第2話  体育が楽しみだね

「そうちゃん、ちょっといーい?」


 昼休み。


 奇しくも同じクラスで隣の席にいるあまねはいつも俺に声をかけてきて、俺を連れだす。


 まあ、無視してもいいんだけど聞こえないふりをすると「そうちゃんのぱんつちょーだい」と大声で言いそうになるので従うことにしている。


 で、廊下へ。


「今日はなんだ」

「そうちゃん、午後から体育だね」

「お前もだろ。ていうかぱんつはやらないし穿きかえる予定もないぞ」

「え、汗かいたぱんつをこれからずっと穿いたままにするの? そ、それはちょっとドキドキ」

「帰ったら着替えるわ! ていうかそんなことでドキドキするな」

「ね、ねえそのパンツ三日目くらいで私にくれない?」

「おーい戻ってこい」


 最近わかった話だが、どうやらあまねは匂いフェチのようである。

 それも過度の。

 そしてドエムでもある。

 それがわかったからどうなんだという話だけど。


 でも、匂いフェチなのはともかくドエムなのは質が悪い。

 

「この変態め」

「きゃうんっ! ねえ、もっともっと」

「……」


 罵倒がご褒美なのである。

 だからといって、普通に断っても勝手に妄想を膨らませて興奮してるし。


 はっきりいって頭が変なのだ。変態なのだ。


「そうちゃん、ご飯何食べる?」

「食堂は混んでるし、パンでも買う?」

「ぱんつ?」

「パンッ!」

「からの?」

「もう一声ねえよ!」


 結局パンを買いにいくことにしたんだけど、購買まで向かう間もずっとあまねは俺の方をちらちら見ている。

 俺の方を、というより俺の下半身を、だけど。


「そうちゃん、おっきくなったよねえ」

「今その目線で言われるとなんかいやだ」

「え、おっきくなってるの?」

「だからなんの話だよ」

「だからそうちゃんがおっきくなったなって」

「背が伸びたね、って言えばいいだろ」

「長くなったの?」

「だからー」


 すぐに下ネタに走る。

 いや、本人はいたって真面目だからネタでもないのかもしれない。


 でも、なんでパンツなんだろ?

 そんなに俺のパンツに執着する理由ってなんだ?


「……」

「どうしたのそうちゃん?」

「い、いや別に」

「あ、もしかして」

「な、なんだよ」

「パンツあげる代わりにパンツくれって言おうとしたでしょ」

「してない」

「えー、私のだったらいつでもあげるのに」

「もらってどうするんだよ」

「え、使わないの?」

「まるでそれが非常識みたいな驚き方するな!」


 まず常識ある人は幼馴染とパンツをトレードしない。

 それに万が一もらっても使わんだろ。いや、そもそも使い道ってなんだ?

 いや、考えるな。

 考えたら負けだ。


「……購買着くぞ。何買う?」

「私チョコドーナッツがいいな」

「じゃあ買ってやるよ」

「え、いいの? そうちゃんのおごりだー、わーい」

「今日だけだぞ。あと、パンは奢ってやるからパンツはあきらめろ」

「えー、それはそれだよ?」

「じゃないと奢ってやらない」

「むー。とりあえず今は我慢しゅる」


 むくれたあまねの表情はいちいち愛くるしい。

 普通にしてたらほんと、めちゃくちゃ可愛いのに。


 どうして中身が変態なんだよ……。


「さて、どこで食う?」

「人の少ない場所、行こ?」

「なんかお前が言ったらいやらしく聞こえるな」

「いやらしい音が聞こえる? え、まだ触ってないよ?」

「何を触る予定があったんだよ」

「え、聞きたい?」

「言わなくていい」

「えー、聞きたいよね?」

「言いたいだけだろ!」


 言いながら移動した先は学校の中庭にあるベンチ。

 人通りが別に多くはないこの場所だけど、人がいないってほどでもない。

 

 ただ、


「お、今日も仲いいな二人とも」

「あまねちゃん、彼氏とご飯とかいいなあ」


 同級生周りからは俺たちが付き合ってるという誤解を受けている。

 そして何度かそれが誤解だという説明を試みたこともあったが、すぐに諦めた。


 だって、


「そうちゃん、あーん」

「や、やめろって学校だぞ」

「あーん」

「……ん」

「えへへー、そうちゃんのつばが指についたー」

「な、舐めるなよ汚いから」

「おいしかったあ?」

「……まあ、うまいけど」

「私の指、そんなに美味しかった?」

「パンの感想だ!」


 こうやって俺にべたべたしてくるあまねはどこからどう見ても友達の距離感ではない。

 実際毎日部屋に忍び込んでくる時点で友達という枠から外れてるし、意志が弱いから突き放したりはできないまま。

 もう、勝手にどう思われても知らんと開き直っている。


 それに、


「そうちゃんのお嫁さんになったら毎日そうちゃんのお着替えを洗濯……えへへへ」

「よだれ出てるぞ。ていうかお前、俺と本気で結婚したいのか?」

「え、そうだよ?」

「な、なんでだよ」

「だって大好きだもーん」

「……」


 基本的にあまねは俺のことが好き。

 理由はどうあれそれだけはぶれない。

 むしろ揺れているのは俺の胸中と彼女の胸だけだ。


 俺も、昔はあまねが大好きだった。

 可愛くて人懐っこくて、案外器用でなんでもしてくれて。

 気も合うし、あまね以外いないって思っていたけど。


 ちょっと彼女の性癖がねじれてて戸惑っているというわけ。

 別に、嫌いになったわけじゃない。


「……食べたら戻るぞ」

「そうだね。次は体育だね」

「お前は体育への期待の仕方が間違ってるけどな」

「男子はサッカーだよね? いっぱいゴール決めてね」

「まあ、汗かかない程度に頑張るよ」

「ダメ、絶対びしょびしょになるまで頑張って」

「激励の仕方がおかしいだろ」

「びしょびしょ……へへへー」

「……」


 よだれで口元をびしょびしょにする幼馴染はやっぱりちょっと変。

 いくら可愛くても幼馴染でも、幼い頃に結婚の約束をした仲でも。


 どうなんだろうなあこれ。


 と、勝手に妄想にふける変態を横目にパンを食べながら、やがて昼休みは終わる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る