第3話 普通がいい
「ふう……」
午後の体育は、男子はグラウンドでサッカー。
女子は体育館でバレーだそう。
更衣室は、男子は教室で女子は体育館の中にあるものを使う。
これはちょっと安心要素。
普通、のぞきを警戒するべきは女子の方なのだろうけど、俺の場合はのぞかれる心配を常にしておかねばならない。
「……全く、パンツパンツってうるさいやつだ」
「おい壮太、何ぶつぶつ言ってるんだよ」
「ん、いや別になんでもねえよ」
制服から体操着に着替えているところで声をかけてきたのはクラスメイトの
中学からの腐れ縁。
で、イケメン。
元サッカー部とあって、運動もよくできてモテる。
まあ、俺のような変態に振り回されるだけで女っ気が他にない俺とは対照的なやつだ。
「また桐島さんのことか? さっきもラブラブしてたもんな」
「見てたのかよ。いや、あいつはちょっと距離感がバグってるだけだ」
「でも、あんな可愛い幼馴染に好かれてるなんて勝ち組だろ」
「だと思ってた時期もあったけどな。今は毎日の悩みの種だ」
一応、あまねが変態だという話はしていない。
しても別にいいんだけど、付き合ってると思われてる相手が実は変態で毎日パンツを奪いにくるなんて言ったら、一体家でどんな変態行為をしているんだと俺まで変な目で見られてしまう。
「さて、サッカーだな。俺は動きたくないから楽なパス頼むよ」
「あいよ。壮太は相変わらずやる気なしだな」
「汗、かきたくないんだよ」
グラウンドに出ると、暑い日差しが照り付けていた。
まだ五月でこれかと思うとうんざりするくらい今年は暑い。
夏休みが憂鬱だ。
暑いから。
汗かくから。
汗かいたら、変態が寄ってくるから。
「おーい、パスパス!」
「あー、おしい!」
「ボールあげろー!」
高校生の男子にとって、体育の授業は授業の中で唯一ともいえる楽しい時間。
皆、汗を流しながらさわやかに校庭を駆け巡る。
でも、俺は時々自分のところに来たボールを適当に前に出してまた下がるの繰り返し。
立ってるだけでも汗をかきそうだが、なるべく省エネを心掛けながら時々校舎の時計塔を見て、時間の経過を確かめる。
で、何もないまま授業が終わる。
少し早めに解散させられて着替えるため、再び教室へ。
「やれやれ、たまには全力で汗かいてみたいよ」
と、ぼやきながら少し汗ばんだ体操着を袋に入れて、制服に着替える。
そしてまだ少し時間があったのでトイレに向かう。
すると、
「あー、もう着替えてるー」
廊下で息を切らした変態にエンカウントした。
「当たり前だ。ていうかお前、着替えて戻ってくるの早すぎだろ」
「だって、体操着姿のそうちゃんを一目見たくて」
「嘘つけ。湿った体操服にしか興味ないくせに」
「ね、どこに隠したの? 鞄? 私、帰ったら洗濯するから」
「自分でやるからいい。あと、お前の方こそ汗かいてるじゃん。走ってきたんだろ」
「だって急いでたし」
「全く……」
ここまで必死な彼女を見ると、時々「あげてもいいかなあ」って魔が差す。
まあ、もちろん自重はする。
いったん話を切って、トイレへ。
そして戻ると席に座っていたあまねが俺の方を向く。
「ねえそうちゃん、今日は六限ないからどっかいかない?」
「ん、別にいいけど。買い物か?」
「今日ね、靴下破れちゃって。買いに行きたくて」
「まあ、そういうことならいいけど」
「うん。じゃあ先生の話終わったら一緒に帰ろうね」
「あ、ああ」
珍しく変態的要求ではなく普通のお誘いがあった。
買い物。
そういえばあまねと買い物なんてここ最近行ってなかったな。
放課後はいつも俺の家に来てパンツパンツと。
休みの日も朝から俺の部屋に来てパンツパンツと。
……うん、こういう普通のデートがしたいんだよ俺は。
そういうとこ、あまねもわかってくれたらいいんだけど。
と、日々を振り返ってうんざりしながらもすぐそこに待つ放課後が楽しみな自分もいた。
結局あまねが普通であれば、俺は彼女のことが好きなのだ。
基本的にあまねは好き。
ただ、変態は嫌い。
そういう矛盾を解消したかった俺にとって、あまねから買い物に誘われるのは嬉しい事態。
着替えた女子が戻ってきてからすぐホームルームが始まって。
やがて放課後になった。
◇
「ね、ね。靴下買ったら今日はアイスも食べたいな」
学校を出てすぐのところで、変態がまともなことを言ってきた。
「ん、珍しいな。買い食いしたいとか」
「だって、そうちゃんとこうやってお出かけするの久々だもん」
なんか普通の彼女っぽいことも言ってきた。
ううむ、こうしているとまともだしむしろ可愛いんだよな。
「それじゃさっさと買い物済まそう。俺もアイス食べたい」
「うん。えへへー、楽しみー」
なんか楽しくなってきた。
変態的発言をしないあまねと一緒に買い物へ向かう道中、久しぶりに彼女へ抱いていた恋心が蘇ってくる。
こんなかわいい子が俺のお嫁さんになりたいとか、やっぱり俺は恵まれているのかもしれない。
あの頃の約束は有効、なのだとすれば。
……それも悪くないのかな。
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