第4話  半分こ

「いらっしゃいませー」


 やってきたのは学校から港側へ向かった場所にある商店街の中の雑貨屋。


 少しさびれてはいるものの、商店街にはコンビニにドラッグストア、洋服屋に喫茶店と一通りは揃っており、この街の人間は基本的にここで買い物をすることが多い。


 当然、学生も多くいる。


「お、靴下あったぞ」


 雑貨屋だが下着とかも売っているこの店の奥に進むとすぐに靴下コーナーがあった。


 ただ、


「そっちじゃないよー。こっちこっち」

「え、だって女性ものはここしか」

「いーの。早く早く」

「……」


 どうやら靴下が目当てではないようだ。

 じゃあ何を買いに来たんだと首をかしげていると、あまねが向かったのは男性用下着コーナー。


「……おい、パンツなら買わないぞ」

「違うもん、今日は靴下買うって言ったじゃん」

「でもここ、男性用じゃん」

「だからだよ。そうちゃん、靴下破れてたもん」

「……なに?」


 俺は慌てて靴を脱いで自分の足を見る。

 ただ、靴下は破れていない。


「あ、違うよこっちこっち」

「……あっ、それ俺の!」


 ペロッとあまねの鞄から出てきたのは、確かに俺が今朝から履いていたはずの靴下だ。

 白で、横に星マークがついた中学校から使ってるもの。

 なんなら去年の誕生日にあまねがくれたやつだ。

 破れたら嫌だなって思って、体育の時に履き替えてたやつだ。


「えへへっ、さっき体育の時に履き替えてたからこっそり新品と入れ替えたんだあ」

「か、返せ! それ、今日ずっと履いてたやつだろ」

「やだー、今日はこれつかうのー」

「な、何に使うつもりだ」

「え、靴下の使い方知らないの?」

「は、履くものだろ」

「ぶー。正解は嗅ぐものでしたー」

「絶対違うわ!」


 思わず店内で大きな声を出してしまって、店員に何事かとにらまれてしまう。


 で、慌てて棚に身を隠してから声のボリュームを下げてあまねに言う。


「返せ」

「やだ。元々は私がそうちゃんにあげたものだもん」

「俺がもらったもんだからそれは俺のものだろ」

「買ったの私だし」

「……なあ、俺の履いた靴下がなんでほしいんだよ?」


 ここまで俺の身に着けたものを欲しがる変態の習性が俺には理解できない。

 匂いたいとか、舐めたいとか、そういう性癖を持ってる人も世の中探せば多少はいるんだろうけど。

 ここまで執着する人間はそういないだろ。


「だって、そうちゃんのだよ?」

「俺のだから? いや、意味わかんねえよ」

「いいもん別に。ね、とりあえず早く靴下買おうよ」

「いやまずさっさと返せよ」

「やだ。もし無理やり奪うつもりなら」

「お、おい助けを呼ぶとか卑怯だぞ」

「え? 無理やりそうちゃんの初めて奪っちゃおうかなって思っただけ」

「……靴下はどうぞお納めください」


 もう、なんかどうでもよくなった。

 で、俺の中古の靴下はあまねに献上。

 すると大喜び。

 

「ほんと? わーい! やったーやったー」

「なんかそんなに喜ばれたら複雑だな……」

「そうちゃん、新しい靴下買ってくるね。外で待ってて」

「あ、ああ」


 上機嫌なあまねを置いて外に出ると、すぐにあまねも小さな紙袋を持って出てきた。


「はい、これ新しいの」

「あ、ありがと」

「えへへ、そうちゃんに初めてもらっちゃったー」

「いや、プレゼントとか渡したことあるだろ」

「そうじゃなくてー。そうちゃんのものをもらったの、初めてだから」


 にっこりと。

 無垢な笑顔をこっちに向けてくるあまねはあの頃と変わらない。

 不覚にも、ドキッとしてしまった。

 俺の気持ち一つでこんなに可愛い子が彼女に、そしてお嫁さんになるんだと。


 もう、少々変態でもいいじゃんって気持ちが頭をよぎる。

 紙袋を受け取った後、自然と反対の手があまねに伸びる。


 その時、


「ね、ここでクンクンしていーい?」

「……絶対ダメ」

「あうう、待てないよう」

「……」


 急に変態に戻ったので目が覚めた。

 やっぱりヤダ、こんな子。


「ふんふんふーん♪」

「はあ……」


 ルンルンな変態とは対照的にため息しか出ない俺。

 テンションが真逆な俺たちだが次に向かう先も同じ。


 今度は商店街をもう少し奥に進んだところにある土産屋で、ソフトクリームを買う。


「そうちゃんはチョコだよね」

「よくわかってるじゃんか。あまねはバニラだろ」

「うん。昔っからいつも半分こしてたもんね」

「そう、だったな」

「今日も半分こしよーよ」

「え、いやそれはさすがに」

「やだー、チョコも食べたいー」

「わかったわかった。俺の分はわけてやるから」

「えへへー、じゃあここはそうちゃんのおごりね」

「ったく」


 子供の頃はいつも俺が食べてるものをあまねが欲しがってつまみ食いしてたっけ。

 でも、今考えればあれって間接キス、だよな。

 アイスクリームなんて、特にそうだ。

 高校生にもなって人の食べたアイスを舐めるなんて、それ大丈夫なのかな?


「わー、おいしそう」

 

 不安はぬぐえないまま。

 アイスを買ってから店前に置かれたベンチに腰掛ける。


 で、一口。

 外の熱気で火照った体が内側から冷えていく。


「ふう、やっぱり夏は冷たいものに限るな」

「だね。ね、ね、ちょーだい?」

「わかったよ。ほら、こっちまだ食べてないから」

「あんがとー」


 まだ舐めていない方を敢えてあまねに向けて渡したが。


 俺の手からソフトクリームを受け取ることもなく。


 そのままぺろり。

 

 わざわざ、俺が舐めたところを。


「お、おい」

「んー、やっぱりおいひい」

「な、なんでそっち食べるんだよ」

「だって、そうちゃんの舐めたところをぺろぺろしたいもん」

「いや、さすがに高校生にもなってそれは」

「お嫁さんだったらなんでもありだよね?」

「……」


 果たしてそうなのか。

 結婚すればなんでもありなのか。


 嫁だったら、変態行為もありなのか。


 いや、違うだろ。


「ね、ね。そうちゃんも舐めて」

「い、いやいいよ俺はバニラ好きじゃないし」

「え、アイスの話じゃないよ?」

「一体なんの話かさっぱりです!」

「またまたー、舐めると言えば脇しかないじゃん」

「そうでもないと思うけど!」


 ちらりと見せられたあまねの脇に思わずドキッと。

 でも、絶対に舐めたりしない。


 俺は、絶対に変態になんか染まらない。


 そう心に誓いながらも、あまねが舐めたソフトクリームをどう食べようかって考えるだけで、胸のドキドキが止まらなくなっていた。

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