第24話 正義の用務員、噂になる

「上空から爆撃しましょうか? その学園」

 一部始終を聞いたBBは、そう言った。

「気持ちはわかるが、もうすこし調べないとな」

「ごめんなさい!」

 本日何度目になるかわからないが、ザードが頭を下げた。

「私が他の先生に呼ばれて、目を離した隙にマキが連れていかれちゃって……」

「仕方ない。ザードも忙しかったんだ」

「でも、私が守るっていったのに」

「恐らく、その先生とやらもグルだよ。組織的に、マキは孤立させられていたんだ」


 その日の晩。

 ろくでもない学園から帰って、俺たちは家で互いの状況を話し合っていた。

 幸いにしてマキは軽傷だった。

 治癒魔法を何重にもかけて、さらにBBが治療技術で絆創膏を張り、完全に治してしまった。

「防御力アップの魔法と、魔力無効化と、リジェネレータと……」

「そんなにいろいろマキにかけたら、いくら何でもばれるぞ」

「だって、マキが心配ですから……」

 悲しそうな顔をするザード。

 自分がマキから目を離してしまったことに、大きな責任を感じているようだ。

「でもまあ、どちらにせよひどい学園みたいだな」

 食事をすませ、俺たちは一息つく。

「生徒の間でも、家柄や魔力によってカーストが敷かれています。上位の生徒はやりたい放題で、先生も黙認しています」

 怒りに満ちた様子で、ザードが言う。

「キツーネは生徒と結託して、独自の地位を築いているみたいですね」

「ふむ」

「キツーネといえば、ディーンのことを大っぴらに触れ回っているらしいですよ。学園を中退したやつが用務員でやってきた。世の中のことがよくわかっていない。思う存分いじめてやってくれ……って」

 いじめてやってくれ、か。

「まさか教育者の口から、そんな言葉を聞くとはな」

「キツーネ自身も、それなりに高い魔法力を持っていますからね。生徒たちも一目おいているんですよ」

「……あの人、私を嫌な目で見てくる。嫌い……」

 マキがつぶやく。

「マキ。嫌なら捜査から外れてもいいんだぞ? あんないじめにあってまで、学園にいく必要はない」

「……学園には行きたい

 迷いの様子はなく、マキが言う。

「行きたいのか」

「……なかよくしてくれる女の子もいるし、勉強はすごくたのしかった。休み時間には図書館でいっぱい本が読める」

「図書館は独立した組織で、図書館長がきちんとルールをしいてやってくれているみたいです。あそこにいれば大丈夫かもしれませんね」

「何かあったら、すぐに俺かザードを呼べ。潜入捜査なんかより、俺たちにはマキが大事だ」

「……はい。ありがとうございます、ディーン様……」

 頭を下げるマキ。

「それから、ハイ・エーナと呼ばれる先生がいるんですが……」

 ザードが言う。

「マキをいじめていた連中も出していたな、その名前」

「怪しいですね」

 ザードが言下に評した。

「怪しいのか」

「なんだかいやらしい感じです。全身から臭いが漂い出してくるっていうか、歩く宿便野郎みたいなやつです」

「なるほど」

 ザードの印象は当てになる。

「顔はわりとイケメンなので、女子の人気は高いのですが信用ならないです。キツーネとも仲良くやっているらしいですし」

「ふーん」

 ハイ・エーナか……覚えておこう。

「男子生徒のトップはライ侯爵家の一人息子、オーンですね。独自の『学園連合』なんて作って、好き放題やっているらしいです。

 なにか、違法なエリクサーを売りさばいたり、学園の女子生徒を紹介したりしてるとか。

 女子生徒は、メスゴ・リーラがトップですね。ディーンと喧嘩した」

 なるほど、あの女子生徒がリーダー格か。

「そいつらが先生と結託して、学園を仕切ってるみたいです。力の弱い生徒や先生は、だれも手が出せないとか」

「ひどい場所だな」

「あ、そういえば」

 ザードが弾んだ声を出す。

「いいニュースもあるんですよ」

「いいニュース?」

 そんな学園に、まだ希望の持てる話なんてあるのか?

「新しくやってきた用務員のおじさんがバカ強くて、とんでもない能力の持ち主だって」

 ぶっ!

