第25話 学園のボスたちを蹴散らす

「せんせー、うぜえ奴がいて、勉強に集中できないんですけどー」

 俺が部屋の前を通ると、これみよがしに声が響いた。

 

 用務員の仕事も二日目に入った。

 前日に引き続きトイレの掃除を行い、備品を確認していく。

 それに加えて、教室の清掃もしなくてはならない。

 

 授業が終了したら、黒板を拭き取り、タブレット石版を回収し、ゴミを拾う。

 そうしたことは本来、教室を使用した者のすべきことなのだが、まったくそれらをしている気配がない。

 しかたがないので、俺が手伝うことになった。

 だれに頼まれたわけでもないが、こうして勉学のさまたげになるものを処理するのも、用務員の役目だからな。

 

 なんだか自分、骨の髄まで用務員になりつつある。

 もともと雑用が性格的に合っているのだろうか。

 

 そうして、ザードの授業が終わった後の整理をしていると、いきなり声がかけられた訳だ。

 

「せんせー、ねー、せんせー」

 無遠慮な声が、教室に響き渡る。

 ザードの受け持っているのは最上級クラス。

 本来なら、年齢も能力も最高のレベルの生徒が集うはずだ。

 

 だが、その生徒と、生徒の取り巻きは様子が違った。

 大人顔負けの巨漢。

 異様にすさんだ相貌。

 机の上には勉強道具など一切ない。

 ニヤニヤと挑発的な笑みを浮かべて、俺とザードを交互に見る。

 クラスは静まりかえって、レオを刺激しないようにしている。

 

 ――こいつが、昨日ザードの言っていた、この学園のボス、ライか……。

 

「薄汚い用務員がウロウロされると、目障りなんですよねー」

「こいつ、スキルがないらしいじゃないですかー」

「ねえ、コイツじゃまなんで、殴っちゃっていいですかー」

 ライとその取り巻きが大声を上げる。

 どうも、俺が教室を掃除しているのが気に入らないらしい。

「やめなさい、そういうことを言うのは」

 放っておけばいいのに、ザードは生真面目にもライに反応してしまう。

「あれ、先生、いいんですか? 俺はライ公爵家の長男ですよ? 俺が一言言ったら、講師のひとりやふたり、吹っ飛ばせますよ?」

「自分の立場わきまえろ!」

「もっと薄着で授業するくらいサービスしろ!」

 口々に勝手なことを言うライたち。

「おっと手がすべった!」

 ライの声とともに、なにかが俺の後頭部に飛来した。

 こんなものスキルを使うまでもない。身体をひねってかわす。

 ドスッ!

 鈍い激突音が響いた。

 こぶし大の鉄球だ。

 頭に直撃したら大けがだ。

「何を……あなた、加減をしらないんですか!」

 顔を真っ赤にして怒るザード。

「だから偶然ですって」

 ヘラヘラと笑うライ。

 無礼で凶暴、それでいて権力の使い方をよく知っている。


「おい、どうしたんだ。もう次の授業がはじまるぞ」

「あ、ハイ・エーナ先生!」

 ライたちが迎合した声を上げる。

 ハイ・エーナと呼ばれた講師は、快活そうな笑みをライたちに向ける。

 二十代前半くらいの、銀髪とメガネが印象的な男だ。

 イケメンと呼んでもいいくらいだが、顔立ちが非常に冷たかった。

「何を騒いでいるんだ」

「せんせー、教室に邪魔なやつがいて、困ってるんですよ」

 ライが俺のことを指さす。

「君は、キツーネ先生の言っていた用務員だね。邪魔だから、とっとと出て行ってくれ」

「――作業は終わった。もう出て行く」

 怒りをこらえているザードに目で合図する。

 あまり目立つわけにはいかない。

「失礼した」

「ちょっと待ちたまえ」

 教室を出ようとした俺に、ハイ・エーナが声をかけてきた。

「みんな、いいことを考えた。今日の授業は抜き打ちテストだ」

 ハイ・エーナの嗜虐的な声が響く。

「ここに、スキルの使えない用務員がいる。

 人間が魔法をつかえないとこう落ちぶれてしまう、という見本だ。

 今日は彼に、渾身の魔法で攻撃してもらう」

 

 ヒュー!

