第12話 イカ

「おねーちゃん、お待たせ」

「あら、あまね。パンツはゲットできた?」

「んー、まだなの。難しいねやっぱり」

「まだまだね。あら、昨日のパンツ君じゃない」

「人をパンツ呼ばわりしないでください」


 昼。


 待ち合わせ場所になっている近くのファミレスに行くと、昨日家でエンカウントした銀髪の変態が立っていた。

 なぜか変なポーズで。


「あの、なんですかその立ち方は?」

「あら、ジョ〇ョ立ちしたらなんか興奮するのよ」

「見られてますよ、通行人に」

「見られると高まるでしょ。視姦って言葉、知らないの?」

「知ってますけどそれを喜ぶ人は知りません」

「そ。まだまだ視野が狭いのね、彼氏君は」

「……」


 もう、ここまで話しただけでよくわかった。


 この人、病気だ。

 あまねのことをやばい奴だと思っていたけど、上とか下とかそういう話じゃない。

 この人、変態そのものだ。


「あら、上から下までなんて、エッチな子ね」

「地の文を読んでくるな! あと微妙に曲解するな!」

「そういううるさいツッコミ、誰かにそっくりね。あ、突っ込み方っていうのはボケに対する返しだから、勘違いしないで」

「するか!」


 もう、何を話しても変態用語に変換される。

 しゃべったら負けまである。


 ……こりゃ強敵だ。


「で、イリアさんの彼氏さんは?」

「ああ、あのグズはちょっと遅刻。先に入ってましょ」

「はあ」

「あら、もしかして3Pを想像した? いいけどまだ明るいわ」

「いいわけあるか! ファミレスだぞここ」

「ファミレスじゃなかったらいいの?」

「そ、そういう話じゃないでしょ」

「冗談よ。さて、舌が滑らかになってきたから中でしゃべりましょ。あ、舌はなめらかっていうのは」

「説明せんでいいわいちいち!」


 全く話が前に進まないまま、強引に店の中に入る。

 放っておいたらいつまでも店前で下ネタを連発され続けて日が暮れそうだ。


「さてと、何食べる?」


 席に座ってすぐ。

 向かいの席で足を組みながらイリアさんが俺たちにメニューを開いて見せてくる。


「くぱあ」

「開くときの音、いりませんよ」

「あら、こういうのわかるんだ。変態ね」

「……あなたにだけは言われたくないです」

「そ。あまね、何食べる?」

「んー、お姉ちゃんは?」

「私はこれから来る彼氏の耳をハフハフするから飲み物だけでいいわ」

「わー、それじゃ私もそうする!」

「やめい!」


 目の前の変態に触発されて俺の耳をハフハフしようとする幼馴染の変態を制止していると、店員が気まずそうにこっちを見ている。

 決して仲間にしてほしそうではない。

 でしょうね。俺も逃げたいもん。


「さて、冗談はさておき私はパスタにするわ」

「私カルボナーラにしようかなあ」

「甘いわよあまね。ここはイカ墨パスタにしないと」

「えー、おいしいの?」

「イカ臭いなんて最高じゃない」

「あ、ほんとだ! すみませーん、イカ墨パスタ二つくださーい」

「……」


 もう、食べるものにまで変態要素が混入している。

 由々しき事態である。

 ていうか帰りたい。

 なんだよこれ、なんの場だよこれ。


「彼氏君は?」

「俺はオムライスでいいです……」

「あら、オムライスの包み具合と自らの包まれ具合をリンクさせるなんてなかなかね」

「しとらんわ!」

「いいのよ、日本人は基本的に包まれてるものだから」

「だからそういう話じゃなくて」

「照れなくていいわよ。昨日見たけど、ちゃんと剝けてたわ」

「見たんかよ!」


 見られてた。

 そりゃそうだ、パンツ脱がされたんだから。


 ……恥ずかしい。


「それじゃ料理が来るまでの間、建設的なお話をしましょう」

「健全な話にもしてくださいね」

「もちろん。時に彼氏君、あなた、あまねとちゃんと付き合う気、あるの?」

「え?」


 急に真面目なテンションで真面目に質問されて俺は驚いてしまう。

 この人、普通の会話できたんだ……って、あまねとちゃんと付き合う気があるか、だと?


「あなた、あまねの求愛を拒否してるそうじゃない」

「拒否って……俺はただパンツをくれって言われることを拒んでるだけで」

「パンツなんて好きな人にならいくらでもあげれるでしょ。結婚すれば互いの洗濯ものも一緒に洗うんだし、気になるところなんてないはずよ」

「そ、それは、そうですけど」

「それに恋人同士となれば恥ずかしいところも見せあって当然でしょ。あまねは余すことなくあなたに自分をさらけ出しているわ。それってすっごく勇気のいることよ」

「……言いたいことはわかりますけど」

「で、どうなの? あまねのことが好きなの? それとも嫌いなの?」

「お、俺は……」


 なんでこんな変態に押し切られそうになってるんだ。

 でも、言うことがいちいち正論すぎる。

 俺はどうしたい?

 あまねと、どうなりたい?


「俺は……ええと」

「ふむ、ちゃんと考えてはいるようね」

「え?」

「いえ、ここで私が迫って言わせたみたいになるのはちょっとフェアじゃないものね。ちゃんと二人っきりの時に、あまねに話してあげなさい」

「イリアさん……」

「ちなみにおすすめの告白の仕方は、中でいきそうになった時に「好きだ!」って叫ぶことよ。子宮に響くわ」

「却下です!」

「あらそう? 私の彼はいつもそうだけど」

「……」


 できたらそういう人の見えない部分は聞きたくなかった。

 それに彼氏さん、まだ会ったこともないのに。


「お待たせ」

「あら、遅いわよ司」


 なんて思ってたらその彼氏さんが来た。

 ……普通の人っぽいな。


「ごめん大学に提出するレポート忘れてて」

「ほんとドジね。あ、注文は先にしてるから被らないようにしなさいよ」

「お前はどうせイカ墨パスタだろ。俺はハンバーグにするよ」

「へえ、わかってるじゃない」

「付き合い長いからな」

「じゃあ今私たちが何話してたかわかる?」

「え? いやあそこまでは」

「正解はあなたに中出しされながら告白された話よ」

「何の話しとんじゃい!」


 冷静から一転、思いっきり突っ込む彼氏さんはどうやら正常な人のようだ。

 うん、変態の彼氏だからって変態とは限らないってわけか。


「あら彼氏君、正常位が好きなの?」

「だから地の文を読み間違いすな!」


 でもやっぱり、隣の銀髪は変態だ。


 ううん、食事前からすでにお腹いっぱい、なんだけど。


 あと、なんでこんな変態のことをキラキラした目で見てるんだよあまねは。


「お姉ちゃん、素敵」

「……」


 もどってこーい。

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