 「……」


 「あー、別に雅斗が裕姉の誘いをどうしようと、それは雅斗が決める事だから俺は気にしてないんだ。ただ、普段から雅斗は裕姉に気があると思ってたから何で断ったのかが知りたいだけなんだよ。」


 俺は、裕香さんから誘われた直後に掛かってきた壮介からの電話の事を言うべきかどうか迷っていた。

 言葉に出すと自分の惨めさが際立ちそうに思えたから。

 だが、壮介は頭がいい。

 隠していたところでそのうち気付かれるだろう。


 「電話……」


 「電話?」


 「裕香さんが俺を食事に誘ってた時、壮介から裕香さんに電話しただろ?」


 「ん?あー……あのタイミングだったのか。雅斗誘うのもうちょっと後かと思ってたな……って、俺が電話したから裕姉の誘い断ったの?」


 驚いたような顔をする壮介に、俺は少し違和感を覚えていた。


 「え?あ……うん……そうなる……かな……」


 「あちゃぁ……ひょっとして俺のせい?でも何で?」


 「何で……って……壮介が裕香さんに声掛けてるなら俺が居たらその……邪魔かなって……」


 驚いている壮介の顔がだんだん呆れ顔になっていく。


 「そういう事か……はぁ……全くお前って奴は。」


 「?」


 壮介は再び俺の隣に腰を下ろし、俺の顔を覗き込んできた。


 「気遣いは雅斗のいいとこだけどさ……明後日の方に早とちりした気遣いは誰も喜ばないぞ。」


 「ど、どういう事?」


 「雅斗の事だ。どうせ俺と裕姉が付き合ってるとか勝手な妄想して折角裕姉が誘ってたのに乗ったら俺に迷惑掛かるとか何とかで断った。違うか?」


 「な!?何で分かるんだよ……」


 「俺ら、何年付き合ってると思ってんの?」


 壮介は口角を上げて得意気にニヤッと笑うと、俺の肩をぽんっと叩いた。


 「ったく、手の掛かる親友だぜ。」


 そう言って壮介はポケットからスマホを取り出すと、何処かへ電話をしだした。


 「あ、もしもし壮介だけど、さっきの話、俺の推理に割と近かったかな。ちょっと代わるね。」


 そう言ってスマホを俺の方に差し出した。

 画面には『裕姉』と表示されている。

 俺は恐る恐る壮介のスマホを受け取って耳に当てた。


 「も、もしもし……」


 『馬鹿……』


 「ご、ごめん……」


 『はぁ……いいよ別に。壮介君の推理聞かされて何となくそんな気はしてたし。』


 「申し訳ない……」


 『もういいって。それよりもう一度仕切り直す?』


 「え?」


 『食事よ、食事。あれから何も食べてないし、安心したらお腹空いてきちゃったんだけど。』


 「あ、あぁ……そ、そうだね。」


 『決まりね。じゃあさっき言ってたイタリアンのお店行こうよ。もうお口がパスタになっちゃってるから。』


 「分かった……すぐに行くよ。」


 そう言って通話を終了させてスマホを壮介に戻す。

 壮介は爽やかな笑顔を向けて俺からスマホを受け取った。


 「行って来るよ。」


 「あぁ。」


 「ところで壮介。」


 「ん?」


 「壮介は裕香さんのこと……その……す、好きとか……」


 「あー、まぁ裕姉は勿論好きだけど、ほら、俺いくら誰かを好きになってもどうせ親の連れて来た子と結婚する事になるじゃん。」


 壮介は『西園寺グループ』の後継者。

 生まれた時からそう決まっていて、良くも悪くも将来のビジョンが固まっている。

 『それじゃ壮介の意志は』と思った事もあるが、彼自身がそれを受け入れているのであれば、いくら親友だったとしても外野がとやかく言う筋合いは無い。


 「それに、実は大学入ってすぐに見合いしててさ。」


 「は?」


 「相手は『早乙女さおとめホールディングス』の総裁の孫娘。これがまためちゃくちゃ可愛いのよ。初対面でマジで惚れちゃってさ。もう大学出たらすぐ籍入れるって決めてるんだ。それに……」


 「それに?」


 「裕姉と違っておしとやかで物静かな子だからモロ俺のタイプなわけよ。」


 壮介が誰に聞かれるわけでもないのに俺の耳元に顔を寄せてそう呟くと、俺も壮介も声を上げて笑ってしまった。


 「まぁ、雅斗は裕姉の尻に敷かれるくらいがいいだろうからお似合いだよ。」


 「ありがとう。裕香さんにそう伝えておくよ。」


 「ちょっ!それは無いぞ雅斗!」


 俺は壮介に頭をぱしっと叩かれつつ、笑いながら壮介と別れて裕香さんの待つ店へと足を運んだ。



 「馬鹿。」


 店に入り、席に着くと同時にもう一度裕香さんにそう言われた。


 『幼馴染を信じなさい。』とか『壮介君の家柄を知っていれば私が壮介君と付き合えるわけがない事くらい秒で理解出来た筈。』とか『人に気を遣うのと同じくらい自分にも気を遣いなさい。』等々、パスタの味が分からなくなるくらい懇々と説教めいた事を言われた。


 「わ、分かったから……もう勘弁……」


 序盤で早々に降参していた俺は、机の上に手をついて頭を下げっぱなしだった。


 「それから……」


 「ま、まだ何か……?」


 裕香さんは机に身を乗り出して顔をぐっと近付ける。

 俺は気圧されて少し後ろに仰け反ってしまうが、裕香さんの目が『ちこうよれ』と言っているように見えて姿勢を正す。


 「いくら幼馴染でも、言葉にしないと想いは伝わらないの。」


 「う、うん……」


 「伝えたい気持ちは言葉で、はっきり伝えるのよ。」


 「わ、分かってる……」


 「だから私の想いを言葉にしておくわ。」


 「へ?」


 裕香さんはそう言うと、一旦椅子に座り直してふぅっと大きく息を吐き、再び身を乗り出して顔を近付けてきた。


 「雅斗君が大学を卒業したら、私をお嫁さんにしてね?」



 2年後。

 俺と裕香は壮介の結婚式に招待されていた。


 イケメンに磨きの掛かった壮介が珍しく緊張の面持ちで入場してくる。

 花嫁と花嫁の父親がバージンロードを歩いてきて、祭壇の前で花嫁は壮介の元へ。

 讃美歌が流れ、牧師が聖書を読み上げる。

 壮介と花嫁の間で誓いの言葉が交わされ、指輪が交換される。

 向かい合う壮介と花嫁。

 壮介が花嫁のベールを上げ、そっと口づけを交わす。

 目が眩みそうなくらいのフラッシュが2人を祝福するように焚かれた。


 その様子を眺める俺の肩に、裕香がこつんと頭を当ててきた。

 俺は、体の横で繋いでいた裕香の手をきゅっと握って応えていた。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

かけがえのない幼馴染という存在 月之影心 @tsuki_kage_32

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