第17話 遺跡の奥でメイド型古代兵器と遭遇
ドォン!
大人程の大きさのある電光球体が、カーブを描いていくつもこちらに飛んでくる。
咄嗟にザードが展開した魔力障壁がなければ、吹き飛んでいたところだ。
巨大な爆砕が起こり、黒い煙が噴き上がった。
おそらくはこのマニシュ遺跡最深部、防護の魔法がかけられている。
それでも、竜語魔法は容赦なく床を抉り、柱を吹き飛ばす。
エンシェントドラゴンの、すさまじい力が伺われる。
「戦いを回避するのは無理そうだな……」
俺は唇を噛む。
「マキ、どうする?」
傍らの少女に尋ねる。
ここまではほとんど、彼女一人に戦ってもらっていた。
マキの気合いもあって、成長は著しいものだ。
それでも、エンシェントドラゴンを相手にするのは、荷が勝ちすぎる。
「……とりあえず、やってみます」
言うが早いか、マキは単身ドラゴンに特攻。
全身を魔力のオーラで燃え立たせる。
「<ダブルフォトンレーザー>!」
杖から繰り出すのは二重のリップルレーザー。
赤と青の瞬く光が、ドラゴンの頭部に直撃した。
「あんな短期間で、すごい技を――」
ザードが言葉を失う。
「やはり彼女、ただものではないのかもしれない……」
俺は頷いた。
マキの<暗黒魔法>の件を思い出しているのだろう。単に努力だけで、短期間でここまで成長できるとは思えない。
「<レインボー・エクスプロージョン>!」
先ほどの通路と違い、広くて丈夫なこのドーム内ならば、思う存分魔法が使えると判断したのだろう。
七色に杖を光らせて、多重属性の魔法弾をまとめてドラゴンに打ち込む。
壮絶な爆発と、魔力の発散があった。
ドラゴンの呻き声が聞こえる。
――だが。
「ギャオオオオオンン!!」
マキの渾身の奥義は、竜の表皮に僅かに傷をつけただけ。
むしろ、ドラゴンの怒りを買った様子。
――オモシロイゾ、ニンゲン……。
――ココマデワレヲ、クルシメルトハ……。
苦悶のメッセージが、直接脳にとどろく。
と見るや、ドラゴンの口が大きくカパッと開かれた!
「ドラゴンブレス!」
ザードが即座に反応して魔力障壁を展開。
俺も彼女をフォローする。
爆炎に包まれるマキ。
かろうじて偏向させる。
だが、すさまじいエネルギーは彼女をはじき飛ばす。
大きく天井へ向けて弧を描き、床にたたきつけられる。
「マキ!」
「あ……あう……」
防ぎきれなかった炎の余波で全身を焦がし、呻き声を上げるマキ。
「――ディーン」
「手当てしてやってくれ」
俺はショートソードを抜いて、立ちはだかる。
マキの意気を尊重して、手出しをしなかったが、少々出遅れてしまったようだ。
「決着をつける」
俺はドラゴンに向かって特攻する。
竜は再びブレスの準備を始める。
だが、間一髪。
俺は間合いにはいり、そして手をかざして――。
「<追放>ッ」
バシュウウウウウ!!
突如、空間に亀裂が走った。
罅が急速に拡大する。
破片となって砕けた空間の奥に、闇黒の深淵が覗けた。
「グギャアアアアア!!」
ドラゴンは、その穴の中に吸い込まれていった。
「……」
穴が閉じると、そこには何も残されていなかった。
マキが傷つけられたので、脳天に血が上ってしまった。
加減せずに発動した<追放>。
全力で使用したことはいままでなかったが、まさかエンシェントドラゴンを消し去るほどとは。
くれぐれも、使用には気をつけたほうがいいかもしれない……。
「すさまじいですね」
ザードが呟く。
「本当に、ディーンがこのスキルを持っていてよかったと思います。
ディーンだけが、このスキルを正しく使えるはずですから……」
「……すいません、うまくいなかくて」
回復したマキが頭を下げる。
「まだまだ、ディーン様のお役に立てないです……」
「そんなことない。よくやったよ」
俺はマキの髪をなでる。
「……奥に向かう通路がありますね」
ドラゴンが守っていた通路。
その先は、静まりかえっている。
「あのドラゴンでさえ、前座というわけか……」
この先に、遺跡の秘密と、さらに強力な存在が待ち受けている……。
ここまで来て、引き返す訳にはいかない。
俺たちは、先に進んだ。
「ここは……」
マニシュ遺跡の、真の最深部。
俺たちがようやくたどり着いたそこには、巨大な装置があった。
赤や青に明滅する魔法具。
無数の管が張り巡らされ、俺には何が起こっているか皆目見当もつかない。
その部屋の中央は、ピラミッド状になっている。
頂上に――。
「棺?」
クリスタル製の棺が立てられている。
俺たちが近寄ると、その中に一人の女性がおさめられているのがわかった。
「だれだ……」
俺が触ろうとすると、棺がゆっくりと光を放ち、中の女性が目を開いた。
「――どなたですか」
「喋った!」
ザードが驚く。
棺のふたが、光に溶けるように消えて、女が棺から歩み出た。
女――というより少女に近い。黒い長髪に白い肌、クールな顔立ちから表情はうかがい知れない。
「――どなたですか」
再度質問される。
「俺はディーン。彼女たちはパーティだ。この遺跡を探索しに来た。君に危害を加えるつもりはない」
俺の答えに、少女は怪訝な顔を向ける。
「マスター? 貴方は私のマスターなのですか?」
「マスター?」
一体なんのことだ?
