第20話 〔ざまぁ回〕(勇者サイド)転落の途中

「はっはっはっは! やはりこのS級パーティの勇者ジーグ様を、王が放っておくはずはないのだ!」

  ビイング王国、ビイング城控え室。

 謁見を控えて、勇者ジーグは上機嫌だった。

 先日の手痛いダンジョン攻略失敗の記憶は、完全に消え去っている様子だった。

 あれだけの失敗をしたのならば、よくよく反省して、次の冒険に生かすのが筋のはずなのだが、彼にはそのような能力はなかった。

 失敗はすべて運が悪いか他人のせいであり、同じミスは二度とおこらないとてんから信じきってたので、失敗から学習することもなかった。

 

「ったく、俺たちはこういう、一流の仕事しか受けちゃならんのよ」

  無精髭を撫でて、ボランが言う。

「ふさわしい待遇の中にいないと、人間が鈍っちゃうのよ」

 貴人の前だからと、普段に増して厚化粧のレフが下卑た笑みを浮かべる。

「この間はちょっとしたミスがあって、上手くいかなかったが、なに、俺たちの栄光の英雄譚の中ではささいなことだ。

 むしろあんなレベルの低いクエストは、俺たちにはかえって相応しくなかったんだ」

「ああいう雑魚仕事は、ディーンとかがやるのが丁度いいんだよ」

「今回のクエストだって、言ってみればディーンの奴が追放されるまえに、しっかり準備しないから悪いのよ」

「全くだ。今回はディーンに嵌められたんだ」

「最後まで役立たずだったな」

 そう言って笑い合う一同。

 

 

「……」

 彼らを見つめるハイプリースト、エグザの表情は険しい。

(やはり、このパーティにディーンさんはいない……)


 エグザはもともと、ディーンに憧れてこのパーティに入ることを決意したのだった。

 もちろん、先輩筋のザードの噂もかねがね聞いている。

 だが、ディーンの噂は、それ以上にエグザに興味を持たせるものだった。

(あまり表だって華やかというわけではないが……)

 知る人ぞ知る実力者。

 そういう存在。

(あまり表舞台にでることがなく、イマイチ評判になることはなかったが……)

 実際にS級パーティに参加してみて、その理由がよくわかった。

 出しゃばりで、自分の力を盲信する連中。

 かれらがディーンの仕事を低く見積もって、自分たちの利益のためだけに働いていたのだ。

 そして、今、勇者のS級パーティにディーンはいない。


(パーティが嫌になって、抜けてしまったのか……)

 それとも。

 まさか勇者たちが追放してしまったのか。

(いくらなんでも、そこまで愚かではないですよね……)

 笑ってかぶりをふるエグザ。


 ともかく、ディーンがいない以上は、このパーティに用はない。

 用事をすませて、一刻も早く出て行きたかった。

 

 そうしているうちに、

 

「勇者パーティどの、入られよ!」

 衛兵達から声をかけられた。

「行くぞ、ボラン、レフ!」

「ちょっと待って――お酒、もう少し――」

「グズグズするな!」


 そうして四人は、王と謁見することになった。

 

「おお、久しぶりである、S級パーティの勇者ジーグ、それに勇者の仲間達よ!」

 王は、以前よりやつれ、疲れた様子であったが、それでも威厳をもってS級パーティを迎えた。

「格別のお出迎え、痛み入ります。王よ」

 慇懃無礼に礼をするジーグと、その一同。

 臣下、側近の数はそれほど多くはない。

 どちらかと言うとプライベートな、内密な面会なのだ。

「今回お前達に来て貰ったのは他でもない。お前達勇者に、王族のクエストを依頼するためだ!」

「お、王族のクエスト!」

 ジーグが目を白黒させる。

 王族のクエスト。

 国を左右しかねない、最重要のクエスト。

 それも王直々に下される王族のクエストは、それこそ国の命運を決する大きなものだ。

 数十年に一度という、極めて重大な代物。

(それを俺たちに下すというのは……)

 ジーグはほくそ笑む。

 いよいよ俺は、歴史に名を残す最高の勇者となる……。

 

「光栄でございます。つつしんで、その王族のクエストをお受けしたいと思います」

「うむ。では、早く主要パーティを呼んで参れ」

「……は?」


 勇者が目を丸くする。

 

「お前達だけでは埒があかないだろう。

 お前達の勇者パーティは、表向きに格好をつけるのど、実際に仕事をするパーティの本体がいることは知っておるぞ。

 はやくディーンやザード嬢のいる、主要パーティを呼んで参れ」

「……」


 ジーグは冷や汗を滴らせる。

 どういうことだ?

 

「あ……あの……我々のパーティは、これが全てで……」

「何? どういうことだ?」

「ディーンとザードは、いまちょっと出払っているというか」


 王が訝しげに訊ねる。

 

「お前のところの勇者が単なるお飾りというのは聞いておる。

 それはそれで大事な仕事じゃ。王とて、飾りみたいなところはあるからな。

 だがそれは、優秀な臣下あってのこと」

 

「……」


「ディーンとザードが、お前達のパーティのメインであることは知っておる。さあどうした?」


「――恐れながら王よ」


 そのとき、パーティの最後尾から声が上がった。

「そなたは?」

「勇者パーティに先日から参加しております、ハイプリーストのエグザと申します」

「そなたの名は聞き及んでいる。学園始まって以来の秀英と謳われたザードの再来といわれる、最年少ハイプリースト……いずれは我が臣下として、辣腕を振るってほしいものよ」

