第8話  蜜をかける

「ねえそうちゃん、なんでそっぽむくのー?」

「うるさい、ほっとけ」

「はううっ、なんか冷たくされるときゅんきゅん」

「……放っておいてください」


 エッチなお誘いを受けすぎてすっかり妄想が膨らんでしまった俺は、あまねと目を合わせまいと必死に避けていた。


 オムライスはうまかった。

 ただ、そのあとがまずい。


 執拗に俺に寄ってくるあまねからは甘い香りが振りまかれるし、頭の中はエロい妄想でいっぱいだし。

 こんな状態であまねを見たら俺は理性がバイバイしてしまいそうで。


「と、とにかくもう部屋に戻るから」


 逃げた。


 とりあえずあまねと距離を取っておかないと今日はやばい。


 あまねを振り切って、先に部屋に逃げ込んだ。


「……ふう。やばかった」


 以前にも増してあまねは積極的になってきている。

 パンツパンツと言っていたころはまだましだったが、ここ数日は露骨にエッチな要求をしてくる。


 俺だってそういうことに興味はある。

 むしろ早くしてみたいまである。

 でも、あまねにそれを許せばもう、どんな変態要求も断れなくなる。


 下着も、靴下も、なんなら汗だくの自分自身だって。

 差し出さなきゃならなくなる。


 そう思うと、易々とあまねの誘いを受けられない。


「……くそっ、まだ妄想が」


 頭から離れない。

 ココアパウダーがかかったあまねの姿が。

 俺の妄想なのに。

 見たわけでもないのに。

 なんでこんなに頭の中にくっきり浮かんでくるんだ。


「……俺も変態になってんのかなあ」

「ね、ね、そうちゃん?」

「あ、あまね?」

「ね、開けて? 寂しいよう」

「……」

 

 扉の向こうからあまねの声がする。

 でも、今開けたら妄想が膨らんだ俺の頭はあまねをエロい目で見てしまう。


「……ごめん、ちょっと一人にしてくれ」


 考えた挙句、冷たい言い方になってしまった。

 飯まで作ってくれた幼馴染に対して言うセリフとしては最低だって自覚はあった。

 でも、このまま欲情に流されるっていうのもごめんだ。


 俺はちゃんとあまねと……。


「……うん、わかった。一人になりたい時もあるよね」

「あまね?」

「私、洗い物して待ってるから。落ち着いたら出てきてね」

「う、うん」

「ちゃんと後で話、聞かせてね?」

「う、うん? まあ、わかった」


 あまねは少し寂しそうに問いかけてから、そっとドアのそばを離れたようだ。

 静かな足音が遠ざかっていく。

 

 俺はその気配に一息ついた後、色々と考えさせられた。

 あまねはいつだってまっすぐだ。

 俺に対して一生懸命だし、変態要素はあるがそれだってもしかしたら俺が受け入れたら落ち着く可能性もある。

 意地になって突っぱねてるからエスカレートするだけなのかもしれない。


 もう少し、俺も素直になってみようかな。


「……戻るか」


 こうしてる間にもあまねに一人で洗い物をさせてると思うと申し訳ない気持ちになって、部屋を出てキッチンへ。


 すると、お皿やコップを一人黙々と洗うあまねの後姿が見えた。


「あまね」

「あ、そうちゃん。もういいの?」

「う、うん。あのさ」

「ん? どうしたの?」

「……」


 さっきはごめん。

 その一言がなかなか言えない。

 でも、酷いことを言ったのに素知らぬ顔でいてくれるあまねを見て、やっぱり言わないとって思わされる。


「……あのさ」

「ね、その前に聞いていい?」

「ん、なんだ?」

「ね、ね、何見てしたの?」

「……何の話?」

「もー、とぼけてもだめだよー。さっき一人でしてたんでしょ?」

「……いや、何の話?」

「だってそうちゃん、ムラムラしたから部屋で一人になって、すっきりしたんだよね? ね、ね、男の子って何見てするの? 私も見たいなあ」

「……」


 一人にしてくれとは言った。

 ただ、俺が一人になりたかったのは気持ちを落ち着かせるためだ。

 決してすっきりして落ち着こうなんてわけじゃない。

 いや、わかるだろ!

 幼馴染が家にいるのに部屋に籠って一人でおっぱじめるやつなんかいるかよ。


「俺は何もしてない」

「え、してないの? 私はさっきちょっと、したよ?」

「したの!?」

「うん、だってそうちゃんの匂い嗅いでたらムラムラしちゃって」

「いやいや、俺の家だよここ?」

「そうちゃんのおうちっていうのが余計にいいんだもん」

「……」


 謝る気は完全に失せた。

 ていうより人の家で何してるんだって怒りの方が強くなってくる。


「おい、そんな手で洗い物するな」

「えー、ちゃんと洗ったよ? あ、でも椅子がちょっと」

「汚したのか?」

「汚してないもん。濡れちゃっただけ」

「それを汚してるっていうんだよ」

「ね、ね、汚して」

「意味のわからんこと言うな!」

「えー、私にかけてほしいってことだよー?」

「あーもうさっきまでの俺の気持ちを返せ!」


 露骨に変態を前に出してくる幼馴染に声を荒げる。

 ただ、「ひゃうっ」と声を上げて喜ぶ変態に効果はなし。


 もう、好きにしてくれと言わんばかりにソファに座り込んだ。


「はあ」

「どうしたのそうちゃん? やっぱり疲れてるよね?」

「言っておくけどお前のせいだからな」

「私? もしかして私がしてあげなかったから?」

「そうじゃねえよ」

「ね、ね、デザート作ったんだけど食べない?」

「なんだよ急に。デザート?」

「うん。めしあがれー」


 急に会話が飛んだと思うと、冷蔵庫から出してきたのはプリンだ。

 空の透明の容器に詰まった黄色いプリン。

 そして別の容器に入れた蜜も。


「ね、おいしそうでしょ?」

「いつの間に作ったんだよこれ」

「えへへ、昨日から実は寝かせてたの」

「ったく。人の家の冷蔵庫勝手に使うなよな」

「ね、食べよ?」

「わかったわかった」


 とりあえずプリンを食べることに。

 ほんと話に脈絡がないというか、自分勝手なやつだ。

 でも、デザートまで作ってるなんてなかなかやるな。

 女子力、案外あるんだよなあまねって。


「ええと、蜜かけたらいいのか?」

「うん。いーっぱいかけて」

「こ、こうか?」

「えへへ、ドロドロしてるー。ね、ね、私にもかけてー」

「プリンに、だよな?」

「プリンに、だよ?」

「……ん、これでいいか?」

「えへへー、そうちゃんにいっぱいかけてもらっちゃったー」

「……」


 いちいち会話がエロく聞こえるのはやっぱり俺の耳が腐っている証拠なのだろうか。

 いや、やっぱりこいつ狙ってやってるよな?


 ……ああ、なんかプリンに蜜かけてるだけなのになんでこんなムラムラするんだよ。


 マジで食べたら帰ってくれ。


 

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