「よくわからない。もう少し教えてくれ」
俺がそういうと、彼女は首をこくりと傾げ、それからゆっくりと話し始める。
「私はBB。マニシュ文明の精髄である、パペットゴーレムのうちの一体です。
私はマニシュ文明を守るために生まれました。
マニシュが災厄に見舞われたときも、私は部下のエンシェントドラゴンと戦いました。
ですが、災厄を防ぐことはできませんでした……。
私はこの遺跡で眠りにつき、私を起こしてくれるマスターがやってくるまで待つことになったのです。
その方に、マニシュのすべての力を授けるために――」
そういって、彼女――BBは、急に俺の顔に唇を近づけてきた。
「わーっ!!」
ザードに悲鳴が響き渡る。
「契約、完了です」
唇を奪ったBBは、楚々と指先で口先を拭い、改めて俺に向きなおった。
「今から、マニシュの全ての力はディーン殿のもの。
ディーン殿が望めば、私の全兵装を持って、敵を殲滅いたします。
なんなりとご命令を」
――よくわからないが、俺は古代文明の全兵器を引き継いでしまったようだ。
「要するに、貴方はその、マニシュ古代文明の兵器だったわけですね?」
ザードの言葉に、BBは頷く。
「マニシュ古代文明――魔法文明は今ではほとんど手がかりは残っていませんが、現代の魔法とは比べものにならないほどの技術が発展していたといわれています……」
「でも、私は落ちこぼれです。言ってしまえば、マニシュから『追放』されたようなものです」
淋しそうに、BBが言う。
「どういうことだ?」
「古代文明の最後期、戦争が激化するに従い、パペットゴーレムを維持するコストを供給するのが難しくなりました。
出来の悪い、私のような存在は活動させることが難しくなります」
「俺には、BBが出来が悪いようには見えないのだけど」
「戦闘に特化したパペットゴーレムのほうが、戦時には優先させるのです。私は戦闘だけではなく、兵站、補給、さらには日常活動にまで視野を広げたパペットゴーレム」
BBは顔を上げる。
「――中途半端な存在なのです」
中途半端は追放。
どこの世界でも似たようなものか。
「それで、この遺跡の最下層に閉じ込められていたんですね」
「活動量を最低限に抑え、格納されていたんです」
「……なんだか、大変そう」
マキが呟く。
彼女なりに、BBが追放された哀しみや、たった一人でこの地下遺跡に閉じ込められることになった寂しさを想像したのだろう。
「――BBの存在がどうあれ、追放された経験があるってことは、俺たちと同じ立場ってことだ」
「・・・・・・」
「BB、君を『古代王国』から追放する」
「……え?」
怪訝な顔を向けるBB。
「君は、古代王国を守る任務を、自分に課していた。違うか?」
「……」
「もはや帰ってくることのない仲間を、じっと待ち続ける――そうしなければならないと考えていた」
「――私は、パペットゴーレムです。何かを守らなければ、存在価値はない」
「だから、その任務から『追放』すると言っているんだ」
BBがはっとした表情を見せた。
「生きたいように生きていいんだ」
「……私は、新たなマスターであるディーン様のために生きたい……」
決然と言うBB。
「私を『追放』してください――そして、あなたのものにしてください」
BBのしなやかな手を、俺は取った。
精神を集中させる。
「スキル――<追放>」
光が、手のひらから満ちた。
俺の手を、BBはしっかり握りしめる。
表情の変わらない、ゴーレムの彼女の顔が、少しだけ和らいだ気がした。
「ちなみに、どれくらいのことができるんだ?」
「今はエネルギーが枯渇しておりますので、往時の0.000001%ほどしか力が出せませんが……」
BBが、瞳を光らせる。
奇怪な駆動音が響き渡る。
「お望みなら、この遺跡を吹き飛ばして差し上げて……」