 ライたちから、歓声が上がった。

 

「じゃあ<火球魔法>とかブチ当ててもいいの?」

「やりすぎちゃだめだぞ。せいぜい、この用務員に『わからせる』程度だな。

 いいか、これはあくまで授業の一環だ。せいぜい事故がおこらない程度にやってくれ」

 

 そういって、結界を張り巡らすハイ・エーナ。

 この中なら、どんな魔法を使っても、外部にダメージは与えられない。

「聞いているよ、用務員君。この学園から追放されたんだってね」

「……」

「身の程を知るといい」


「はい、先生! 僕がテストを受けます!」

 ライが手を上げる。

「よし!」

 ハイ・エーナが笑って請け負う。

 

 ――ザードの言っていたとおり、こいつらはグルになっているんだ。

 生徒の横暴を大目に見る代わりに、講師としての立場を守って貰う。

 

「じゃ、ちょっとやってみますか」

 ライはそう言うと、手のひらを上にかざした。

 何事か呟くと、巨大な火球が生まれる。

「どうだ、びびって声もでないか」

「ライさんの<火球魔法>レベル25だ!」

「半端ねえ! あの用務員、生きてられねえぜ!」

「ライ、加減しろ! 結界が壊れるぞ!」


「うらああああああ!!!! 食らええええ!!」

 ライは俺に向けて、全力で火球を打ち出す。

 

「――」

 その火球は、俺の手前で雲散霧消する。

「え?」

 ライたちの目が、驚愕で見開かれる。

「抜き打ちテストとやらは、もういいのか?」

 俺は黒板消しクリーナーを取り出した。

「掃除を続けるぞ」

「くそ、バカにしやがって!」

 ライがあせって、火球を大量に打ち出す。

 そのどれもが、俺の手前で消え去る。

 

 スキル<魔力無効化>。

 何があるかわからないので、取っておいた。

 まさかのための保険が、うまくいったようだ。

 

「まさか、ライの魔法が効かないなんて……」

「いったい、どんな手品を使ったんだ……」

 クラスのあちこちから声が聞こえる。


「……ば、馬鹿な……スキルが使えないんじゃなかったのか……」

 ハイ・エーナは唖然としている。


「畜生! 恥をかかせやがって!」

 顔を真っ赤にしたライが、俺に飛びかかってきた。

 もはや、魔法のテストはどこかにいってしまったようだ。

 拳をふりかぶる。

 やはり、魔法よりも肉弾戦のほうが、彼には似合っているようだ。

 

「……」

 

 俺はすんでのところでスキル<体技>を発動させ、ライの攻撃をかわす。

 パンチをミスったライが、ゴミ箱に突っ込んでいった。

 

「<無効化>の効果も知らないのか。テストなどする必要もない。全員落第だな」

 黒板消しをクリーナーで掃除しながら、俺は呟く。

「何者だ……貴様」

「お前が使嗾して、あいつが勝手に失敗したんだ。俺はなにもしていない」

 さすがに苦しい言い訳か。

 だが、潜入捜査をしている身であるから、大っぴらに敵をたたきのめすわけにはいかない。

 あくまで、相手の攻撃を回避しなければならないのだ。

「結界とやらを消してくれないか。掃除ができない」

「……キツーネ先生の見立ては、少し修正があるということか」

 眼鏡を直し、俺をにらみつけるハイ・エーナ。

「貴様はこの学園にいてはいけない存在だ。目障りだ。消えてもらう」

「おあいにくだが、俺も用務員として雇われた身分なんでね」

 俺も、ハイ・エーナと視線がぶつかりあった。

 なるべく穏便に、めだたないように仕事を遂行しなくてはならない。

 そう理解している。

 だがこの、ハイ・エーナの憎悪に満ちた視線を見たとき、俺は直感した。

 

 ――この男と一戦交えずには、この仕事終わらせられない――。

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