夜空の涙

「ねぇボス、いつアイツら殺しに行くの?」


幼い声の少女が声高に話している。




「あぁ、いつが良いかな」


どこかやる気のない声で適当に返す。




「早く行こうよ!今日でも良いんだよ?」


椅子に座っている少女はジタバタと手足を動かしていた。




「分かったよ、じゃあ明日」




「本当だよ!絶対だからね!」




「あぁ、もう分かったから少し黙ってろ」




「あとボス?そろそろ止めないと、その人ブタ死んじゃうよ?」




「そうか?そりゃぁありがとうな、杏あん美び」




個性を使った犯罪は世界中で確認されている、元々、裏の世界に住む人間からすれば、手段が1つ増えただけだが、裏に属さず、暗い闇を抱えた人間からすれば、余りにも大きな物で力だった。








「新屋!アンタまた1人で怪物倒したの!」


ヒーロー事務所「BBB」いつもと変わらない風景が流れている。




「だって、先に向かったっていう他のヒーローが、まさか交通事故に遭うなんて思っても無かったから、もう終わったかな?って思って着いたら、始まっても無かったんだぞ!」




「だったらアンタは撤収しなさいよ!」




「ヒーローが逃げるなんて出来るかよ」




「アンタはヒーロー以前に貧乏神なんだから、逃げるのは事務所の為でしょ!」




「貧乏神ってふざけるなよ!」




「貧乏神でしょが!アンタが倒したせいで、また8,400円しか事務所に入らないのよ」




「良いだろ!民間人は助かったんだから」




「良くないわよ!民間人助ける前に、事務所の懐を助けなさいよ」




「ヒーローが金金言うなよ!」




「言うわよ!ボランティアで人は助けられないのよ」




熱くなった二人を丸めた新聞紙で大鐘が叩いた。




「いい加減にしろお前ら、いつまでも子供みたいな喧嘩をするな」




「だって大鐘さん」




「はぁ、私は悪くないから」


また睨み合う二人。




「いい加減にしろ!」


今までに聞いた事のない程の迫力で怒鳴った。




「まず、春木!お前は赤波コイツが現場に向かっている時、何をしていた」


普段、奈々ちゃん呼びなのに今は違う。そして二人の間に立った大鐘が質問をして来た。




「えっと・・・その時は予約していた美容院に向かってた」


少し答え難そうに言葉を返す。




「なんでヒーローの要請があったのに向かわないんだ?」


静かに聞いて来る事が逆に緊張感をあたえ、場の空気を凍らせる。




「だって美容院が・・・・」


それ以上は言葉が出なかった。いや、出せなかった。




「赤波、お前はなんで一人で向かった?」




「先に向かっている他のヒーローがいるって、聞いていたので」


初めは大鐘の目を見て返していたが、最後は目線を反らした。




「事務所にも連絡は入れないのか?」




「いやっ!」




「なんだ?急いでいたのか?急いでいたら連絡はしなくても良いのか?」




言葉が出ない、自分の甘さが原因だと分かってしまったからだ。




「春木、お前は勘違いをしている、俺達ヒーローが飯を食えているのは、数多くの人が協賛してくれているからだ。小さな子が自分のお菓子を買うよりも、ヒーローが頑張れるようにっと寄付をしてくれているんだ。確かにお前が稼いだ金だ、お前が自由に使えば良い。だけどな、ヒーローはオシャレをするのが仕事じゃないんだ!