「いやいやいやいやっ!」
そんなことをしたら生き埋めになってしまう。
「皆さんは、エンシェントドラゴンにのって脱出できますよ」
BBが片手をスッと手刀で切ると、空間から黒い穴が広がった。
「戻っていらっしゃい、イズミ」
「いやー、参りましたわ」
頭を掻き掻き現れたのは、小型の竜。
「あんさんら、とんでもない技、持ってはりますな。たまげましたわ」
BBは、竜を抱きしめてなでる。
「これが、さっきのエンシェントドラゴン……ですか」
ザードが目を丸くする。
さすがに古竜、追放されてもあっさり戻ってくるか。
「イズミ、頭を怪我してますね」
「こちらの嬢ちゃんが、ハッスルしてくれたんでね」
「ご……ごめんなさい」
頭をさげるマキ。
「ええって、ええって! ワシもエンシェントドラゴンゆうて、長い間無敵のまま調子のっとったさかい。
こういう痛い目みんと、楽しくないわ!」
かかかと笑うドラゴン。
「ええと……これが、先ほどのエンシェント・ドラゴン」
「亜空間から、戻ってきたそうにしていたので、返してあげました」
BBが、竜を差し出す。
「私が貴方のものであるように、こちらのイズミも貴方のものです。なんなりとお申し付けを」
俺は困った。
どうしよう。
とんでもないものを引き継いでしまった。
「とりあえず、家でゆっくりしていて……」
曖昧に言葉を濁す。
「家、というのはディーン様の居住地。すでに地図でデータを入手済みです。そこで待機せよと。――ほかにご命令は」
冷静に呟くBBに、
「じゃあ、家のことなんかを適当に……」
「家事などを執り行えばよいのですね。つまりメイドの仕事。そうですね」
「そうですね、って……」
「了解です、マスター。マニシュ文明の精髄であるBB、換装――『メイド・モード』」
BBの全身から光が満ちる。
と同時に、彼女の姿がエプロンドレスのメイド姿になっていた。
「メイドとしての仕事を即刻完了させます。まずは皆さん、ここから家へと戻りましょう。転移装置、起動」
「ひゃー、凄いですね!」
ザードが感嘆の声を上げる。
「……初めてです。ドラゴンの背中に乗るなんて……」
マキも興奮したようすを隠せない。
俺たちは今、エンシェントドラゴンの背に乗っている。
BBの『転移装置』とかいう代物で、一瞬にして地上にたどり着いた俺たちは、ビイングの街に戻ることにした。
だが、何日もかけてたどり着いた古代遺跡、また戻るのも大変である。
そんな話をしていたら、
「イズミの背中に乗ったら、すぐに着くことできますよ」
BBが、そんなことを言い出した。
「あのー、BB。一応ワシ、エンシェントドラゴンなんですけど……」
イズミのおずおずとした抗議に、
「早く元の体型に戻りなさい。マスターと皆様を送り届けるのです。座標は習得済みの状態です」
にべもなく答えるBB。
へいへい、とイズミは頷いて、全身を光らせて、最初に見た巨大なドラゴンの姿に変貌した。
凶悪とした思えなかったその姿も、こうしてみると優美で神々しい。
下ろした翼をスロープがわりにして乗り込み、我々はイズミの背に捕まった。
「よろしくお願いしますね、エンシェントドラゴン」
「……お願いします」
ザードとマキの言葉に、
「お嬢さんがたが期待してるとあっちゃ、頑張らないわけにはいきませんね!」
「余計なことは言わない。イズミ、出発です」
BBの指示に従って、イズミは巨躯をうねらせて、大きな翼を優雅にはためかせて、古代遺跡の直上高く飛び上がった。
見る間に雲海を抜けて、はてしない青空の中に俺たちはいた。
――飛ばしますよ!
全身を震わせて、俺たちをのせたイズミはまっしぐらに飛んだ。
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