幼い頃に結婚の約束をした可愛い幼馴染が変態だったとしても、昔の約束は有効なの?

明石龍之介

第1話  俺の幼馴染は変態である

「えへへっ、将来はそうちゃんのお嫁さんになるの」


 ふと、昔を思い出した。


 幼稚園の頃、幼馴染に言われた何気ない一言がずっと、俺の心に突き刺さったまま残っている。

 無垢で可愛い笑顔を俺にだけ向けて。

 幸せたっぷりな様子でそう話す彼女のことが忘れられない。


 そして、忘れたい。


 あの頃の彼女はもう、いない。


「えへへっ、そうちゃんのパンツめーっけ」

「勝手に部屋に入ってくるな! あと人の下着を勝手に漁るな!」

「えー、昔は一緒にねんねしてたじゃん。お風呂だって」

「いつの話だよ! あと、俺を無視して勝手に人のパンツを嗅ぐな!」

「嗅いでないよ? 舐めようとしてたの」

「余計あかんわ! 返せ」


 朝。

 勝手に俺の部屋に侵入してきて変態行為を繰り返す我が幼馴染。


 桐島あまね。

 遠い昔、結婚しようねと約束してしまった少し背の低い女子。


 少したれ目で、パッチリ二重。

 ポニーテイルがよく似合う、美人と可愛いのちょうど相中の、しかしとても整った顔立ちの女の子。

 実際よくモテる。

 スタイル抜群、という感じではないがふわっと女の子らしい体型がかわいらしく、胸は大きい。


 で、なぜか変態である。


「すんすん。んー、なんか洗剤の匂いしかしなーい」

「当たり前だ、洗濯してるんだから」

「じゃあ今脱ぐパンツちょーだい?」

「今パンツは脱がないからあげない」

「え、じゃあ脱いだらくれるの?」

「あげない! 洗うの」

「私が洗ってあげるから」

「洗う前に汚すつもりだろ」

「汚さないもん。むしろ汚されたいなあ」

「話をすり替えるな。全く、なんでいつもこうなんだ」


 小学校の頃は、まだ彼女の変態性は垣間見えなかった。


 純真な女の子、という言葉がよく似合う笑顔の絶えない子。

 そしてとても可愛く、俺はそんな彼女が昔から大好きだった。


 小学校の頃の男女なんて、付き合うとかそういう関係にはならないことが多いけど、彼女もずっと俺が大好きだと言ってくれてたし、両思いだった。


 中学にあがった頃も、彼女は変わらず明るい普通の子だった。

 で、中学二年になった頃、俺はあまねに告白をしようと考えた。


 あの日のことは忘れない。



 紅井壮太には可愛い幼馴染がいた。


 人懐っこくて小さくて、ずっと俺の隣にいる幼馴染の女の子。


 桐島あまね。


 俺はそんな彼女が大好きだった。

 

 そしてある日、告白を決意した。

 好きだから付き合おう。

 ただの両思いの幼馴染から彼氏彼女として。


 関係を前に進めようと勇気を出そうと決意した、夏休みが迫ったむし暑いあの日、偶然にもあまねの方からも話があると。


 次の日の放課後に話を聞いてほしいと言われた。


 もしかして告白?

