第21話 魔法学園に潜入する
前哨戦です。説明ちょっと長いです。次回から無双が始まります!
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「はあ……」
魔法学園へ向かう道すがら、俺は大きめのため息を吐いてしまった。
「そんなに気乗りのしない感じにしないでください」
ザードが気を遣ってくれる。
「大丈夫だ。仕事はしっかりこなす」
「マキは大喜びですよ」
確かに。
俺たちの先頭に立って、鼻歌を歌いながらスキップしている。
「マキ、楽しそうだな」
「……はい。まさか学園に行けるなんて、思ってもみなかったので……」
顔を赤らめる。
その様子を見るだけでも、今回の仕事を受けた甲斐があったというものだが……。
「まあ、確かにテンションのあがるものではないですよね……ディーンの立場は」
BBによる、昨晩に負けず劣らずうまい朝食を楽しみ、俺たちは準備万端で出発した。
学園に行く前に、まずギルドへ向かう。
レイニーとワンズが俺たちを待っていた。
「今回の王族のクエストは、学園の調査だ」
書類と石版を机の上に置いて、ワンズが説明する。
「学園は王国が所有しているが、ある種独立した存在でもある。
学問の自由は保障されなければならないからな。
貴族達や商人の援助によって、大規模な研究や設備を購入することもある。
かならずしも国の影響下にある組織ではないんだ」
ワンズが説明する。
俺やザードの親も、基金とかいう名前で、学園にお金を払っていたっけ。
「学園のトップは理事長なのだが、いま彼は表舞台に出ることはあまりない。
変人でね。研究に熱心なんだ。
で、その下にいる学園長と副学園長が、事実上学園を牛耳っている」
石版に映し出される二人の顔。タヌキとキツネそっくりだ。
「こいつらが金が大好きで、私服を肥やしまくっているらしい。だが……それはよくある話だ」
「……」
「こいつらが好き放題やっているその隙を狙い、かなり危険な研究が行われているらしい」
「……危険な研究?」
「魔法の研究は、ことによると人倫に悖る内容もあるからな。本来そういうものは、学園での研究は許されない。
だが、そうした研究がされている、という話がある。
そしてその資金の出所が、かなり怪しい」
そのあたりを調査して欲しいということだ。
魔法学園を巻き込む陰謀。
下手をすれば、かなり大がかりな組織がバックにいる。
王族のクエストと呼ぶに相応しい内容だ。
「――そして、君たちの学園での所属だが……」
ワンズはすまなそうに一同を見る。
「ザード君は講師として、マキは生徒として魔法学園に所属してもらう。
ザード君は問題ないだろう。学園OBとして冒険者でも名高い彼女に、特別講師を依頼したという形だ」
「了解いたしました」
頭を下げるザード。
「マキ君は転校生という立場を取って貰う」
「……はい!」
元気に答えるマキ。
「それで……その……」
すまなそうな目線を向けるワンズ。
「ディーン君のことなんだが……」
「どうかしたのか?」
「君の立場は、ちょっと微妙でね」
「……」
確かに、俺は魔法学園を中途退学した身だ。
追い出された人間が、学園内をふらふらしているのはおかしい。
「あまり身分を公にすべきではない、というのが結論だ。学園内にも、君のことを知っている人間は少なくない」
「成程」
「我々が用意できたのは、こんな身分だけだ。申し訳ない」
そう言ってワンズは、一枚の書類を見せてきた。
「仕方ないといえば仕方ないけれど……」
ザードが頬を膨らませる。
「それでも、ちょっとひどいですよね」
「職業に貴賎なしさ。ワンズ殿が知恵を絞ってくれたんだ。仕事に不満はない」
俺の学園内での立場。
『用務員』。
つまり、雑用の係。
「こうなった以上は、用務員として最高の働きをさせてもらうよ」
「別に、用務員の仕事をする訳ではないのですけど……」
そのとき、学園の入り口が見えてきた。
学園内に案内され、俺たちは最上階の学園長室に急ぐ。
ザードが廊下を歩きながら、周囲をきょろきょろ見まわす。
「初めは、昔と変っていないなーなんて思っていたんですけど、なんか徐々に雰囲気変ってきてますね」
「前と違うか?」
「趣味が悪いって言うか、成金丸出しっていうか……」
確かに、外装などは妙に凝っていたり、おかしな芸術品などが飾ってあるが、あまり調和している感じがしない。
「何か……嫌ですね」
言葉少なに言うザード。
「……何か、聞こえます」
学園長室に近づくと、廊下の奥から声が聞こえてきた。
――何でもっと売り上げが上がらんのだ!
