第15話 痴漢ではなく置換
あまねはどうやら家を出たようだ。
しかし、何も言わずに帰るなんてあまねにしては珍しいというか。
今までになかった対応に戸惑っていると、
「ぴりりりr」
電話が鳴った。
あまねからだと思って慌てて電話を取る。
「あまね?」
「ぶー、残念私でした」
「その声は……イリアさん?」
「正解。ちなみに今、私が何してるかわかる?」
「いや、それは知りませんけど」
「ヒント。一人」
「いや、一人でテレビでも見てるんですか?」
「残念、もう一つヒント。気持ちいいこと」
「……やめてくださいそういうの」
「あら、正解は美顔器を当ててる、よ。何想像したのかしら?」
「な、なんなんですか一体!? ていうかどうして俺の番号を」
「あまねに今聞いたわ。あの子、あなたがあまり相手してくれなくて寂しかったみたいよ」
「あまねが? いや、だってそれはあいつが」
「言っておくけど私だって誰にでも監禁される趣味はないわ。好きな人だから縛りたいし縛られたい。それが体か心かの違いってだけで、みんなそうじゃないかしら」
「……だからなんなんですか」
「ねえ、亀っていちいちエロいと思わない?」
「だから何の話ですか!」
「亀甲縛りとか亀頭とか」
「亀に謝罪しろ!」
「亀をしゃぶろう?」
「耳腐ってんのか!」
「耳はいじられすぎて感度低いわね確かに」
「……」
一体何の電話だ?
いや、あまねがイリアさんに泣きついて、俺に電話させたって感じか?
にしても酷い会話だ。
「ちゃんとあまねにこの後電話するのよ。さっきはごめんって」
「なんで俺が謝らないといけないんですか」
「あら、当然よ。心当たりない?」
「……」
「まだまだね。あなたがちゃんとしないからあまねは傷ついたのよ」
「ちゃんとって……俺はちゃんとしてますよ」
「いいえ。監禁生活に尿瓶の一つも買ってないのはお粗末よ」
「知るか!」
「いきなり大声出さないで。とにかくあまねに電話なさい。じゃ」
「あ、ちょっと」
電話が切れた。
なんて一方的な内容なんだ、全く。
「でも、あまねに電話か……してみるか」
なんで急に帰ったのかは知らないけど、俺だって別にあまねと気まずくなりたいわけじゃない。
だからすぐに電話をかけると、あまねは待ち構えていたかのようにすぐに電話をとった。
「あ、もしもしあまね?」
「……そうちゃん、怒ってない?」
「いや、別に。ていうか家帰ったのか?」
「……今、すぐそこの公園にいるの」
「おい、夜中だぞ? 危ないからさっさと帰れ」
「迎えにきてくれないと帰らないもん」
「……今すぐいく」
こんな夜中に何をやってるんだと呆れながらも、心配ですぐに家を出た。
で、すぐそこの公園に向かうとベンチに腰かけて街灯に照らされるあまねの姿が。
「あまね」
「そうちゃん……ごめんなさい、さっきは」
「何の話だよ。別にトイレ我慢してたくらい、いいだろ」
「そうじゃなくって……勝手に閉じこもって、ごめんなさい」
「わかればいいよ。ほら、帰るぞ」
「うん」
どうやら先ほどの醜態を醜態だと認識しているようだ。
それでいい。
もしあまねがイリアさんのような生粋の変態なら、さっきの状況にも興奮して、なんならおもらしして、それを恥じることなく威張っていたに違いない。
そう考えると今こうして俺の隣で落ち込むあまねはまともだ。
変態、じゃないのかもしれない。
あまねが変態でないとすれば俺は……。
「なあ、そのまま家、帰るか?」
「うん。明日の朝、また行くね」
「そっか。でも、パンツ奪いにくるなよ」
「えー、それが朝の楽しみなのに」
「ダメ。反省してるなら明日くらい我慢しろ」
「むー。わかったもーん」
さすがに今日は大人しく、あまねは家に帰っていった。
ま、心配するほどのことでもなさそうだ。
明日になったらまた、ケロっとした顔でやってくるに違いない。
「さーて、俺も寝るか」
俺も部屋に戻ってさっきまであまねが立てこもっていたベッドの布団を直す。
そして寝転がろうとしたその時。
ひらりと、一枚の白い布が舞った。
「……これは?」
手に取ってみると、三角形の布だった。
真ん中に小さなリボンがついた、ひらひらとしたもの。
「……ってパンツ!?」
パンツだった。
女性もの。
セクシーなもの、とまでは言わないがだからと言っておこちゃまパンツではない。
慌てて手放す。
「こ、これってあまねの……」
まじまじと見るのもどうかと思うが、見てしまう。
すると、何か書いてある。
『今日はごめんなさい。お詫びにこれ、あげるので使ってね。あまねより』
と。
「……いや、だからどうやって使うんだよ」
もちろん健全な男子高校生の俺は女性用下着の正しい使い方なんて知らない。
ていうか今、これをどう処理したらいいのかに迷っている。
捨てるべきなのか、置いておくべきなのか。
ただ、どちらにせよこのまま放置はまずい。
部屋に幼馴染のパンツをそのままにしてるなんて、誰かに知られたら終わりだ。
「ぴりりり」
目の前の布をどうするべきかと、パンツとにらめっこしているところに電話。
「は、はい」
「あら、あまねとは仲直りしたようね」
「イリアさん? なんですかこんな時間に」
「あら、今からが本番よ」
「なんのですか」
「ねえ、今のうまかったと思わない? 本番と本番行為がかかってて」
「だからなんの話だよ!」
「もう、せっかちね。あまねからのパン通、読んだ?」
「ぱん、つう?」
「ええ、パンツを介して互いの想いを伝えあうという、このデジタルな世の中に新風を巻き起こすアナログで古典的な文通方法よ」
「だったら文通でいいでしょ!」
「文通がなぜ廃れたかわかってないの?」
「そりゃメールとかラインとか普及したからでしょ」
「ぶー。手紙なんてもらっても嬉しくないからよ」
「いや、内容によりません?」
「いいえ、思いを綴った文章は重いし、かといって内容のない文面ならその手紙はただのごみ。その点、パン通ならパンツをもらえる時点で嬉しいという特典が付くわ」
「誰もがパンツをもらって喜ぶと思うな!」
「へえ、あなたは嬉しくないんだ」
「う、嬉しくなんかないですよ」
「今、あまねが穿いてないところを想像しても?」
「え?」
「さっきまで穿いてたものを、ダイレクトにあなたの部屋に置いていったその状況を想像しても?」
「……いや、嬉しくないです」
「ふーん、固いのね。あ、あそこも固くしてる?」
「してません! なんの電話ですかこれ」
ほんとなんの電話だこれ。
「慌てないのよ。早漏は嫌われるわ」
「早漏かどうか知りませんよ」
「ちなみに一人でやりすぎると遅漏になるから気を付けてね」
「どういうアドバイスですか」
「とにかく、パン通にはパン通で答えなさいね。明日もあまね、くるんでしょ?」
「まあ、来ると思いますけど」
「じゃあ、ちゃんとメッセージを書いて渡してあげなさい」
「いやです。俺、パンツに落書きする趣味はないんで」
「あら、趣味と主義は違うって人なのね」
「あまねに変なこと教えてるの全部あんただな!」
で、この後も会話は少々続いたが。
彼女の話には何の内容もなかった。
覚えているのはこれくらい。
「ねえ、小説の文章で『しゃべる』を『しゃぶる』に置き換えるととんでもない変態作品になるから今度やってみて」
だそうだ。
いや、知らんわそんなん!
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