 照れながら俺に話しかけてきたあまねを見て、俺は期待した。

 そして、その期待が膨らんで、その日は眠れなかった。


 で、翌日。


 いつものように一緒に通学路を二人で帰っていた。

 いつ話をされるんだろうとそわそわしながらも、まっすぐ家に向かう彼女に俺は黙手ついていった。


 そして、家の前につく手前であまねの足が止まった。


 いよいよだと、思った。


 その時の彼女の姿は今でも忘れない。


 恥ずかしそうに耳まで真っ赤に染めて、もじもじと手をこまねく様子が可愛くて。

 その様子を見て確信した。

 告白されるな、と。


 で、彼女が口を開くのを静かに待って。


 やがて、言われた。


「そうちゃんのパンツみせて」


 と。


 俺は最初、何を言われたのかよくわからなかった。


 その日は風が強く、聞き間違えたのではないかと思って、「今、なんて言った?」と聞き直した。


 すると、


「ぱんつちょーだい」


 と。


 今度は堂々とそう、言われた。


 もちろん俺はなんのことかさっぱりわからないまま「嫌だ」と断った。


 すると、


「えー、じゃあ勝手にもらいにいくもんねー」


 と、おどけながら彼女は隣の彼女の家に帰っていった。


 あれはなんだったんだろう。


 思い返しながらもその日はよく寝れたのを覚えている。


 告白しようと盛り上がった気持ちもすっかり忘れ、なんで俺のパンツがほしいんだという疑問ばかりが頭を埋め尽くしていた。


 で、その翌朝。


「えへへー、ぱんつもらいにきたよー」


 と、勝手に俺の部屋に侵入して俺の布団に潜り込んでパンツを脱がそうとする幼馴染の姿がそこにあった。


 そこから毎日、彼女は足しげく俺の部屋に通っている。


 穿いているぱんつを渡せと。


 何度はねのけても、部屋に施錠をしても、時には「やめろ変態め!」と罵っても。


 やってくる。


 そう、今のように。


「この変態め! いい加減にしろ」

「あうう、もっと言って? そうちゃんに罵られたらゾクゾクするの」

「……ぱんつはあげないからあきらめてください」

「じゃあなにくれるの? あ、童貞もらってもいい?」

「飛躍しとるわ! 何もやらん」

「えー、私の初めてもあげるのに?」

「そ、それは……いやいやダメだ。俺は変態と付き合う気はない」

「俺は変態と突きあう気パない? えー、やだえっちー」

「耳腐っとんか!」


 何を言っても嬉しそうにするだけであまねはダメージを受けない。

 どころか、もっと頂戴といわんばかり。

 暖簾に腕押し、というか変態に手ごたえなし、だ。


「ねえそうちゃん、一緒に学校行こ?」

「まあ、先に行って勝手に部屋を漁られたら困るからな。それはいいけど」

「えへへ、そうちゃん今日は体育があるね」

「だからなんだよ」

「汗かくよね」

「だからなんだよ」

「着替えるよね?」

「だからなんだよ」

「着替えた体操着ちょーだい?」

「可愛く言ってもやらない」

「可愛くイっても?」

「ダメ!」

 

 なんだよ可愛く迎える絶頂って。


「ふーん、まあいいもん。隙あらばもらうからね」

「どこの怪盗だお前は」

「えへへ、そうちゃん早く着替えてよ。学校行こ?」

「じゃあまず部屋を出ろ」

「え、なんで? 私はむしろそうちゃんのお着替えみたいよ?」

「俺はむしろ見られたくないの!」


 じろじろと俺を見る変態を部屋から追い出して、さっさと制服に袖を通す。


 で、外に出るとニコニコと笑うあまねが待っていた。


「なんだよ嬉しそうだな」

「えへへー、そうちゃんの生着替え想像したらちょっと濡れちゃった」

「着替えてこい!」


 毎朝、こんな感じである。

 

 俺の幼馴染は変態、なのである。


 だから付き合おうとか、好きだというあの頃の気持ちも今はすっかりどこかに消えていた。


 ただ、


「そうちゃん、結婚したら私が毎日ぱんつ洗うんだからけちけちしなくていいのに」


 登校中に毎日そんなことを言ってくる。


 どうやら、あの頃の約束を覚えているようだ。


「あのさ、誰がお前と結婚するって言った?」

「え、そうちゃんが言ったじゃん。お嫁さんになってねって」

「……あれは小さかった頃の話だ」

「でも約束したよ? 指切りげんまんもしたし」

「嘘ついたら針千本飲めって? だったらそうしてやるよ」

「んーん、嘘ついたらぱんつ千枚くれるって言った」

「絶対言ってない! ていうか千枚もあるか」


 ただ、俺と結婚したい理由が俺のぱんつを得るため。

 

 もう、めちゃくちゃだ。


 そしてこんなめちゃくちゃな変態と毎日一緒の学校生活がもっとハチャメチャなのは、まあ、いうまでもない話である。

 

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