――この学園に来る連中は、みんなバカばっかりだ! そのバカにゴマを擦って、サービスするのがお前らの役目だろう!
――お前らの研究なんてどうでもいい! 早く営業をかけてこい!
「うわぁ……」
ザードが顔を顰めた。
聞くに堪えない暴言が、学園長室の奥から響いてきた。
ドアが開くと、真っ青な顔をしたローブ姿の男が出てきた。
「次にノルマを達成できなかったら、降格だ! 二度と学園で仕事できなくしてやるからな!」
「あの――」
嫌悪と怒りを仮面の下に隠した、柔和で穏やかなザードが学園長室の中に向けて声をかけた。
「何だ! お前達もバカか!」
「――いえ、違います。今日からこの学園にやってくることになった……」
「あ、ザード様ですか! どうぞお入りください!」
うってかわった猫なで声で、俺たちは招かれた。
「失礼します……」
学園長室に入り、俺は驚いた。
豪華なソファに、毛足の長い絨毯。
ところ狭しと置かれた、ダークウルフやゴブリンやドラゴンの剥製。
その奥の、巨大な机に二人の男が座っていた。
「悪趣味の極みですね」
表情一つ崩さずザードが言う。
「やあやあザード様、お待ちしておりました! 学園長のタヌーキと申します」
でっぷり太った嫌らしい男が、机から立ち上がってザードに握手を求めてきた。
「副学園長のキツーネと申します」
鋭い目つきの長身の男が、慇懃に礼をした。
「いやいやザード様、よくお越しくださいました! なんと言っても我が学園の秀才で、S級パーティですからな!」
「いや、パーティーはもう辞めておりまして……」
「ああ、そうですか? それではいよいよ政界に打って出るのですかな? それとも結婚なさるとか!
いいですなあ、結婚は女性の幸せ! 昨今は結婚しないなんていうバカな女が増えておりますが、ザード様のように素晴らしい女性ならいくらでも結婚できますとも!」
そう言って、タヌーキとキツーネは嫌らしい目でザードをねめ回す。
「その大きな乳と、くびれた腰で殿方を誘惑したのでしょうな? いいですな……私もちょっとご相伴に……」
「ぶちコロスぞ」
「はっ? ……今、何と?」
「いやいや何も申しておりませんわ!」
引き攣った笑いを放つザード。
――この仕事が終わったら、好きなものを何でも食べさせてあげよう。
いくらなんでも、こんな公然たるセクハラを我慢させるわけにはいかない。
「それはさておき、ザード様には今日からでも講師として授業に入ってもらいたい!
貴方が授業をしてくれれば、いま以上にたくさんの生徒が来ます!」
「契約は明日からとなっています」
「そんな業務契約なぞ、うちにはあってないようなものです!」
「業務契約が――ない?」
ザードの目がキラリと光る。
「うちの先生は仕事が大好きで、私が止めても休日に仕事に来てしまうような連中でして、業務契約の必要がないのですよ。
――それはさておき明日から、早速お願いします!」
またぎゅっと手を握る。
奇怪な海生生物に手をからまれたときのような嫌悪感を浮かべるザード。
「それから――そこの女」
「……はい」
タヌーキから女呼ばわりされたマキ、ビックリしてそちらを向く。
「君は付き添いかね?」
「いえ、こちらの新入生で……」
「あ! 新入生の方でございましたか! どうぞこちらへ!」
慌ててソファーを進めるタヌーキ。
「それで貴方は、どちらの貴族のご子息ですか? それとも王族? いや、ザード様と一緒に来られたということは、さぞや立派な方なのでしょうな!」
「いえ……私は孤児で……」
「なんだ」
急に意気消沈するタヌーキ。
「ここは孤児ふぜいが出入りできる場所じゃないぞ。帰れ」
「いえ、紹介されて……」
「紹介!」
また飛び上がるタヌーキ。
「どのような立派な方のご紹介ですか? 貴族?」
「いえ……」
「なんだ」
また意気消沈する。
ホントはギルドのトップと、王族の紹介なのだが。
「タヌーキ様、ギルドからの手紙はお読みになっていないのですか?」
キツーネが言う。
「わざわざそんなもの、読むわけはなかろう。私は忙しいのだ」
「ギルドからの紹介で、こちらで明日から新入生扱いになる者です」
