第5話  何が欲しいって?

「ぺろぺろ……ちらっ」


 ソフトクリームを大事そうに舐めるへんた……幼馴染のあまねはゆっくりと自分のバニラソフトを食べながら、時々俺を見てくる。


「なんだよ」

「んーん、そうちゃんのお顔をおかずにして食べてるの」

「いや、意味わかんねえから」

「えへへ、そうちゃんのも、もっと舐めたかったなあ」

「なんか言い方が嫌だそれ」

「だってそうちゃん、すぐ終わっちゃったじゃん」

「あ、いやそれはまあ、悪かったよ」

「早いと嫌われるよ?」

「食べる話、だよな?」

「食べる話、だよ?」

「……」


 ソフトクリームを食べる話をしてるだけなのにどうしてこうもいやらしく聞こえてしまうのだろう。

 十中八九あまねの言い方が悪いのだろうけど。

 なんか最近、俺の耳も腐ってきてる気がする。


「そうちゃん、食べ終わったら運動しない?」

「運動? 走るのか?」

「私、走るの苦手だもん。だからあれ、どうかな?」

「バッティングセンター……行きたいのか?」

「うん。イかせて?」

「……」


 なぜ。

 なぜ、バッティングセンターに連れてってほしいというお願いをしているだけなのにそんなに顔を赤くして内股でもじもじしているんだ?

 トイレに行きたいのか?

 いや、考えるな。まじめに考えたら負けだ。


「いかせてくれないの?」

「バッセンに、だよな?」

「うん、そうだけど?」

「……じゃあ行くか。俺もたまには汗流して……いや、汗出るまではしないけど」

「ちぇっ」

「おい、今舌打ちしただろ」

「してないもん。汗かくまで動いていいよ?」

「いやだね」

「ちぇっ」

「……」


 危うく術中に嵌るところだった。

 あまねは運動をしたいのではなく、させたいのだ。

 俺に。

 汗をかかせるために。


 その手には乗らん。

 変態の前で流す汗がどれだけ危険をはらんだものかというのは、俺が一番よくしっている。


 ベンチを立って、二人で少し遠くに見えるバッティングセンターを目指すことに。


 もうすぐ日が暮れる。

 まぶしい夕焼けに、あまねは目を細める。


「わあ、きれいだね」

「そうだな。今日は天気もいいし」

「なんかこうやって二人で夕焼け見てるの、ロマンチックだねえ」

「そう、だな。ていうかあまねもそういうのわかるんだ」

「わかるもん。それに夕焼けに目を細めてるそうちゃんの横顔、すっごくいいよ」

「そ、そうか?」

「うん。なんか濡れちゃう」

「……」


 褒められたはずなのに、全然嬉しくない。

 俺の横顔を見て果たして何が濡れるのか、それは敢えて追求しないが。


 なんで我が幼馴染はいちいち変態なんだろうかと、頭を抱えているとバッセンの前に着いた。


「さてと。あれ、全然人いないな」

「そうだね。そうちゃん、先打つ?」

「先にやれよ。俺は別にいいから」

「じゃあそうする。ね、ね、ホームランって書いてる」

「ん、ああ。あれに当たったらゲーム代無料だってさ。ま、無理だろうけど」


 マシンが四台並んでいるその上のさらに向こう。

 そこに大きく『ホームラン』と書かれた的がある。

 ただ、大きくは見えるけど実際それに打ったボールを当てるのは至難の業。

 ていうかまずあそこまでボールが飛ばないだろう。


「ね、ね、当てたらご褒美ある?」

「ご褒美って……俺があまねにってこと?」

「うん。ね、ないの?」

「……別に大したものじゃなければいいけど。何が欲しいんだ?」

「んー」


 自販機でプレー用のメダルを買いながらあまねは少し悩む。

 まあ、どうせパンツって言うんだろうけど。

 それに、パンツは却下だけど。


「んー」

「ちなみにパンツは無理だぞ」

「んーん、一緒にご飯食べたい」

「……え?」

「えへへ、だって最近、一緒にご飯食べてないもん。そうちゃんとご飯食べるの、好きなの」

「あまね……」


 なんとも可愛い提案に、思わずきゅんとしてしまった。

 で、俺は何も言い返せず。

 ゲージに入っていくあまねを見送る。


「ね、ちゃんと見ててね」

「あ、ああ」


 重そうにバットを担ぐあまねの姿はなんとも女の子らしくかわいらしい。

 なんかこういうデートっていいなあと、彼女のひ弱な構えに癒されながらボールが来るのを待つ。


「えい」

 

 と、振ったバットは空振り。

 ボールは跳ね返って前をころころ転がっている。


「もー、速いよう」

「はは、打ち返すのは難しそうだな」

「ね、ね、そうちゃん打ってー」

「え、途中から? 最後までやれって」

「やだよう。当たんないもん」

「……仕方ないなあ。ほら、出て来いよ」


 まだゲームの途中で人が入れ替わるのはマナー違反というか危ないのだろうけど、さっさとあまねが出てきてしまってからもマシンは勝手にボールを投げつけてくる。


 このまま放っておくのももったいないので、俺は入れ替わりでゲージに入ってバットを握る。


「……ふん」

「わー、あたったー」


 遅いボールだし、人並みに体力はあるから野球経験はなくともバットに当てるくらいならできる。

 それに、久々にやってみると楽しい。

 ちょっと気分が乗ってしまう。


「よーし、それじゃホームラン狙うか」

「わー、すごいすごい。ね、ね、当てたら私も何かあげるよ?」

「お、それじゃ期待しとく」


 なんて言いながら何度も必死にバットを振ったが、結局ホームランの的には届かず。


 ただ、思いっきり体を動かしてちょっとすっきりした。


「ふう、疲れた」

「お疲れ様。そうちゃん、はいこれ」

「あ、ジュースさんきゅ。気が利くじゃん」

「えへへ、飲んで飲んで」


 買ってきてくれた炭酸ジュースはキンキンに冷えていた。

 きゅっと一口飲むと、火照った体に染みわたる。


「ぷはーっ、うまいな」

「ね、一口ちょーだい」

「え、もう一本買おうよ」

「いいの。ね、一口だけ」

「……はい」


 また間接キスじゃんって思ったけど、買ってくれたのはあまねだし文句は言えず。

 渡すと、ペットボトルの口元を見ながらあまねはほんのり頬を赤くする。


「そうちゃんの……えへへ」

「おい、変なこと言いながら飲むなよ」

「それにそうちゃん、汗かいてる」

「あ」

「えへへ、汗かいたそうちゃんと一緒に帰るの……えへへ」


 やられた。

 うっかり全力でバットを振ってしまって、更に水分補給をさせられて汗がシャツに滲んでいた。

 そして変態がジュースを飲んでから、「えへへ、そうちゃんの飲んじゃった」と、嬉しそうにしてる。


「……帰るぞ」

「ね、ね、帰ったら何する?」

「え、今日家に来るの?」

「だって汗かいてるじゃんそうちゃん」

「それと家に来ることになんの関係があるんだよ」

「帰ったらお着替えするよね?」

「当たり前だろ」

「ね、ね。だから帰ろ?」

「いや、なにがだからなんだよ」

「そうちゃんの、ほしい」

「ふ、服の話、だよな?」

「んーん、おち」

「あーもう言わんでいい!」


 俺が汗をかいてしまったばかりに、あまねのスイッチが完全にオンになってしまった。


 俺が汗をかいたばっかりに。


 ……今こいつ、とんでもないこと言おうとしてなかったか?

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