 俺は思わず吹いてしまった。

「低学年の生徒たちが触れ回っているらしいですよ。すごい魔法を使える用務員がいる、馬鹿でかいドラゴンを、水魔法のとんでもないスキルで一撃でやっつけたって」

「……」

「誰のことでしょうね、ディーン?」

 にこやかに笑いかけるザード。

「あれは……仕方なかったんだ」

「恥じる必要はないですよ」

 うきうきと話を続ける。

「私は、ディーンの正当な力が知れ渡って、滅茶滅茶うれしいんですから」

「あれは、ああするしかなかったから……子供たちがサラマンダーに襲われそうだったから……」

「低学年の間は、ディーンの噂で持ち切りでしたよ。やんちゃな生徒たちが、急に勉強を一生懸命始めるようになって、図書館で水魔法の本が片っ端から借りられて。

『俺も将来は用務員になる』『用務員の方が、先生よりスゲー』『俺も、用務員に授業を習いたい』って」

「わあああああ!」

 羞恥心で、俺は思わず叫んでしまう。

 なるべく目立たなければいけないのに、このザマは一体なんだ。

「まあ私も『いろんなところにすごい人はいっぱいいるから、しっかり勉強を教わるほうがいいですね』って答えましたけど」

「おい!」

「なんですか。私とディーンの関係はバラしていませんよ」

「そうじゃなくって!」

 俺はかぶりを振る。

「そんなことを言ったら、生徒が俺のところに来るだろうが!」

「教えてあげればいいじゃないですか、水魔法」

「俺は先生じゃない!」

「大丈夫。できますよ、ディーンなら」

「無茶を言わないでくれ!」

 にこにこと笑っているザード。

「私は、ディーンみたいな苦労した人が教壇に立ってほしいんですよ」

「……」

「スキルがうまく手に入らないとか、努力が実らないとか、そういう風に苦しんでいる生徒がいっぱいいると思います」

「……」

「うまく行って、周りからの羨望を集めて、他人を踏みにじって進む……そういう人だけがえらいわけじゃありません」

「……」

「そういうことは、ディーンが一番知ってるじゃないですか」

 うーむ。そういう考え方もあるのか。

「教室で教えるわけにはいかないだろう」

「どこでもいいんですよ。トイレだっていいじゃないですか」

「トイレか」

「そう! トイレでなら、ディーン先生の最高の授業が受けられまーす、って面白いじゃないですか」

「すごいことを考えるな、ザードは……」

 そうして、二人で顔を見合わせて笑った。


 寝室に引き上げ、ベットで横になっても、俺の気は晴れなかった。

 仰向けになって、天井から降り注いでくる月光をじっと見る。

 いろいろな考えが頭をよぎる。

 ひどいありさまの学園。

 暗い目をした生徒。

 いじめられているマキ。

 小さいころ、学園にいたときは、そんなのに気づきもしなかった。

 俺が小さかったから、いじめを見つけることができなかったのか?

 貴族の息子だったから、いじめられずにすんだのか?

 スキルが無いと言われてからは、学園にも居にくかった気がする。

 ――ノックの音が聞こえた。

「誰だ?」

 俺は声をかける。

「……ディーン様、ちょっといいですか」

「マキ?」

 俺は鍵を開ける。

 寝巻姿のマキが、俺をじっと見ていた。

「マキ、なにかあったのか? 傷が痛くなったとか?」

「……ディーン様、一緒に寝てもらっていいですか」

 懇願するような目。

 俺は了解した。

「――わかった。一緒に寝よう」

「……ありがとうございます」

 俺は彼女をベットに寝かせ、隣で横になる。

 もちろん俺は何もしないが、彼女はおれに縋り付いてくる。

 あたたかな体温と、柔らかいにおいが鼻孔をくすぐった。

「……大丈夫です。大丈夫ですけど、不安です」

 マキが呟く。

 俺は彼女の髪をなでた。

「俺たちがなんとかするから、マキはこの機会を使って、しっかり勉強してくれ」

「……ありがとうございます、ディーン様」

 しゃくりあげる声がしばらく続いたが、それも寝息に変った。

 

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