「つまらんな」
あからさまに興味のなさそうなタヌーキ。
「で、そちらの男はなんだ」
「ディーンと言う。用務員として雇って貰うことになっている」
「男に興味はない。帰れ」
「明日から働かせてもらおう」
「用務員のくせに偉そうな奴だな」
ぞんざいに言い放つタヌーキ。
しっしっ、と手で俺を追い払う。
失礼な奴だが、自分の感心のないもの(金、女以外)には、徹底的に興味がない。
いっそすがすがしいくらいだ。
「では、失礼しよう」
俺たちが廊下に出ようとすると、キツーネが俺のかたわらに寄ってきた。
「おい、バカディーン」
「……」
「覚えてないのか。キツーネだよ。お前と一緒のクラスだった」
俺は記憶をまさぐる。
こんな奴がいた覚えはないのだが……。
「あ――お前は」
そう言えば、いた。
クラスの中で、一番存在感のない奴。
いつもいじめっ子の下について、こびへつらっていた。
いじめられっ子がいじめられているとき、最後に一発だけ殴る。
そんな奴だ。
「お前か」
すっかり存在を忘れていた。
「バカディーン、お前、この学園から追放されただろう」
「……」
確かに、俺はこの学園から追放された。
スキルを一つも覚えられないクズといわれた。
「あのあと俺は、スキルを覚醒させたんだ」
「そうか」
「聞いて驚け。<上級火力魔法レベル5>だ」
「……」
「お前が一生かかっても習得できない技術を、俺は手に入れたんだ」
「そうか、おめでとう」
「そして俺はクラスで地位を逆転させ、いじめっ子連中を使える立場になったんだ」
「……」
「お前を虐めた連中や、講師たちはまだこの学園にいるぜ」
「……」
「あそこのタヌーキは、お前の追放を強く訴えた一人だ」
「……」
「楽しいことになってきたな、クソディーン」
「俺は、用務員として仕事を果たすだけだ。お前も、お前の仕事を勝手にしろ」
「お前の評判は、すでにこの学園にまいておいたぜ! 楽しみだな!」
引き攣ったキツーネの高笑いを背に受けて、俺たちは最悪の気分で学園から去った。
* * *
「上空から無差別爆撃いたしましょうか」
BBが俺の話を聞いて、物騒なことを言った。
その日の晩のことである。
ひどい気分だった俺たちを、BBとイズミはねぎらってくれた。
風呂を浴びて食事を取ると、すこし気分がマシになってきた。
「近海の魚が、安く手に入りましたので」
「あのクソタヌキ! 私の身体に触ったら、吹き飛ばしてやります!」
頭から魚をむさぼり、ザードが怒りをぶちまける。
「ザード、そんなに怒らなくても大丈夫だ。なにかあったら、ワンズ殿に言ってやる」
「私の身体は、ディーン様のものなので、勝手に触らせる訳にはいかないんです!」
どさくさまぎれに、よくわからないことを言う。
「……学園生活、楽しみにしてたのに……」
マキも滅入っている。
「それより、ディーンは……」
「俺は大丈夫だ。大概のことは慣れている」
前のS級パーティでも、いろいろな扱いを受けてきた。
「多少大変なことがあっても我慢すればいいし、用務員の仕事は前のパーティでやっていたものに似ている。経験が生かせるよ」
「それって、前のパーティで雑用をしていたってことじゃあ……」
「どんなことでも経験だな」
俺はナプキンで口を拭う。
「マキも、勉強できるチャンスだと思えば楽しいだろう。ザードと俺が守るから、マキは自分のしたいことをすればいい」
「……はい! ディーン様、ザードさん、ありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げるマキ。
――さて、学園の裏の計画とやらを探らなければならない。
タヌーキとキツーネはいやなやつらだ。
だが、あいつらがワンズの言う『陰謀』に加担しているとは思えない。
そうした細かな策謀には、あいつらは向かないタイプだ。
『黒幕』のような存在がいるのか。
あれこれ想像を巡らせながら、おれは床についた。
明日からは、過去の俺を知る連中と過ごさなくてはならない。
「気が進まないな……」
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