人に希望を与えるのが、「ヒーロー」なんだ!」




一人の資産家が自分の全財産を投げ出して、作られたヒーロー組織


組織を支えるには資産家一人の財産は余りにも少なく、多くの助けの上に存在していた。




「私は別にそんな軽い気持ちでヒーローやってないし」


春木にも、まだ人には言えない理由があってヒーロー活動をしていた。




「赤波、お前にも言えるぞ!」




「俺ですか?聞いていて平気そうでしたけど?」




「じゃあ、お前先月幾ら稼いだ?」




「25,200円です」


極小の小声で答える。ボソボソ何を言っているのか、聞き取れない程に。




「お前、その金で人助けしたいか?」




「出来るなら・・・」


まだボソボソと答える。




「一日840円、三食食うなら280円だぞ?」




「問題ないと思います」


不貞腐れた様にボソボソ。




「お前舐めてるのか?腹が減ってる奴が人を助けられるかよ」




「俺なら行けます」




「その状態でお前が行くのはあの世だよ。赤波、俺達には金が必要なんだよ」




「でもさっき、ヒーローは金じゃないって」


少し声が出始めたボソボソ。




「俺は言って無いだろ?オシャレをする仕事じゃない。希望を与えるのがヒーローだって言ったんだ」




「でも意味的には変わらないんじゃ・・・」


ボソボソ。




「俺は金が大事だと思っている、それはヒーローとしての肉体はもちろん、訓練の為には場所を借りないとダメだ、そして、ヒーロー事務所を構えるには費用が掛かる」




「じゃあ事務所といらないんじゃ」




「事務所は絶対に必要だ、市民に安心してもらうには、目に留まる。目立つことが大事なんだ。そうすれば、犯罪者達もうかつには手を出せない。事務所は街の平和には欠かせない。


そうなると、俺達ヒーローには金が必要なんだ」




「分かりましたよ、俺が悪かったです」




「俺に謝ってどうする?奈々ちゃんに謝れ」


奈々ちゃん呼びに戻っていた。




「なんで春木に?」




「もう良いです!」


春木が強い口調で止めた。




春木は手を強く握り絞め、赤波を見る事も無く事務所を飛び出していった。




「春木の奴、急にどうしたんだ」




「赤波、アイツなお前の給料分稼いでたんだよ。お前には言うなって言われてたけど、お前が余りにもバカだから」


大鐘はすこし疲れて様に頭を掻いている。




「追わねぇのか?女泣かせたんだ、責任取って来いよ」


鋭い眼光で見つめる。




「いっ行って来ます」








「春木!さっきはごめん、何も知らなかったのに偉そうなこと言って」




「あぁ、あのモジャモジャから聞いたんだ?」




「いや!その・・・・」




「もう良いよ別に・・・」




静かな時がしばらく続いた。空の雲も形を変える程に。




「私ね昔凄い貧乏だったの」


春木が突然話し出した。




「えっ?」




「まぁ聞いてよ、両親は働いていたけど、散財癖が酷くて、光熱費なんて払えないから止まるのが当たり前、ご飯も普通のなんて食べれない。カビが生えてなければ良いか?そんな感じだったの。学校の給食を食べたいけど、お風呂にも入れていないから行けない。けどお腹が空くから危なくても食べる。そんな生活が続いた。


ある時、川で溺れてる子供がいて、個性を使って助けたの。


そしたら、近くを通りかかった本部の人が私を見つけてくれて、事情を知ったその人はウチの両親に、本部で預からせてくれって言ってくれて・・・・そしたら両親がなんて言ったと思う?」




「・・・・・わからない」




「今すぐ5万くれるなら良いって・・・その人はすぐに渡すと、私の手を取って家から出してくれたの、そのあと、一緒に牛丼屋さんに行って「安心して食べな」って大盛りの牛丼を頼んでくれたの」




赤波は何も言えず聞く事しか出来なかった。




「でもね、良かった。ヒーローになって人を助けて、自分はここに居ても良いんだって思えたから」




「なんで・・・」




「なんで大鐘さんにこの話をして言い返さなかったんだ!」




「だって、私を見つけてくれたのが「大鐘さん」だから、だから自分の行動が悔しくて、頑張れたのに、皆と笑って居たいのに」




「一緒に戻ろう!戻って謝って、一緒にこれから頑張ろう!俺もどんな仕事でも受けて、頑張るから!」




春木は大粒の涙を流して、流して、流して、その日の夜空に心の重しを置いて来た。


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