第6話  くるっと包まれてます?

「そうちゃん、すんすん」

「あーもう近づくな!」

「きゅんっ! ね、ね、もっと言って?」

「……できる限り距離を置いて歩いてください」


 帰り道。

 変態がさらに変態に変態していた。

 

 俺の汗の匂いを嗅ごうとくっついてくる。

 罵倒したら悶える。

 優しく断ってもくっついてくる。


 走って逃げたかった。


 ただ、これ以上汗をかきたくもない。


「……詰んでるなこれ」

「どうしたのそうちゃん?」

「うんざりしてんだよ」

「あ、もしかして私のほしかった?」

「いや、そういうことじゃないから」

「でもでも、私は嫌じゃないよ?」

「ジュースの話、だよな?」

「ジュースと言えばジュースかな?」

「……」


 こういうモードのあまねは危険だ。

 普段は意味深なことを言っててもふたを開ければ普通の内容だったってことが多いけど、変態モードの時は普通のことと思ってしゃべってたら下ネタだったってことばかり。

 そんなことにも気づかず生返事してしまった日にゃ……ああ、想像したくもない。


「ね、今日はおうちでご飯食べるの?」

「んー、今日は母さんも遅いしどうしようかな」

「ね、ね、それじゃご飯、私が作ってもいい?」

「あまねが? いや、まあ別にいいけどお前ん家は晩飯大丈夫なのか?」

「うん。そうちゃんとご飯だって言えば大丈夫」

「そ」


 一応幼馴染というだけあって、互いの親との交流も深い。

 俺は昔からあまねの母親とは仲がいいし、うちの母親はあまねのことを娘同然に可愛がっている。


 誰も俺たちの関係の良さを疑わない。

 そして、あまねが変態だということを知らない。


 あまねが毎日俺の部屋に侵入してくるのだって、朝が弱い俺を起こしにくる健気な幼馴染という設定になっている。

 一度だけ、母親に対して「あまねは俺の下着目当てだから家に通すな」って言ったこともあるけど。


 母からは「寝ぼけたこと言ってないでちゃんと謝りなさい。喧嘩は男が悪いものよ」って一蹴された。

 俺よりこの変態の方がなぜか信用がある。

 情けない話だ。


「ただいまー」


 で、今日は変態モード全開のあまねを連れて帰宅。

 その時点ですでに不安しかないのだけど、あまねはまるで未開の地に足を踏み入れた冒険者のように目をキラキラさせている。


「運動後のそうちゃんとおうち……わくわく」

「わくわくされる理由が全然可愛くねえんだよ」

「ね、ね、お着替えする?」

「するからリビングで待ってろ」

「えー、お手伝いする」

「いらん。邪魔するだけだろ」

「むー。そうちゃんのいじわる」


 突っぱねまくると、あまねが少し拗ねた。

 頬をぷくっと膨らませてさっさとリビングへ。


 ちょっと悪い気もしたが、ここで罪悪感に負けて「じゃあ着替え手伝って」なんて言えば変態の術中。

 心を鬼にして、俺は部屋に戻ってまず着替えを済ます。

 さっさと脱いだ服を洗濯機へ放り込んでからリビングへ向かうと、両足を抱きかかえて丸まったままソファに座るあまねの姿が。


「むー」

「なんでまだ拗ねてるんだよ。飯、作ってくれるんだろ?」

「そうちゃんがいじわるばっかりするからいけないんだよ? 慰めて」

「なんで俺が慰めなきゃならんのだ」

「夫婦喧嘩は男の人が折れてくれた方が丸く収まるって、お母さんも言ってた」

「夫婦喧嘩じゃないだろ」

「似たようなもんだもん」

「……ったく」


 追い返すつもりもないのなら、拗ねたままの状態であまねを放置しておくのも居心地が悪い。

 仕方なく今回は俺が折れる。


「ごめんよいじわるばっか言って」

「……ごめんなさいで済んだら警察いらないもん」

「じゃあどうしたら機嫌直してくれるんだよ」

「こっちきて」

「ん、わかった」


 ちょいちょいと手招きするあまねの隣に座る。

 さっきまで一緒に外にいたはずなのに、なぜかこいつからは甘いいい香りがする。

 不思議だよな、なんで女の子っていい匂いするんだろ。


「これでいいか?」

「……すんすん」

「こ、こら嗅ぐな」

「やだ、そうちゃんの匂い好きなんだもん。くんくん」

「……なんでそんなに俺の匂いがいいの?」

「んー、そうちゃんが大好きだから?」

「……」


 聞いておいて自爆した。

 あっさりと嬉しいことを可愛い顔を向けられて言われると俺は何も言えなかった。

 いや、卑怯だよなマジで。

 可愛いんだよな、マジで。


「すんすん……んー、やっぱりそうちゃんのパンツほしい」

「それはあげない」

「……くれないの?」

「可愛く言ってもダメ。無理なものは無理だから」

「ね、ね、それじゃもう少しだけ匂い嗅いでてもいい?」

「……まあ、それくらいなら」

「えへへ、やった。くんくん、んーそうちゃんだあ」

「……」


 可愛い顔を間近に寄せられてうなじをクンクンされていると、どうも変な気分になる。

 

 正直に言えばムラムラだってする。

 ただ、我慢だ。

 あまねの方を向いたら負け。

 前を向いて、あまねの気が済むのを待つだけだ。


「すうー。はあー、いっぱいそうちゃん充電しちゃった」

「も、もういいか?」

「うん、名残惜しいけど。私、ご飯作る」

「あ、ああ頼むよ」


 ドキドキさせられたまま、あまねはゆっくり俺から離れていく。

 まだ、彼女の甘い残り香が漂っている。


「そうちゃん、今日はオムライスにするね」

「あ、ああ。任せるよ」

「オムライスってクルッと包まれてて可愛いよね」

「そ、そうかな?」

「えへへ、そうちゃんのはどうなってるんだろ」

「何の話だよ」

「包まれてるのかなあって」

「だから何が……いや、言わなくていい」

「えー、気になるもん。ね、ね、見せて?」

「嫌だ」

「もしかして被ってるから恥ずかしい?」

「かぶってない!」

「えーそうなんだ! ねね、見せて見せて」

「あーもう早くオムライスを作ってくれよ!」


 やっぱり変態だった。

 終始俺の下半身に興味を示す幼馴染を振り払っていると、外の夕日が沈んで部屋が薄暗くなっていく。


 今日も一日が終わる。

 でも、今日はこれからが長くなりそうだ……。


 

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