第7話  ココアパウダー

「はい、オムライスできたよ」

「おお」


 しばらくして食卓に並んだのは卵できれいに巻かれたオムライス。

 ご丁寧にケチャップでハートマークまで。


「召し上がれー」

「うん、いただきます。ん、うまいよ」

「ほんと? ね、私も美味しいよー?」

「そ、そういう話は今はいいから」

「めしあがれー?」

「こ、こらくっつくな食べにくいだろ」

「えー、くっつかないと食べてもらえないじゃん」

「いや、飯の話をしてるんだよ」

「あー、なーんだ」

「ったく」


 オムライスと一緒に私もどうぞ。

 そんな幼馴染を一緒にいただきますなんて……いや、贅沢な悩みだとはわかってるけど。

 あんまりぐいぐい来られすぎてもなんか対応に困るんだよな。


「でも、ほんとにうまいよ。あまね、料理うまくなったな」

「うん、そうちゃんのお嫁さんになるからいっぱい練習したもん」

「そ、そうか。うん、ありがと」

「えへへ、ほめられちゃった。ね、ね。ご褒美は?」

「ご褒美? いや、なんもないけど」

「ね、ね。私がほしいもの、何かわかる?」

「……パンツだろどうせ」

「んー、それは自分で奪い取るからいいもん」

「いや、奪い取ろうとするな」

「えへへ。でもね、そうちゃんからもらいたいのは、よしよしだよ」

「よしよし? 撫でてほしいってこと?」

「うん。よしよししてー」

「……まあ、それなら」


 高校生にもなってよしよしなんて照れくさいけど、変態な要求ではないしむしろ可愛いお願いだからいいかと。


 差し出されたあまねの頭を優しく撫でてみる。


「ん、これでいいか?」

「えへへ、なんかそうちゃんになでなでされると落ち着く」

「そ、そうか。でも、髪の毛サラサラだな相変わらず」

「毎日手入れしてるもんね。気持ちいい?」

「ま、まあ」

「よかった。ね、今度は私もそうちゃんをなでなでする」

「え、俺はいいよ」

「いいの。させて?」

「……まあ、いいけど」


 撫でるのも照れくさいが撫でられるのはもっと照れくさい。

 でも、俺だけ触っておいて触れるなっていうのもちょっと理不尽だし。


 頭を差し出す。


「ん、いいよ」

「え、違うよ? なでなでだよ?」

「いや、だから頭撫でるんだろ?」

「撫でるっていえばお尻に決まってるじゃん」

「いや、なんで俺だけ尻なんだよ!」

「えー、もしかして前の方がよかった?」

「いや、それはもう別のなでなでだろ」

「えへへ、されたい?」

「……」


 されたいか、と聞かれたらされたい。

 でも、されるがままになったら後が怖い。

 変態に飲まれて俺まで変態になりそうだ。

 ここは強い意志を持たねば。


「断る」

「からの?」

「断る!」

「あ、もしかしてぺろぺろの方がよかった?」

「触られ方に文句言ってんじゃねえよ」

「じゃあそういうのなしで早く食べたい?」

「だからそういう話じゃないって」

「そうちゃんは興味ないの?」

「そ、それは……」


 悲しそうに俺をみつめるあまねの声はだんだん小さくなっていく。

 そりゃそうだ、これだけ露骨に拒否されたら誰だって悲しいもんだ。

 でも、まだ受け入れる気持ちに俺はなれていない。


「ないわけじゃない」

「ほんと? 私にもちゃんとドキドキする?」

「するよ。あまねは、その、可愛いし」

「そうちゃん……うん、よかった。私のこと、ちゃんと可愛いって思ってくれてるんだ」

「……」


 当たり前だ。

 あまねより可愛い子なんて、はっきり言って会ったこともない。

 でも、だからこそ変態じゃなくて普通でいてほしいって思うのに。

 それがこいつはわかってない。

 自分の欲望に忠実すぎて俺に避けられているってことを理解していない。


 ……ちゃんと言うべきかな。


「あのさあまね」

「なあに?」

「俺だってあまねのこと、ちゃんと女の子として見てるんだ。でも、ええと、そういうことばっか言われるとちょっと……だからさ、普通にできない?」


 これまで思っていたことを、ようやく言葉にできた。

 普通にしてほしい。

 それだけで俺は、あまねをまっすぐ好きでいられる。

 

 あまねだって、俺のことが好きならわかってくれるよな。


「……そうちゃん」

「ん、なんだわかってくれたか?」

「うん。そうちゃんの気持ち、すごく伝わったよ」

「そ、そうか。なら」

「そうちゃんは普通にしたいんだね! じゃあぺろぺろはしない」

「そ、そうか」

「うん。ベッドでしよ?」

「え?」

「だって普通がいいって言ってたじゃん。だから、普通のプレイがいいんだよね?」

「え、いや、そういう話じゃなくてだな」

「えー、私は汗だくのそうちゃんにひちゃひちゃでされるのとかしたかったけどそうちゃんが嫌だっていうから我慢してるのにー」

「お前、普通の意味わかってる?」

「正〇位のことだよね?」

「違うわ!」


 なんの話だよ。

 別にノーマルなエッチを所望してねえって。


「あれ? それじゃそうちゃんもコアな方がいいの?」

「も、っていうな。あと、コアなのは嫌だ」

「ココア好きなのに?」

「関係ないだろそれは」

「あ、でもココアパウダーがかかった私が「めしあがれー」ってベッドに寝てたらそうちゃんも食べてくれるかなあ」

「食べないしどういう状況だよそれ」

「やってみる?」

「やって……みない!」


 危うくやりたいって言いそうだった。

 でも、頭の中にはパウダーがかかったあまねの姿を妄想してしまって。


 俺はこのあと、あまねの方を見れなかった。


 見たら負け。


 もう、頭の中が妄想で爆発しかけだ……。

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