第13話 あれ
「さて、いただくわよ」
「いただきまーす」
「……」
「……」
威勢よく食事を始める女子二人。
すっかり元気も食欲も失せてしまった男二人。
特にイリアさんの彼氏さんは気まずそうにしている。
まあ、初対面の高校生二人を前に、恥ずかしい性癖を暴露されたばかりだもんなあ。
フォロー、しないと。
「あ、あの。お名前は?」
「あ、ああ志門司だよ。君は?」
「俺は紅井壮太です。あの、なんかすみません」
「いや、こちらこそ。なんかごめん」
「……」
「……」
ダメだ、会話が続かない。
多分まともな人なのに、さっきの話のせいでこの人まで変態に見えてしまう。
ああもう、フォローしろよ変態達!
「イリアお姉ちゃん、パスタおいひいね」
「ええ、いい感じね。もっとこう、イカの香りがすればもっといいけど」
「ね、ね、私まだ知らないんだけどあれってほんとにそういう匂いなの?」
「そうねえ。でもどちらかといえば臭いだけね」
「おい食事中にやめろ」
「あら、何の話だと思ったのよ?」
「いや、それは、あの、あれだろ?」
「何を考えてるのかしら嫌らしいわね。最近流行ってる香水の話よ?」
「イカの香りがする香水なんかあるか!」
「それがあるのよ。無知のくせに突っ込まないで」
「ぐ、ぐぬぬ」
「ほんと突っ込むしか能がないわね。昼も夜も」
「やかましい!」
イリアさんと司さんの会話は終始こんな感じだ。
ただ、険悪というより熟年の夫婦漫才を見ているような感じ。
ふむ、仲がいいのか悪いのかわからん。
「ね、ね、二人の会話ってなんかラブラブだよね」
「どこがだよ。喧嘩だろ」
「でも、なんかお互いに通じ合ってるよね。やっぱり通じあったら通じ合うのかなあ」
「何の話だよ」
「そうちゃん、私たちも通じ合いたいなあ」
「心の話、だよな?」
「心の話も、だよ?」
「……」
まあ、確かにそういう関係になればもっと親密になるのだろうとは思うけど。
でも、そうなると俺も司さんのようにずっと変態のボケに突っ込み続ける日々になるというのか?
……嫌だなそれは。
「ね、ね」
「今度はなんだよ」
「イカ墨パスタおいしいよ? 食べる?」
「いやいいよ。俺は自分のあるし」
「オムライスも食べたいな。わけっこしよ?」
「まあ、それならいいけど」
「わーい。じゃああーんして?」
「いや、自分で」
「あーん?」
「……わかったよ」
俺はオムライスをスプーンで掬ってあまねに食べさせる。
すると、ほんのり頬が赤くなる。
「へへ、そうちゃんのスプーンなめちゃったあ」
「あ、お前それが狙いだったな」
「えへへー、気づかないそうちゃんが悪いもんねー」
「ったく。俺は自分で食うからな」
「えへへー」
喜ぶあまねを見て呆れる。
ただ、なんだろう、前より嫌じゃない?
間接キスなんて可愛いもんじゃないかと、そう思ってる?
「あら、早速いい効果が表れたわね」
戸惑う俺に対し、向かいの席でイカ墨パスタを食べながら口の周りを黒くするイリアさんがそう言った。
「いい効果?」
「ええ。気を隠すなら森、というでしょう。あまねの変態行為だって、もっとハードなものを体感すれば可愛いものだって、わかったでしょ」
「そ、それってつまり」
「私と比べればあまねなんて変態でも何でもないわって話よ。井の中の蛙ってわけよあなたは。あら、でも森の中に隠れてするのと井戸の中だったらどっちがいいかしら?」
「知らんわ!」
「あ、もしかして海の中派だった?」
「そんな派閥ねえわ!」
「ふふっ、可愛いわね。ちなみに私は公園のベンチ派よ」
「余計知らんわ!」
俺まで、司さんみたいなツッコミになってしまう。
それくらいイリアさんの会話はどうでもいい性癖話ばかり。
ああ、こんなの毎日聞かされるくらいならあまねの方が百倍まし……ん?
「ほら、今あなた、あまねの方がマシだなってなったでしょ」
「そ、それは……」
「さて、私と司は用が済んだことだし帰るわよ」
「え、もう帰るのお姉ちゃん?」
「あまね、明日もこっちいるからまたゆっくりと。あ、ちなみに用が済んだっていうのはさっきトイレに行った時の話じゃなくてね」
「あーもういいですわかってますって」
「あら、そっけないのね彼氏君。ま、いいわ。とりあえずまたあとで連絡するから。じゃ」
パスタの最後の一口をちゅるっと食べきると、イリアさんはさっと席を立って伝票を持つ。
慌てて司さんも立ち上がる。
「お、おい急だなイリア」
「あとは若いもん同士でっていうでしょ」
「見合いじゃねえんだから」
「でも、見合いってそう考えたらエロイわよね。あの場でおっぱじめる人とかいるのかしら」
「絶対いないと思うぞ」
「あら、それじゃ私たちは両家の挨拶の際に一発やっとく?」
「やらんわ! 破談だよそんなの」
「破水? まだ妊娠してないわよ」
「あーもういいから帰るぞ」
「じゃあごちになるわね司」
「……わかったよ」
去る間際まで漫談を続ける二人に圧倒されたまま、結局礼を伝える間もなく二人は店から出て行ってしまった。
「……なんだったんだ」
「イリアお姉ちゃん、やっぱり面白いよね。私、ああいう大人になりたいなあ」
「いや、絶対目指したらダメだろ」
「でも、イリアお姉ちゃんと話してる時のそうちゃん、なんかいつもより元気だったなあ。なんかやきもちだもん。むー」
「ど、どこがだよ。イライラしてただけだろ」
「楽しそうだったもん。むー」
「……俺が?」
あれのどこに楽しい要素があったっていうんだ?
ある意味でユニークともいえるが、変態嫌いを公言する俺からすれば笑えるネタでもない。
ただ、一つだけ言えることは驚くほどきれいだったってことだ。
あんな美人、多分この人生で二度と出会うことはないだろう。
司さんも、あの容姿があるから変態な部分には目をつぶっているって感じなのかな?
今度、聞いてみたいもんだ。
「さて、俺らも行くか」
「うん。ね、ね、帰りにデザート買いたい」
「ああ、それならコンビニ行くか」
「ね、コンビニで買うのはアイスだけでいいの?」
「別に俺はほしいものないけど」
「ないの? なくていいの?」
「なんの話だよ」
「何の話でしょう、ふふっ」
「……おやつの話かな?」
「おやつ感覚でいいよ」
「だからなんの話だろうね!」
「もー、わかってるくせに」
「……」
コンビニへ向かう途中、あまねの言う「あれ」を買っておかなくていいのかどうか、相当迷った。
が、買ったらつまり、そういうことをしてしまう。
そしてしてしまったら最後、俺も司さんのような運命は免れない。
だからやっぱり買わない。
店に入って奥に行くとちらりと見えた「あれ」を俺は買わない。
買わなかったことが裏目に出ないことだけを祈りながら、アイスだけをレジへ持っていった。
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