「申し上げます。このパーティにディーン殿とザード様はいらっしゃいません」

「何だと?」

 王の顔色が変る。

「私も彼らと冒険を共にするべく、パーティに参加したのですが、彼らの姿はありませんでした。おそらく勇者たちに愛想を尽かして出て行ったのかと」

「どういうことだ?」

「出て行ったんじゃねえ! 俺たちが追放したんだ!」

 激高するジーグ。

 周囲の目を感じて、はっと口を塞ぐ。

「――どういうことだ、勇者ジーグ」

「こ、これは勘違いです」

 しどろもどろで言葉を取り繕うジーグ。

「ディーン殿を追放?」

「それは勘違いです、な、なあみんな?」

 慌ててボランとレフを見る。

「そ、そりゃあ……」

「王さまは勘違いしていらっしゃるのですわ」

 レフが言い訳を始める。

「そもそも、ディーンもザードも、このパーティの余計者。このパーティの真の実力者は、ここにいる勇者ジーグ、戦士ボラン、そしてこの私魔法使いレフにございます。

 ディーンとザードは言ってみればパーティのおまけ。彼らはいなくなって当然の存在なのです」


「黙れ! 今回の王族のクエストも、ディーンがあればこそ、お前達に頼もうと思っておったのだ! ディーンなき貴様らに、存在価値などはない!」

 怒り狂う王は、錫杖を振り回しわめきたてた。

「おまけに追放しただと! どれだけ愚かなのだ貴様らは!」

「そ、それは――ディーンにだまされているのです!」

 勇者が言葉を絞り出す。

「この期に及んで!」

「ディーンとザードは、小ずるく自分の演出に長けております! 我々の手柄を、こっそり自分のしたことのように見せかけているのです!」


「わしがだまされているというのか!」

 ついに激高した王は、勇者を怒鳴りつける。

「即刻ディーンとザードを見つけ、ここにつれて参れ! 他国に賓客として迎えられでもしたら、国の損失!」

「ひ、ひええええええ!!」

 恐れ入って、土下座するジーグ、ボラン、レフ。

 床に額をこすりつけた。

 

「エグザよ、お前にはこの者達がサボらないように、見張りの役目を申しつける。下らぬ役目だが、どうしてもディーンが必要なのだ」


「御意にございます。王よ。私もなんとしてもディーン殿にお目にかかりたい。その役目、拝受いたします」


 こうして、勇者パーティはかつて追放したディーンを探すことになった。

 

 



「ディーンの野郎! 俺たちを嵌めやがって!」

 王城の側廊を、ジーグ、ボラン、レフの三人は歩いていた。

 すでにエグザは、彼らとは行動を別にしている。

(何かあったときは助けますが、仕事なんで。別にあなたたちの仲間じゃありませんから)

 絶対零度の視線を向けるエグザ。

 彼らがディーンを去らせたのではなく、追放したと知ってその態度は最悪になった。

(自分のこととなると、人間は評価が甘くなりがちだが……ここまで愚かだとは)


「なんだ、あの態度は! あいつがどうしても入れてくれっていったから、俺たちのパーティに入れてやったのに!」

 ジーグが怒る。

「ディーンのせいよ、あいつに嵌められたのよ!」

 完全に他人のせいにして居直るレフ。

「くそ……王族のクエスト、もう少しで受けられたのにな……」


「それでは俺が、お前達に王族のクエストを下してやろうか?」


 柱の物陰から、声がかかった。

 

「だれだ?」

「ククク……俺のことが、わからないか」

 マント姿の男は……。

「あ、あんたは……アクーニン……」

 下卑た尊大な顔を見せて、アクーニンと呼ばれた男は、ジーグ達に近づいてきた。

 

 アクーニン。

 次期国王の座を狙い、フィールズ王子と反目する王の血族である。

 かなり過激な勢力との結びつきも噂される、怪しい人物だ。

 40がらみの暗い目をした男で、陰気な様子を常に漂わせている。

 よほどのことがない限り、関わりたいタイプではない。

 

「なかなか大変そうじゃないか、S級パーティの諸君」

「アクーニン殿には関係ない。いろいろあるんだ」

「話は何となくきいているぞ。あちこちでヘマをやっているとか」

「ディーンに嵌められているんだ」

「――失地を回復させてやろうか、といっているんだ」

 

 陰気に笑うアクーニン。

 周囲にボディーガードもつけず、たった一人でジーグ達に接触してきたところをみると、か公にできない種類の話らしい。

 

「どういうことだ――王族のクエストがどうの、といっていたが」

「王族のクエストにはランクがあってな、王が直々に下すものもあれば、俺みたいな王の血縁が下すものもあるんだよ」

「……」

「勿論王が下す、純粋な王族のクエストとは違って、俺程度のクエストは、お前達に保証される権限も報償も知れたものだ。

 だがそれでも、首尾よく行ったときの名誉は普通の冒険で手に入るものとは、比べものにならない。

 お前達にとって、悪い話じゃないだろう」

「――お前の手先になれ、ということか」

「言い方が悪いな」

 引き攣った笑いを漏らすアクーニン。

「お前のS級パーティという名前には、まだ利用価値があるということだよ」

「悪いけど俺は――ディーンを探さなければならい」

「そんな仕事放っておけ。俺のクエストが上手くいったら、そんな無様な仕事はしなくてすむぞ」

「……」

「ことと次第によっちゃ、俺のクエストを受けた方が、ディーンを見つけられるかもな」

「どういうことだ?」

「俺の駒になるしか、お前には道がないってことだよ」


 ジーグは暗い目をアクーニンに向ける。

 ニヤリと笑うアクーニン。

 

「受けちまえよ」

 ボランがけしかける。

「そうよ、これはチャンスよ」

 レフも話に乗る。


「そうだな、話を聞こうか」

 頷くジーグ。

 彼らはこうして、転落への布石を着実に打っていくのだ。

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